第3話

 放課後。

 終礼の終わるタイミングを見計らっていたように、颯翔のスマホの通知が鳴った。

「嫌な予感がする……」

 直感的にそう感じた颯翔は既読スルーしようとしたが、相手も颯翔がそうすることはお見通しと言わんばかりにメッセージが連投される。

 教室中にピコンピコンと通知音が鳴り響き、周囲の視線が颯翔へと集まる。

 その状況に耐えられなくなった颯翔は逃げるように教室から飛び出し、人がいない場所まで行ってLINEを開いた。


『部活に来い!』


 おびただしい数の同じメッセージが画面に表示され、颯翔は顔を引き攣らせた。


『今から行く』


 それだけ返して、颯翔の所属している軽音部の部室がある、部室棟の三階へと向かった。

 部活といっても、今の部員は颯翔を含めて三人しかいない。

 二年一人、一年二人。

 三年は引退した訳ではなく、そもそもいない。

 しかし、そんな少人数でも何かの力が働いているのか、奇跡的に廃部にはなっていない。

 しばらくして、部室の前に着いた颯翔は、少し身構えしながら、扉を開ける。

 部室の中には開いた本を顔に乗せて、カーペットに大の字で寝転がっている小柄な少女と、ギターのチューニングをしているつり目が印象的なこれまた小柄な少女がいた。

「先輩、また一週間も部活サボってましたね」

 颯翔の顔を見るや、ギターのチューニングをしていた少女がすごい剣幕で近づいてくる。

「ごめん鶉野。最近割と忙しくてさ……」

 鶉野美桜。

 先程のLINEのやり取りをしていた張本人で、長い茶髪をサイドテールに括っている。

「それくらい知ってますし、新曲も聴きました。だけど、ちょっとくらい顔出せましたよね? ただでさえ、部員少ないんですから、ちゃんと来てくださいよ!」

「分かった分かった……」

 颯翔の適当な返事に納得のいかない美桜だが、すぐに諦めたのか大きなため息をつきながら、元の場所へと戻ってギターのチューニングを再開する。

「あれ? 幽霊部長来てたんだ、おはよう……」

 今度はカーペットに寝転がっていた少女――雉島琴音が長い水色の髪を揺らしながら、むくりと身体を起こした。

「おはよう、琴音。もしかして起こしちゃったか?」

「二人がうるさかったから……」

「ごめんな琴音、うちの鶉野がうるさくって……」

「どうして私なんですか!? というか琴ちゃん、元から起きてたのにそんな嘘つかないの!」

 急に責任を負わされた美桜は抗議の声をあげる。

「えへ……」

「えへ、じゃないよ! まったくもう……」

 平常運転の琴音に対し、美桜は呆れた態度を見せる。

「そういや、部長……。新曲聴いた……」

「どうだった?」

「良かった……。けどあれ、ラブコメのオープニングを狙ってるの、見え透いてた……」

 琴音は当たってるでしょ、と言いたげなドヤ顔をする。

「そんなに分かりやすかったか? さりげなーくラブコメみを加えただけのつもりだったんだけど」

「どうだろ、部長のことを知ってるからってのもあるかも……。美桜はどうだった……?」

「私も先輩これ絶対ラブコメのオープニング狙ってるな、って思いましたね。けど、コメント欄を見た感じだと、先輩のことを知ってるからそう思っただけだと思います」

「そう? なら別にいっか」

 二人して同じ意見ということそういうことなのだろうと、颯翔は楽観的に考える。

 それに、そもそもラブコメのオープニングを狙っていると気づかれたところで何か問題がある訳でもない。

「というか、部長……。なんでそんなラブコメのオープニング狙ってるの……? やっぱり『つんでれ』?」

「そりゃあもちろん。来たる『つんでれひろいんず!』のアニメ化に向けて、ラブコメのオープニング作れますよ感は出しておかないとな。そうだ二人とも、この間発売された最新刊読んだ?」

