第4話

朝光が少しずつ強くなり、部屋の中の影が薄くなっていく。外の雪は、まるで世界全体が静寂に包まれているかのように降り続けていた。家の中の温もりと外の冷気が、心地よいコントラストを生み出している。窓の外では、雪が無音で静かに降り積もり、まるで時間そのものがゆっくりとした静謐を表現しているようだ。朝光が静かに溢れると空気がひときわ清らかになる。薄いカーテン越しに見える雪は、言葉を持たない世界のように無言で降り積もり、どこか遠くの出来事のように感じられた。その静けさが、家の中に広がる穏やかな空気を際立たせている。


リビングに、まだ眠気を抱えた足音が響く。床に触れるとひんやりと冷たいタイルが足裏に優しくしみわたる。子供たちは目をこすり、ぼんやりとしている。外の寒さが無言でおはようと言う。部屋の中では、暖炉の火が揺らめいている。どこか安心感が漂うその炎の前に、しばらくの間ただ静かに身を預ける。


寒さに震えながらも、家の中はじわじわと温もりを取り戻しつつあった。父親が外から戻ってきた時、彼の足音は静かに家の床に響き、その音がようやく暖かさに包まれた家の中に溶け込んでいった。雪が降りしきる中、家の中は一瞬、静寂に包まれていた。しかし、その静けさを打破したのは、ほんの小さな変化だった。


彼がドアを閉める音と同時に、突然、家の隅で薄明かりが灯った。電気が復旧したのだ。それは、どこか遠くから届いた手紙のようだった。しばらくの間、誰もそのことを言葉にしなかった。だが、目に見える変化はすぐに感じられた。


「ああ、ついにか…」と父親がぽつりと呟くと、母親は思わず顔を上げた。


暗闇の中で長い間、無力感に苛まれていた彼らにとって、電気が戻るというのは、ほんの小さな出来事に思えたかもしれない。しかし、それはひとつの解放の瞬間だった。


外の世界は相変わらず静かに雪を降らせているが、その音すらも家の中ではまるで遠い場所の音のように感じる。みんながそっと顔を見合わせる。何かを共有しているような、心の奥で通じ合っているような感覚が流れた瞬間、誰もが再びその静けさに包まれる。


母親は、キッチンの片隅で手を動かしている。白い手袋のように柔らかな手が、忙しくもなく穏やかに食器を並べ、温かい湯気を立てた食器をテーブルに置く。その手元を見つめると、何も言わずとも心が少し温かくなる。彼女の背中には、どこか誇らしげなものがあった。家族が集まる場を守るその姿が、日常の中の淡い幸福のように感じられる。


ふと、外を見やると、雪の層が少しずつ厚くなっているのが見える。その雪の積もり方には、なぜか心を引き寄せられるものがあった。何も言わず、ただ降り積もるその景色が、全てを包み込んでいるようで、不思議な完成と感謝の錯覚を覚える。あたりの景色は、ゆっくりと変わりながらも、どこか無常な美しさを湛えている。


母親はキッチンで料理の火を通すことができる、その感覚が彼女の中で小さな興奮を呼び起こしていた。だが、彼女の動きは急ぐことなく、静かな確信を持ってた。


そして、ふと隣を見ると、父親の顔にはまだ雪の冷たさが残っていて、頬が少し赤らんでいる。それでもその表情には、穏やかな満足感が表れていた。彼の手が冷たい空気を引き寄せるように、窓を開け、短い間その冷気を部屋に取り込む。その一瞬が、なぜか心を引き締めるようだった。


沈黙が心地よい。何も言わなくても、みんなの間にある温かさを感じられる。家族が集うひとときの中で、言葉なんて必要ないことを知っている。それぞれの目の中にある、雪の白さや暖炉の炎の揺らめきが、言葉の代わりになっているかのようだ。


父親が外に出たことを母親は知っているが、何も言わずに静かに朝の支度を続ける。彼女の手は動き続け、温かな飲み物を準備し、テーブルに並べられたものを一つずつ整えていく。寒さの中でも温もりを感じさせるその手のひらが、彼女の存在そのものを象徴しているようだ。時折、窓の外に視線を向けては、何も言わずにまた作業を再開する。これが彼女の日常であり、この穏やかな時間の中で心を落ち着かせる方法なのだろう。


