第9話

「琴音は何してるんだ?」

 泳ぎ疲れた颯翔は湖から上がり、一人で白い恋人を食べながら釣りをしていた琴音に声をかける。

「鮎、釣ってる……」

「釣果はどうなんだ?」

「クーラーボックス、見て……」

 颯翔は琴音に言われるがまま、後ろに置いてあるクーラーボックスを開けてみると中には二十五センチは越える大ぶりの鮎が三匹入っていた。

「結構釣れてんだな。しかもデカいし。鮎ってこんな大きくなるんだな」

「時期によるけど、この時期、脂も乗ってて美味……」

「なら夜ご飯のバーベキューの時、一緒に塩焼きだな」

「うん……!」

 琴音は目を輝かせて、今日一番の返事をする。

「部長もする……?」

 釣竿を颯翔に差し出しながら、琴音は尋ねる。

「いいのか?」

「うん、部長が楽しいと私も楽しい……」

「でも、俺釣りなんてしたことないけど、大丈夫なのか?」

「部長、器用だから、すぐできるようになると思う……」

「なら教えて貰うとしようかな」

「まかせて……」

 それから、颯翔は琴音に手取り足取り鮎釣りを教わり、一匹目の鮎を釣り上げるのにそう時間はかからなかった。

「おっ、これ掛かったんじゃないか?」

「うん、そのまま巻いて……!」

 琴音の指示通り、颯翔はリールを巻いていき、鮎が水中から顔を出す。

 そのタイミングに合わせ、琴音がタモを使って鮎を取る。

「よし、釣れた!」

「結構、おっきい……!」

 いつにも増してテンションの高い琴音は、慣れた手つきで鮎を針から外して、クーラーボックスへと入れる。

「釣りって、思ってたよりも楽しいな!」

「うん……! 楽しい……!」

 最初に言っていた通り、楽しんでいる颯翔を見ているだけ琴音もいつも以上に楽しそうな表情を見せる。

「この調子で二匹目も狙ってみるか!」

「部長なら、余裕……!」

 颯翔以上に自信たっぷりに琴音は言う。

「俺ばっかりしてるけど、琴音はしなくていいのか?」

 それから、しばらく経った時、颯翔が琴音に尋ねる。

「大丈夫、部長見るの楽しいから……」

「かわいいやつだな」

 琴音の頭をポンポンと撫でながら、颯翔は優しい口調でそう言った。

「二人とも楽しそうなことやってるねー」

 二人が声の方に顔を向けると衣月がパーカーの水を絞りながら、颯翔たちの方へと歩いて来ていた。

「琴音が釣りしててさ、鶯さんもするか?」

「私は見てるだけでいいかな。生き物とかちょっと怖いし」

「楽しいのに……」

「ごめんね、琴音ちゃん……」

 しょんぼりとした琴音を慰めるようにして、衣月は抱きしめる。

「なんか、顔に当たってる……」

「それはあれだね……うん、鴉羽くんもいるし……」

 衣月は気まずそうに横目で颯翔を見るが、颯翔は釣りに集中していて、全く興味がなさそうだった。

「琴音ちゃんの部長っていつもあんな感じなの?」

「部長はいつもあんな感じ……。真面目で、優しくて、大人しい……」

 琴音は思い付いた颯翔の印象を淡々と挙げていく。

「確かに真面目なんだろうけど、前部活サボってなかった?」

「幽霊部長だから、仕方ない……」

「部長が幽霊なのに、よく廃部になってないね。しかも三人でしょ?」

「それは私も謎……」

 謎の多い琴音に謎と言われるなんて余っ程謎なんだなと、衣月は考え、それ以上は追求しなかった。

「せんぱーい! こっちにカニいました!」

「颯翔ー、こっち来てー!」

 すると、遠くの方から美桜と天の大きな声が聞こえてきた。

「二人とも、いつからあんな仲良くなったんだ?」

「さぁ、いつからだろうね」

 衣月は理由に察しがついたのか含み笑いをする。

「まあちょっと呼ばれたみたいだし、俺向こう行ってくるわ」

「分かった……」

 颯翔は琴音に釣り竿を返すと、美桜たちの方へと歩き始めた。

「琴音ちゃんのお守りは私に任せて!」

「まかされた……」

 なんで琴音が任されたなんだよ、と心の中でツッコミを入れつつ、二人の声が聞こえた岩場へとゆっくりと向かう。

「颯翔! 見て見て、サワガニ!」

 颯翔が到着すると、天がサワガニの入ったバケツを自慢げに見せてきた。

「大きい石を引っくり返したらいたんです! バーベーキューの時に一緒に焼きましょう!」

「それはいいけど、サワガニは焼くより素揚げにした方が美味しいぞ」

「ならそうしましょう! 先輩、案外物知りなんですね!」

 いつも颯翔のことを舐めている美桜が珍しく羨望の眼差しを向ける。

「天に美桜に琴音って、このメンバー食いしん坊キャラ多いな」

 大抵のラノベなら一人、多くても二人だろう。

 しかし、このメンバーは衣月以外の三人が食べ物への執着が強いときた。

「私はそうだね。食べてる時が一番幸せだから!」

 普段から運動している天は食べ過ぎて困ることもなく呑気に笑っているが、美桜はそうでは無かった。

「確かに琴ちゃんもいつもなんか食べてるイメージありますが、私はそこまでじゃないと思いますよ?」

「いいや俺は知ってるぞ。昼ご飯のサンドウィッチ、鶉野が一番食べてたってこと。昼あんなに食べて、夜も食べたら太るぞ」

 図星を突かれたのか美桜の額にダラダラと汗が流れ出す。

「だから美桜ちゃん、そんなお腹の見えない水着にしたんだ!」

「こ、これは違います! 家にあったのがたまたまこれだっただけです!」

「ホントかなー?」

 天がいつも以上に活き活きとした笑顔で美桜をいじっていると、そこに颯翔が追い討ちをかける。

「まあ丁度良かったじゃん。バーベーキューの時、鶉野は肉食べれないんだし」

 その瞬間、美桜の周りだけ時間が止まったのかと錯覚するくらい、美桜はピクリとも動かなくなった。

「美桜ちゃん肉食べれないの?」

「俺とした賭けに負けたからな」

「よく分からないけど、残念だったね美桜ちゃん」

 自分が美桜が肉を食べれなくなった原因だとも知らずに天は美桜に声を掛ける。

「私、もう荷物まとめて帰ろうかな……」

「お付きの人、明日まで来ないぞ」

 段々と美桜の世界が色褪せてくるのが、横で見ているだけの二人にもひしひしと伝わる。

「所でお前ら、いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」

 このタイミングで聞くんだと驚きつつも、天は答える。

「これはね。ちょっと意気投合したというか、なんというか。颯翔なら分かると思うんだけど、推しが同じだったりした時って、その人との距離が一気に近くなるじゃん? まあそんな感じだよ」

「でもそれって同担拒否だったら卒倒もんだよな」

「確かに卒倒もんかもね」

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