 颯翔の最後の一言によって、部室内にどこか不穏な空気が流れる。

「先輩、つんハラは良くありませんよ?」

「つんハラ、イクナイ……」

「俺、まだ何も言ってないんだけど!?」

『つんでれひろいんず!』ハラスメント。

 略してつんハラ。

『つんでれひろいんず!』を読むことを強要してくる人に対して使われる単語で、颯翔の場合は読んだかどうか聞くだけでも、つんハラに該当するとされている。

 あくまで軽音部での話だが。

「先輩? ここは文芸部じゃないんですよ?」

「でも『つんでれひろんず!』を読むのは国民の義務では?」

「その前に部活に来るという義務を果たしてから言ってください。というかそもそも、もっとチャンネル登録者数増えないとアニメのオープニングの依頼なんて来ないと思いますよ?」

 その一言で、颯翔の顔からみるみると生気が失われ、膝から崩れ落ちた。

「美桜、言い過ぎ……。幽霊部長が死ぬ……」

「幽霊なのに死ぬんですね」

 琴音はトタトタと颯翔に近づき、頭をさすって颯翔を慰める。

「鶉野、事実とはいえ、言っていい事と悪い琴があるだろ……」

「確かにそうかもしれません。すみませんでした。反省しています」

「いや、そこまで謝らなくても――」

「はいっ! これでチャラです、先輩!」

 美桜は颯翔の言葉を遮るように言い、ニヤリと悪意のこもった満面の笑みを向ける。

「全然チャラじゃねえ、もっと謝れ、謝り倒せ!」

 美桜の笑みに対して、颯翔は不満気な表情を返す。

「話は戻りますが、先輩って本当に『つんでれひろいんず!』のオープニングを担当したいと思っているんですか?」

 颯翔の言葉を無視して、美桜は明後日の方向に逸れた話を元に戻す。

 颯翔も美桜に合わせるようにすぐに切り替え、おそらく学校の外から持ってきたであろうキャスター付きの椅子に深く腰かける。

「推し作家の作品に携われるなら誰だってそう思うと思うんだけど」

「なら聞きますが、本当に今のままで担当できると思っているんですか?」

 急な真面目な話に颯翔の反応が少し遅れる。

「まあ、今のままだったら正直無理だろうな。美桜の言った通りチャンネル登録者数も少ないし」

 颯翔は自虐風につい先程の美桜の言葉を繰り返す。

「だったら、今からできることは一つしかありません! チャンネル登録者を増やしましょう! 別にまだ『つんでれひろいんず!』のアニメ化が決まった訳でもないんですし、まだまだ間に合います!」

