第6話

 翌日、放課後。

 約束していた通り、颯翔は衣月と天と一緒に部室へと向かっていた。

「颯翔、衣月と友達だったんだー」

 昔から颯翔のことを知っている天からすれば、この組み合わせは意外過ぎた。

「この前の日曜日にちょっとしたきっかけがあって、まあ一応友達かな……」

「一応って何? 私はもう立派な友達だと思ってたんだけど」

 衣月は不服そうな顔をする。

「でもこっちも、天ちゃんと鴉羽くんが幼馴染だなんて初知りだよー」

「俺も鶯さんと天が知り合いだったってことに驚きなんだけど」

「えー、颯翔知らなかったの? 衣月、一年の二学期の途中まではバスケ部だったんだよ。まあ忙しくなって、辞めちゃったんだけどね」

 天はその時のことを思い出し、寂しそうな顔をする。

「忙しくなったって勉強がか? 鶯さん頭良いのになんか意外だな」

「いや、勉強じゃなくて――」

「ちょっ、天ちゃんストーップ!!」

 衣月は天の口を手で抑え込むと、そのまま颯翔に聞こえないように耳元に話かける。

「あの話は鴉羽くんには秘密にして! お願いだから!」

「えー、なんで? 颯翔、喜ぶと思うけど」

 不思議そうに天は言う。

「確かに喜ぶとは思うけど、恥ずかしいから絶対言わないで!」

「しょーがないなー、貸一だからね?」

「それでいいから、絶対ナイショだからね?」

「二人でコソコソ、何の話してるんだ?」

「女子トークだから颯翔には教えられないなー」

 天はニヤニヤとした笑みを浮かべ、颯翔をからかうよう。

「そうか」

「えー、それだけ? 淡白な反応だな、もう。もっと気になったりしない、普通?」

「いや、そこに労力を使う方が疲れるし」

 颯翔は本当に興味が無いようで、淡々とした口調で言う。

 そうして雑談をしている内に、三人は部室へと到着した。

 颯翔が扉を開けると、部室には既に二人とも揃っており、一人は寝転がりながらじゃがりこをボリボリ齧っていて、もう一人は英単語帳を使って勉強していた。

「ねー颯翔、ここってほんとに軽音部?」

「まあ一応……」

「わぁ、楽器だ! これって触っていいの?」

 衣月は子供のように目を輝かやかせる。

「それは俺じゃなくて、持ち主に聞いてくれ」

「先輩、昨日も結局部活サボりましたよね? ほんといつもいつも!」

 美桜は英単語帳を置いて、颯翔の前までズカズカと歩いてくる。

「まあまあ、今日はお客さんも来てるんだから落ち着けって」

「仕方無いですね。今日はお客さんに免じて、許しましょう」

 ここまで聞き分けが良いとは思っておらず、颯翔は逆に驚いてしまった。

「幽霊部長、おはよう……」

「おはよう、琴音。琴音は今日も平常運転だな」

 お客さんが来ていても、平常運転の琴音に颯翔はやっぱり琴音は琴音だなと、少し安心感を覚える。

「それじゃあ、早速紹介からだな。こっちの英単語帳をしていたのが真面目でポンコツの鶉野美桜で、そっちのじゃがりこ食べてるのが軽音部のペット枠の雉島琴音だ」

「先輩、私ポンコツじゃありません!」

「ペット枠……?」

 美桜は英単語帳をバタリと閉じて文句を言い、琴音はじゃがりこをカリッと齧りながら小首を傾げた。

「それでこっちは雲雀天。一応俺の幼馴染な」

「一応も何も普通に幼馴染だけど!?」

 天は声を荒らげながら颯翔に詰め寄るが、颯翔は完全にスルーしてそのまま続ける。

「もう一人の方は鶯衣月さん。成績良いから鶉野は勉強教えて貰ったらいいんじゃないか?」

「私の成績が良くないことは事実ですが、勝手にバラさないで貰えませんか?」

「俺がバラさなくても、いずれバレるから同じだろ」

「なんだが納得いきません」

 美桜は不貞腐れたように頬を膨らませる。

「衣月だけ、さん付けだし、待遇の差を感じるんだけど」

「そりゃ、知り合ってからまだ数日しか経ってないんだし、そういうもんだろ」

 颯翔からしてみれば、逆にどう呼べばいいのだと言いたいところだった。

 天たちみたいに呼び捨てにしてもいいのだが、それだと急に距離感を詰め過ぎて変に思われる可能性もあるので、天の文句を無視してさん付けするのが結局のところ正しい気がする。

