第4話

「二人ともお疲れ」

「おつ……」

「お疲れ様です。明日もちゃんと来てくださいよ?」

「行けたら行く」

「それ絶対来ないやつじゃないですか!」

 最終下校時刻の十八時になり、軽い挨拶を済ませて途中で三人は別れた。

 一年生と二年生で下駄箱の場所が違っているのもあるが、美桜と琴音は電車通学で、颯翔は自転車通学というのもある。

 颯翔は下駄箱で靴を履き替え、自転車置き場に着いた時、ちょうど後ろから声がした。

「こんな所で会うなんて、偶然なこともあるんだね」

 声の方を振り向くとそこには昔から嫌という程見てきた顔があった。

「なんだ、天か」

「何その反応、もうちょっと驚いたりとか、なんかそういうのないの?」

 颯翔の反応に頬を膨らませ不貞腐れたような態度を取る彼女――雲雀天といい、颯翔の幼なじみだった。

 オレンジ寄りの赤みがかったショートヘアに小さな青いリボンが付いており、天のかわいらしさをより一層引き立たせていた。

「滅多に合わない知り合いとかだったらまだしも、今更お前の顔を見てもだな」

「まあ確かにそうかもね」

 そう言って天は夕陽と同じくらい眩しい笑顔を浮かべる。

「それで天はこんなとこで何してるんだ? お前自転車通学じゃないだろ?」

「えっと、友達と帰る待ち合わせしてたら、偶然颯翔を見つけたから声掛けただけで」

 天はキョロキョロと目を泳がながせる。

「なんだそういうことか。それじゃ、俺はもう帰るからまた今度な」

「えっ!? いやいやいや、ちょっと待ってよ!」

 まさかこんな一瞬で帰ろうとするとは思っておらず、天は慌てて颯翔の制服の襟を引っ張って引き止める。

「なんだよ一体!」

 天は恥ずかしそうにモジモジとしながら、颯翔から目を逸らす。

「えっと、あの……急に友達から少し遅くなるから先帰ってって連絡が来て、その…………」

「最終下校時刻なのに?」

 天の様子に颯翔は疑いの目を向ける。

「えっ、あっ、まあそうなんだけど、なんか部活の顧問から呼び出されたっぽくて……?」

「ふーん、そういうこともあるんだな」

 今適当に考えた感が丸出しの返事だったが、颯翔は一応納得する。

 そんな颯翔を見てホッとした、天は少し間を置いてから、天の中での本題に入る。

「そ、それでなんだけど、友達に先帰ってって言われたし、颯翔もどーせ一人で帰るんでしょ? だったら、私が一緒に帰ってあげてもいいけど……」

 天は腕を組み強気な態度で颯翔を誘う。

「でも、お前歩きだろ? 押して帰るの嫌だから、先帰りたいんだけど……」

 十中八九、一緒に帰ってくれると思っていた天は思いがけない反応にショックを受けてあからさまに落ち込む。

「一年の頃は一緒に帰ったりしてたじゃん……」

「それはそうだけど……」

 言葉を詰まらせる颯翔に、天はさらに落ち込んで、目に涙まで浮かべていた。

 颯翔もいまいちよく分かっていないのだが、昔から天はこんな感じなのだった。

 なので、颯翔もこういう場合の扱い方にも慣れていた。

「じゃあ、後ろ乗るか?」

 颯翔がため息混じりにそう言うと、今まで下を向いて落ち込んでいた天が顔を上げて呟く。

「犯罪……」

「だったら先帰るけど?」

「乗るから、早くしろ……!」

 そう言って天は自転車の前カゴにカバンを投げ入れて、校門の方へと先に歩き始める。

 颯翔は何も言わず、前カゴのカバンに一瞬目を向けてから、自転車を押して校門の方へと向かって行く。

 最終下校時刻で人が多く、さらに教育指導の先生が門の前に立っているため、こうして押して行かなければいけなかった。

「なんか久しぶりだな、こうして天と帰るの」

 先生も見えなくなり、人も減ってきた辺りで颯翔が口を開く。

 一年の時は同じクラスで、さらに幼馴染というのとあって、部活が被ってない日など、こうして二人で帰ることが多かった。

 しかし、クラスが変わってからは会っても少し話すくらいで、一緒に帰るということはめっきりと減っていた。

「だね。クラス変わっちゃったし、私もバレー部忙しいし」

 すっかり元気になった天は前カゴのカバンから取り出したメロンパンを食べながら話を続ける。

「颯翔、一年の時もこうして私が誘わないといっつも一人で先帰っちゃってたよね」

「俺から誘うようなことでも無いだろ別に。それにお前、わざわざ俺と帰らなくても部活の友達とかいるだろ」

 人と関わろうとしない颯翔と違って、明るくて可愛いスポーツ女子の天はクラスでも中心の人物だった。

 そんな人物をクラスで目立たない空気のような存在の颯翔が誘えるかと言われたら不可能で、さらにそのせいで天の印象が悪くなってしまうのでは無いかという考えもあり、颯翔から誘うことは決して無かった。