 力のこもった美桜の声が部室内に響く。

「チャンネル登録者を増やすって言われても、そんな急に増えるもんでもないだろ。そりゃあ俺だって自分の曲を聴いてくれる人が増えるのは嬉しいけどさ」

「部長、一つ質問……」

 すると、いつの間にか颯翔の膝の上に座っていた琴音が口を開いた。

「今までに敢えてチャンネル登録者を増やそうとしたことある……?」

「別にしてないな。新曲ができたら投稿するのと、宣伝ツイートをするくらいだな」

「まるで、自分から進んでしましたみたいな言い方していますけど、宣伝ツイートだって私が言って、この前初めてしただけですよね?」

 宣伝ツイートをしたのに結局グチグチ言われる始末に颯翔はなんとも言えない気持ちになる。

「まあ先輩の性格からすれば当然と言えば当然なんですけどね」

 そんな颯翔の様子を察したのか、美桜は余りフォローになっていないフォローを付け足す。

「鶉野は俺の性格の何を知っているんだ?」

「私は先輩の事ならなんでも知っていますよ?」

「えっ?」

 美桜の反応に颯翔は思わず声を漏らす。

「いや、普通に嘘です。冗談ですからね?」

 美桜は慌てて訂正すると話題を逸らすように無理やり言葉を続けていく。

「というわけで、今からチャンネル登録者を増やすためにできることを考えましょう。いや、もう既に私たちで考えています!」

「ぶい……」

 その美桜の言葉に琴音は真顔でVサインを返した。

「いや、なんで既に考えてるんだよ!?」

「これが軽音部の活動方針だからです」

 ハッキリと言い切る美桜に颯翔は困惑する。

「俺、そんな活動方針にした覚えは無いんだけど……」

「先輩は幽霊だったから知らないんですよ。ねー、琴ちゃん!」

「盛り塩、効果あった……」

「俺は邪気か」

 颯翔はそうツッコミながら、確かに部屋の隅にオカルト部にありそうな物が置いてあったなと思い出す。

「それでは先輩のチャンネル登録者を増やすために、まずは投稿頻度を上げましょう!」

 美桜はどこからが引っ張り出してきたホワイトボードに書き込んでいく。

 一応、元音楽準備室なのでホワイトボードがあってもおかしくはない。

「毎日投稿……」

「いや、毎日投稿は物理的に不可能だからな?」

「琴ちゃんの冗談に振り回されないでください、先輩。琴ちゃんもお口チャックしましょうね」

「チャック……」

 小さい子供の相手をするように、美桜は琴音を静かにさせる。

「毎日投稿じゃないにしろ、投稿頻度を上げるのはかなり厳しいのだが」

「そのくらい知ってます。でも、先輩? 先輩の投稿ペースって、すごくバラついてますよね?」

「覚えてないけど、そんなバラついてるか?」

「最新の曲が一昨日です。その前の曲が二ヶ月前。さらに前の曲は前の曲の三日前。三日ってなんですか、三日って!?」

 美桜はホワイトボードに書いた三日という字を強調するようにペンで叩く。

「言われてみたらそんなこともあったな。懐かしい」

「何一人納得してるんですか!? その前なんてその半年以上前なんですよ? なんですか、この意味不明な投稿間隔!? このままでは良くありません!」

「いやでも、一年に一曲投稿するかしないかだけど、有名な人とかもいるじゃん? 例えば――」

 そう言って颯翔は有名なボカロPを何人か例に上げていく。

「ああいう人たちは特別なんです。あれを当たり前だと思わないでください、先輩。基本的には投稿頻度というのは高ければ高いほどいいんです。それに投稿間隔というのも大切です。先輩みたいに半年以上投稿しなかったり、急に三日しか空けずに投稿したりというのは基本的に良くありません。一ヶ月に一曲とか、二ヶ月に一曲とか決まったペースで投稿するのが大事なんです」

 先生にでもなったかのように、美桜は重要な所を分かり易くホワイトボードに書き込みながら、颯翔に説明する。

「鶉野先生質問。どうしてそこまで詳しいんですか?」

「誰が先生ですか! この為に前もって調べておいただけです。特に深い意味はありません。というか、そんなことはどうでもいいんです。それよりも、動画を投稿するタイミングについても話すことがあります」

「タイミングっていうのは時間帯のことか?」

「もちろんそれもそうですが、それだけではありません。季節とかもそうです。夏休みにクリスマスソングを聴きますか? 逆にクリスマスに夏歌を聴きますか?」

「聴かなくはなけど、確かに聴く頻度は低めだな」

 卒業ソングやウェディングソングなんかもあるのだから、季節に合わせた曲ももちろんある。

 普段は特にそんなこと意識していなかったが、言われてみると確かにそうだなと颯翔は改めて感じた。

「このようにその時期にあった曲というのがあります。なのでそれに合わせた曲を投稿するんです」

「それは分かった。それで肝心なラブコメの曲はいつ投稿するのがいいんだ?」

 その質問が来るだろうと既に予想していた美桜は即答する。

「季節が分かりやすい歌詞じゃなければ年中無休です」

「そう、年中無休……」

「話が逸れるので琴ちゃんはお口チャック」

 口を開いたと思えば、また静かにさせられる琴音。

 琴音は無言で不満を訴えるが誰にも相手にされず、すぐに抵抗を諦めた。

「今は夏です。夏休みの直前です! ということで、夏にちなんだ曲を投稿しましょう! 今回は登録者を増やすのが目的なので、ラブコメの曲でなくても大丈夫です。もちろん、ラブコメの曲でも問題はないですが」