「ねぇねぇ、美桜ちゃん。このギター誰のか知らないけど、触ってみてもいい?」

「それは私のギターなので、触るのは全然良いのですが、衣月さんはギター弾けるんですか?」

「いや全然。小学校までピアノ習ってたからそのノリでいけるかなって」

 そう言って衣月はアンプに繋がっていないギターを適当に掻き鳴らし始める。

「ピアノ習ってもギターは初見じゃ絶対弾けないだろ」

「私も弾いてみて無理そうだと思ったから、やっぱりやめる。ありがと美桜ちゃん」

 弾き始めてから十秒も経たずして衣月は弾くのを諦めた。

「弾く前から絶対分かるだろ」

「何事も挑戦だよ、鴉羽くん」

「その台詞はかっこいいけどもだな」

 そんなふうに軽口を交わす二人は最初に出会った頃と比べて、かなり打ち解けてきたように感じられた。

「衣月さん。キーボードもありますけど、どうですか? ピアノが弾けるのでしたら、キーボードもいけるのではないかと思いまして」

 普段はそこまで使っていないキーボードを取り出してきた美桜は衣月が使えるように準備する。

「美桜ちゃん、凄い気利くね。よーしよしよし」

 そう言いながら、衣月は美桜の頭を撫で回す。

 満更でもないのか、美桜も目をつぶって笑みを浮かべていた。

「普段はそこまで気利かないけどな」

「ちょっと先輩、うるさいですよ。先輩はそういう所が良くないんです」

「颯翔は可愛い後輩ちゃんが他の人に取られたから、嫉妬でもしてるんじゃない?」

 散々な言われようだったが、これも颯翔が余計なことを言ったからであり、自業自得だった。

「部長、私がいるから安心しな……」

 未だにじゃがりこを食べていた琴音は颯翔に向かってVサインをする。

「俺の味方はやっぱり琴音だけなのか……!」

「別に私は部長の味方ではない……」

「じゃあ一体なんなんだ?」

「なんなんだろうね……」

 琴音はいつも通りの真顔でそう言うと、じゃがりこをポリポリと齧る。

「鶉野はお客さんが来てあんなに変わったのに、琴音はやっぱいつも通りだな……」

「私もいつもこんな感じですが!?」

「確かに俺に対してはいつもそんな感じだったかもな」

 よく良く考えてみれば、美桜が颯翔に対して当たりが強いのはいつもの事だった。

「そっちの話は終わった? それじゃ、今から弾くから心して聴いてね」

 軽音部たちの不毛な会話が終わるのを律儀に待っていた衣月はやっとキーボードを弾き始める。

 ギターとは違い、ちゃんとした曲が演奏され、ピアノが弾けるということが本当だと証明された。

「この曲って、颯翔――」

 そんな気がしていた颯翔は言いかける天の口を手で抑え込み、そのまま部室の外へと引っ張り出した。

「いいか天? 鶯さんにはその事絶対言わないでくれよ!」

「あー、はいはい……。分かったけど、なんかデジャブだなこれ……」

 天は面倒くさそうに大きなため息をついて、すぐに部室へと戻る。

「おかえり、部長と幼馴染の人……」

「早かったですね、先輩」

 二人はすぐに察したらしく、言わなくても颯翔が何を言いたいか理解していた。

 というのも、軽音部のルールとして、軽音部員以外に言わないようにと前々から颯翔に言われていたのだ。

「天ちゃんさっきなんて言おうとしてたの?」

 既に弾くのをやめていた衣月は天に問いただす。

「あれは、この曲、颯翔がよく聴いてる曲だ! って言おうとしただけだよ」

「そう? にしては鴉羽くんやけに焦っていたけど」

 天の怪しい回答に衣月は別に鋭くも無い真っ当な指摘をする。

「颯翔って昔からよく分かんないところあるから、それだけだよ」

「幼馴染が言うならそうなのかな?」

「さっきの貸一でどう?」

「じゃあそれで良いよ。この話はこれでおしまい!」

 二人が繰り広げるよく分からない会話が終わったということは分かったらしく、颯翔はやっと今日の本題に入る。

「じゃあ、そろそろ旅行の計画について話して行きたいんだけど、いいか?」

 颯翔がそう言って、ホワイトボードの前に立つと自然と視線が颯翔へと集まってくる。

「ということで、あとは任せた鶉野、琴音。頼りにしてるぞ」

「先輩、ものすごくカッコ悪いです」

「だって、この旅行計画したのお前ら二人だろ」

 軽音部の旅行なのだが、その軽音部の部長が計画に関わっているのかと言われたらそういう訳ではなかった。

「そっか、私も計画側だった……」

「琴音の別荘に行くんだから、計画の中心人物と言ってもいいんじゃないか?」

「デスゲームで言う、出資者側……?」

「なんでデスゲームで言うのかは分からないけど、そんなとこだな。まあ、そういうことだから、あとは二人任せるぞ」

 颯翔はそう言って、美桜たちと場所を交代する。

「はい、ということで先輩に代わりまして、私から説明させていただきます」

 美桜はいつも通り、丁寧な口調で計画の説明を始める。

「まずは行き先ですが、県内にある琴ちゃんの別荘に行きます。琴ちゃん準備しといてった言ってた写真ある?」