「それはそうだけど、たまにはそっちから誘ってくれても良かったのに」

 そう言って天はメロンパンの袋に残った砂糖を口の中に流し込み、今度はクリームパンを食べ始める。

「でもお前、誘ってくる側のくせにいつもやけに上から目線なんだよ。今日も含めて」

「だって颯翔、私以外友達いないんだから、誘って貰ってるだけありがたいと思うべきでしょ!」

 それが当然だといったふうに天は言い切る。

「ありがたくないし、それに俺、誘って欲しいなんて一言も言ってないから」

「でもちょっと期待してたんじゃないの?」

「別に……」

 ニヤニヤしながら顔を覗き込んでくる天を躱すように颯翔は顔を背ける。

「あーあ、照れちゃってー」

「照れてねーよ! てか、そろそろ後ろ、乗らないのか……?」

「これ食べ終わるまで待って」

 そう言って、天は一口サイズにちぎったパンを口の中に放り込む。

「さっきから食べ過ぎだろ。そんな食って夜ご飯食べれなくなるぞ」

「大丈夫大丈夫。それに運動って結構お腹空くんだよ?」

 ちぎるのが面倒くさくなったのか、今度は大きく口を開けてパンにかぶりつく。

「せいぜい太らないように気をつけるんだな」

「私こう見えて太りにくい体質だから、大丈夫でーす」

 得意げに無い胸を張る天。

「こう見えても何も、見るからに太りにくそうだけどな……」

 颯翔は天の姿をじっと見つめながら言う。

 天は女子にしては少し高めな身長で、腕も足もスラーっとしており、どこからどう見ても太くは見えない。

「何? 人の事ジロジロ見て」

「口の横にクリーム付いてるぞ」

「あ、ほんとだ」

 颯翔に指摘されて気づいた天は口の横のクリームを器用に舐め取ると、残ってる最後の一口もそのまま口に放り込む。

「よし、食べ終わったし、乗せてもらおっかなー」

 天は菓子パンの袋をカバンに詰め込むと、颯翔が押している自転車の後ろに飛び乗り、その勢いでガシャンと自転車が大きく揺れる。

「急に飛び乗るなよ、危ないな」

「私の運動神経ならこれくらい余裕」

「天じゃなくて、危ないのはこっちだよ!」

 颯翔は文句を言いつつ、自転車に乗り込み漕ぎ始める。

「ちゃんと掴まっとけよ」

「言われなくても分かってるって」

 天は颯翔の腰辺りに腕を回して、しっかりと掴まる。

「ちょっと漕ぎにくいんだけど、もっといい掴まり方無かったか?」

「これが私にとってはいい掴まり方だから無理かな……」

 そう言うと天はさらに強く抱きしめるように腕に力を込める。

「そういえば颯翔、軽音部は最近どんな感じ? 確か後輩増えたんでしょ? 女の子二人だっけ?」

「二人共癖が強いから、ちょっと疲れるけど、楽しいよ割と。まあでも、先輩たち二人と比べたらどっちが癖強いか分かんないな……」

 颯翔は去年のことを懐かしそうに思い出しながら、苦笑いを浮かべる。

「ふーん、また三人なんだ。去年も思ってたけど、三人しかいないのによく廃部にならないよね」

「それは俺も思ってるけど、なんでなんだろうな……」

 基本幽霊だが、一応部長を務めている颯翔ですら知らないのだから、本当に謎なのだろう。

「まあなんにせよ、かわいい女の子の後輩に囲まれて浮かれたりしないようにね?」

「俺がそんな性格の奴じゃないって知ってるだろ」