「夏休み中にってことか?」

 颯翔の質問に対して、美桜はまだまだ分かってないなという風にため息をついてから答える。

「違います。夏休みが始まる前にです。遅くても八月上旬――できたら五日くらいまでには投稿したいですね。夏休み中流行らせて、聴いてもらう必要があるんですから、それまでに投稿するのは当然です」

「あと一ヶ月もないけど、それまでに新曲を完成させろって言いたいのか?」

「そうです! 前は三日で完成させたんでしょう? なら余裕ですよね?」

「無茶を言うな、無茶を」

「『つんでれ』のオープニング担当したいんですよね? なら今が頑張り時ですよ?」

 美桜は『つんでれ』のオープニングという言葉で颯翔に圧をかける。

「…………分かった。とはいえ何のアイディアも無いんだけど……」

 美桜の圧に折れた颯翔だが、今のままだと間に合わすのはかなり厳しい状況だった。

「そこでです! 今まで話していたことは全て前置きです!」

「前置き長っ!」

 どれくらい長かったのかと言えば、前置きだけでホワイトボードが文字で埋め尽くされてしまうくらい長かった。

「というわけで、今週末の土日に旅行に行きましょう!」

「旅行?」

 旅行と言われて、理解の追いつかない颯翔に琴音がさらに追い打ちをかける。

「ふっふっふ……私の別荘が火を吹くぜ……」

「琴ちゃんの別荘じゃなくて、琴ちゃんの親御さんの別荘でしょ!」

「確か琴音の親って、お金持ちなんだっけ?」

 琴音はコクコクと首を大きく縦に振る。

 そのせいで、結んでいない髪が一緒になって大きく揺れ、颯翔の顔にバシバシと当たる。

「それでだけど、海の別荘と山の別荘、それから湖の別荘のどれがいい……?」

「三つも別荘要らなくないか? というかなんの仕事してたら三つも別荘持てるんだ?」

「ぞうもつ関係……」

 真顔をまま、暗いトーンで琴音は答える。

「なんだその明らかにヤバそうな仕事。もしかして裏稼業……!?」

「先輩が勘ぐるような言い方しないで、普通に医者って言いなよ琴ちゃん」

「美桜の言った通り、パパもママもお医者さん……」

 琴音は自分の事のように胸を張り、得意げに言う。

「そんな有能な家になんでこんなふわふわしてるのが産まれたんだろうな」

「突然変異……?」

 コトンと小首を傾げながら琴音は答える。

「それ自分で言ってて悲しくならないか?」

「んー、別に……。それで部長、どの別荘にする……?」

 いつも通り淡々とした口調で琴音は話を続ける。

「俺は海以外ならどこでもいいよ。というか、さりげなく行くことは決定してるんだな」

「もう期末テストも終わったんですからいいじゃないですか。それに先輩、私たちがこうして誘ってあげないと、どうせ家に引きこもってるだけですよね?」

「実際そうだから何も言えないのが辛い……。てか、三人だけで行くのか?」

「うちの別荘、十人くらいなら余裕……」

 そう言って琴音はまた謎にドヤ顔をキメるが、美桜には無視され、そもそも颯翔には見えてすらいないのだった。

「特に人数は決めていませんが、先輩の曲作りのためという建前なので、軽音部の三人ということにしています。もう少し人を増やしたいのでしたら、未来ちゃんでも誘いますか?」

「薄々気づいていたけど、建前って言っちゃうんだなもう」

「薄々気づいてそうだったので、別にいいかなって」

 美桜は隠しても無駄だと思い、建前だということを普通にバラす。

「未来だけど、誘ってみてもいいけど、あいつ多分部活だから来れないと思うぞ。そういう二人は誰か誘えないのか?」

 今度は首をブンブンと大きく横に振る琴音。

 そのせいでまた、後ろの颯翔に髪がバシバシと当たる。

「琴音って友達いないのか。俺と一緒だな」

 颯翔は猫を撫でるみたいに琴音の頭を撫でながら言う。

「うん、仲間……」

 されるがままの琴音の表情はいつもと同じだが、声のトーンは少しだけ高い様に感じられた。

「鶉野はどうなんだ? もしかしてお前もこっち側か?」

「聞き捨てなりませんね、先輩。私は先輩と違って数え切れないくらいの友達がいます。ですが、女の子の友達しかいないので誘うのは遠慮させてもらいます。後輩女子に囲まれる先輩という図ができてしまうので、それだけはなんとしてでも阻止しなければいけません」