「多分、カバンに入れてたはず……」

 琴音は通学用のカバンの中をゴソゴソと漁り、中から封筒とじゃがりこを取り出す。

 その封筒からさらに数枚の写真を取り出すと、琴音は磁石を使ってホワイトボードに写真を貼っていく。

 写真には別荘の外観の写真もあれば、別荘から見える景色の写真、別荘の内観の写真、カニを捕まえて喜んでいる琴音の写真まで色々あった。

「琴ちゃん絶対今要らない写真まであるよね、これ」

「家にあったやつ、全部持ってきただけ……」

 適当な琴音に美桜は呆れたようにため息を漏らす。

「まあとりあえず、説明を続けますね。写真を見て貰った通り、目の前に湖があるということで、もちろん泳げます。なので皆さん、水着をお忘れないようお願いします。それから細かな集合場所、時間、持ち物などは今から作成するLINEグループに後で送っておくので、そこで確認してください」

「美桜と部長、招待した……」

 美桜が説明している間に琴音がグループを作成していたようで、早速二人に招待のメッセージが送られる。

「ほんとにこのグループであってんの?」

「あってるから入って……」

「なんですか、マグロうにいくら黒毛和牛って!」

 グループ名を見て、美桜は琴音に任せたことを少し後悔する。

「おいしいから……?」

 琴音らしい理由に二人はそれ以上何も言わなかった。

「じゃあ早速ですが、先輩は天先輩と衣月先輩を招待してください」

「天のLINEは持ってるけど、鶯さんのは持ってないぞ、俺」

 持ってるわけないだろと言いたげの颯翔だが、衣月と颯翔が知り合って間もないことを知らない美桜からすれば、知る由もなかった。

「私持ってるよ、衣月のLINE。だから颯翔が招待してくれた後に私が招待するね」

「でしたらそれでお願いします」

 美桜は天にペコリと頭をさげる。

「あ、招待きたよ。さっきから言ってたマグロうにいくら黒毛和牛ってグループ名のことだったのね。琴音ちゃんについて分かってきたかも」

「分かった気でいる所悪いけど、そんなの琴音の一部でしかないからな? なんせ俺たちだって、琴音の生態についてよく分かってないし」

「私、ナスカの地上絵になる……」

 さっき取り出してきたじゃがりこを齧りながら、琴音は呟く。

「ほらな?」

「確かにそうかも……」

 天は琴音という存在のよく分からなさに気づいたのか、理解することを放棄した。

「琴音ちゃんで盛り上がるのは良いけど、天ちゃん、私招待するの忘れてない?」

「あっ、ごめん……。今から招待するねー」

 すっかり忘れていた天は申し訳なさそうにしながら、衣月に招待を送る。

「お、招待来たよ。どれどれ、マグロうにいくら黒毛和牛、確かに美味しそうだけれど……」

「でしょ……?」

 同意を求める琴音だが、しかし、グループ名とは裏腹に今食べているのはじゃがりこである。

 確かにじゃがりこも美味しいけども、いまいち高級感に欠けてしまっていた。

「というわけでLINEのグループも完成したので、今日はこれで解散です。わざわざ放課後の時間を割いていただきありがとうございました」

 LINEグループの作成後、美桜は改まった様子で二人に丁寧にお礼をする。

「私の方こそ誘ってくれてありがとね。じゃあ、お先に失礼するねー」

 衣月は軽音部三人にお礼を言うと部室を後にする。

「天、お前は部活行かなくていいのか?」

「部活は行きたいんだけど、その前に期末テストの補習行かないといけないんだよねー」

 ここにきて補習があるのに行ってないということを暴露する天。

「いや、補習あるならさっさと行けよ! というかここに来るよりもそっち優先だろ普通」

「だって三教科もあるんだよ? 面倒くさいじゃん……」

「三教科って、お前そんなに成績悪かったのかよ」

 幼馴染の頭の悪さに段々と悲しくなってくる颯翔。

「二年になってから、割と……」

「まあとりあえず補習行ってこいよ、今からでも別に間に合うだろ」

「颯翔がそこまで言うなら、行ってくるよ……」

 どうやら行く気になったらしく、天は部活を出て重い足取りで歩いて行った。

「お前たちもあんな感じになって、留年はしないようにしろよ」

 天を見送った颯翔は後輩二人に一応忠告だけしておく。

「大丈夫、私テスト一位だから……」

 嘘か本当かよく分からない琴音の発言を颯翔はスルーして、やけに大人しい美桜の方へと視線を向ける。

「どうした鶉野? 急に大人しくなって、体調でも悪いのか?」

「いえ、別に体調は大丈夫なんですが……」

「なら他に何かあるのか?」

「私も今日補習あったのすっかり忘れてました……」

「ちなみに何教科あるんだ……?」

「五教科、全部です……」

 やはり美桜はポンコツだったらしく、颯翔はそれ以上何も言わなかった。

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