 呆れたように颯翔は言う。

「冗談、冗談! 昔からそんな感じだけど、高校入ってからは颯翔、推し一筋だもんねー。趣味以外に一切興味ありませんって感じ。そのお陰で安心できてるけど、まあ逆にそれが厄介な所でもあるんだけど……」

 天は沈む夕陽を眺めながら、悔しそうな表情をする。

「厄介ってなんだよ?」

「ううん、それはこっちの話だから気にしないで」

 そう言って笑い天は話を誤魔化す。

「あ、そうだ。軽音部の話で思い出したんだけど、今週の土日に軽音部で後輩の別荘に旅行行くことになったんだけど――」

「りょりょりょ、旅行!? 後輩女子二人と旅行!? 土日ってことは泊まりでしょ? さすがにそれは颯翔でも許されないよ!? 世間が許しても私が許さないから!」

 颯翔の言葉を遮るようにして、天は驚きの混じった声を上げる。

 そして、無意識に颯翔の腰に回した腕に力が入る。

「ちょっと、苦しいかも……」

「あっ、ごめん……」

 天は慌てて颯翔を絞め上げていた腕から力を抜く。

「とりあえずお前の許す許さないはさておいてだ。その旅行で最低でも誰か一人誘わないといけないことになってだな。それで天、来れたりしない?」

「つまり颯翔はさらに女子を増やしたいと」

 完全に間違っているかと言われたらそうでも無いが、誤解を生みそうな発言をする天。

「人を増やしたいだけで、別に女子を増やしたい訳では無いからな? そこ結構重要だから」

「というかそもそもなんで誰か一人誘わないといけないの?」

「それは肉が賭かってるからだな」

 颯翔は至って真面目な口調で意味のわからない事を言う。

「肉?」

「まあとにかく色々理由があるってことだよ」

 颯翔のよく分からない発言に天は不思議そうにするも深くは追求しなかった。

「まあ颯翔がどうしても来て欲しいって言うなら、行ってあげてもいいけど……」

 その言葉を聞いて、颯翔は賭けた肉のことと、誰も誘えなかった時に美桜からどんな言葉が飛んでくるのかを考える。

「どうしてもだ。お前がいないと俺は困るんだ」

 肉が食べられなくて困るんだ。

 颯翔の思わせぶりな発言に天の心拍数が急激に上がる。

 顔も耳まで真っ赤になっているが、後ろに乗っているおかげで颯翔に気づかれず、天は胸を撫で下ろす。

「やっぱり颯翔は私がいないと困るんだね。そこまで言うなら仕方ないから行ってあげるよ」

 平然を装いながら言う天だが、口元も緩みきっていて、とても颯翔に見せられそうな顔では無かった。

「あーでも、土日部活あるんじゃなかったっけ? やっぱり部活休んでまでして、来てもらうのは申し訳ないから遠慮しておこうかな……」

 一人勝手に舞い上がっていた天はここで初めて部活の存在を思い出す。

「いや、ちょうど今週末部活休みだから、全然行けるよ? 偶然私の部活が休みで良かったね?」

「そうなのか? ならいいんだけど……」

 ちょうど話が纏まった所で、天の家に二人は到着した。

「じゃあまた明後日の放課後に軽音部の部室に来てもらえると助かる」

「分かった。じゃあまたね、颯翔」

「おう。またな天」

 手をヒラヒラとする天に手を振り返し、颯翔は自宅までさらに自転車を走らせた。

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