窓を開け、冷たい空気を一瞬だけ部屋に入れると、一瞬だけ身が引き締まる。しかし、その冷たさも、暖かい部屋に戻ればすぐに溶けていく。雪が降る朝に、冷たさと温かさが同時に存在することが、何とも不思議で美しい瞬間に感じられた。


子どもたちは、寝ぼけまなこで、ぼんやりとしたままだった。母親の手元から漂う香りに引き寄せられるように、食卓へとゆっくりと足を運ぶ。彼らは、外の雪景色に無言で見入った後、それぞれの席に座り、やがて会話が始まる。だが、その会話も静かなもので、深い意味を持つものではない。ただの日常の中の、穏やかなやりとりが繰り返されるのみだ。


テーブルには、暖かい料理が並び、家族全員が静かにそれを囲んでいる。外の雪が、まるでこの家族を祝福するかのように降り続け、その景色を眺めながら、穏やかなひとときが流れていく。誰もが言葉少なに、ただ静かに過ごすその瞬間に、何か特別な意味が込められているような気がする。


「何か作ろうか?」父親が声をかけると、母親はにっこりと微笑んだ。


「お湯を沸かすだけでも、ありがたいわ。」彼女がそう言うと、父親はキッチンで鍋に水を張り、コンロのスイッチを入れた。その音が、ほんの少しだけ夜の静けさを破った。


子どもたちは幸せを感じていた。暖炉の火が絶え間なく揺れ動き、火の粉が夜空の星々のようにちらついている。家の中は徐々に温まり、明かりがその場に暖かな存在感を与えていた。何もかもが穏やかで、そして些細なことに感謝しているような気分になった。


台所で湯気が立ち、食事が作られていく間に、父親が時折、目を閉じ、温かな空気が彼の心の中の冷たさを少しずつ溶かしていくようだった。静かな夜に耳を澄ませば、雪の降る音、風の音、そして家の中の微かな音だけが広がっていた。


やがて、湯気を上げた鍋の中から、スープが出来上がり始める。母親はそれをお椀に注ぎながら、「できたわ」と軽く言った。まだ明かりの中で微かな影を落とす食卓が、家族を迎え入れるように温かさを広げていく。食事がテーブルに並べられ、皆が座った。


「どうぞ、温かいものを食べて。」母親はにっこりと微笑んだ。


「ありがとう、母さん。」子供たちが感謝の気持ちを込めて言った。


その言葉が、どこかしんみりとした温かさを運んでくる。家族全員が、暗闇と寒さから解放された瞬間に、心から安堵しているようだった。


雪は依然として降り続けていたが、家の中はもうすっかり落ち着き、心も体も温まっていた。外の世界が冷たく、暗いものであっても、ここにいる限り、何もかもが大丈夫だという確信が生まれていた。


食事を終えた後、みんなで暖炉の前に戻り、くつろいだ時間を過ごした。その温かさに包まれて、家族全員がほっとした表情を浮かべていた。雪は夜空に舞い続け、そして明日の朝、また新たな一日が始まることを知らせていた。


父親は最後に、ほんの少しだけ窓を開け、雪を見つめる。そして何も言わずに、そっとカーテンを閉める。静かな朝のひとときが、どこまでも深く染み込んでいくような感覚が、全員の中にゆっくりと広がっていった。


「今日は良い日だな。」

父親の言葉には、どこかしっとりとした思いが込められていた。それは家族にとっての贈り物であり、家の中の静かな温もりを共有することの幸せを感じていたからこその言葉だった。


朝の静けさの中で、家族全員が一緒にいることの大切さを感じる。その存在が自然とわかる。雪の降る朝に、暖炉の火がまたゆっくりとその温もりを放ち、心地よい静けさの中で、新しい一日が始まる。こんにちは、クリスマス、雪だけど…その冷たさは幸福を包んでいた。

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