 その言葉からはそうなってはいけないと、美桜の意思がひしひしと伝わって来る。

「俺に気を使ってくれるのは有難いが、別にそんなこと気にしないぞ?」

「ダメです! 絶対にダメです! 先輩が気にしなくても、私が気にするんです!」

 後輩に対しての気遣いは素直に嬉しいが、その気遣いは美桜にとって、ありがた迷惑でしか無かった。

「そういうもんなのか?」

「そういうもん、です!」

 美桜は絶対にこれだけは譲れないといった様子で言葉に力を込める。

「美桜、取られるの恐れてる……」

「取られるって何の話だ?」

 唐突な琴音の意味深な発言に、颯翔は疑問を浮かべる。

「な、何言ってるの琴ちゃん!? 先輩も気にしないでください、琴ちゃんのいつもの冗談的なあれです! と、とにかく、私の友達は絶対に誘いませんから! それに誰か誘いたいのでしたら、先輩が誘ったらいいじゃないですか? あっ、ごめんなさい。先輩、私たち以外に友達いませんでしたね!」

 少し早口になりながらも、美桜は話の主導権を握るべく、颯翔の友達の少なさを煽っていく。

 いつにも増して食い気味に話す美桜に驚きつつも、颯翔は反論する。

「別に友達が少なくても学校生活で特に困ってないからいいだろ! それに俺にもお前たち以外の友達の一人や二人くらいいるからな?」

「部長、仲間じゃない……?」

 実際、颯翔に友達と呼べるような人はほとんどいないのだが、美桜に小馬鹿にされたことにより、見栄を張ってしまい結果的に琴音が少し傷付いた。

 そのせいで、真顔かドヤ顔の二択しかなかった琴音が驚きのあまり口をパクパクさせている。

「でしたら、その一人や二人いる友達を誘ってみたらいいんじゃないですか? まあイマジナリーフレンドとかを誘われても困りますけど」

 皮肉たっぷりにそう言い放ち、余裕の笑みを見せる美桜の眼中には、口をパクパクさせている琴音の姿など入っていなかった。

「そこまで言ったからには何か賭けろよ、鶉野! もし俺が誰か誘ったら、尊敬してる鴉羽先輩に生意気言って申し訳ありませんでしたくらいは言ってくれるんだろうな?」

 そう言って、強気に反論する颯翔の眼にも琴音の姿は入っておらず、颯翔の場合は物理的にも見えてはいなかった。

「先輩に謝るのは癪に障るので、旅行でする予定のバーベキューのお肉、私の分全部賭けますよ。その代わり、誰も誘えなかったら先輩の分のお肉、全部貰いますからね?」

「よし、それでいいだろう。俺の全コミュ力をかけて誰か誘ってやるからな」

 全コミュ力を使わないと誘えないようでは、友達がいないと言っているようなものだが、白熱している二人にはもはや関係の無いことだった。

「先に言っておきますが、未来ちゃんは無しですよ?」

「本当にそれだけでいいんだな? こっちはクラスメイト禁止とかでもいいけど?」

 クラスメイトに友達の居ない颯翔にとっては何の縛りにもならないのだが、傍から聞けばちゃんとした縛りのように聞こえるトリックである。

 活用する場面が物凄く限られるかつ、活用する場面に遭遇したくないトリックでもある。

「それだけで十分です。旅行がさらに楽しみになってきましたね、先輩?」

「ああそうだな!」

 二人が顔を見合わせて、バチバチと火花を散らしていると、そこで真顔に戻っていた琴音がボソッと呟く。

「二人とも、私、そろそろ練習したい……」


「「あっ、ごめん、練習しよっか……」」


 部室内に微妙な空気が流れつつも、久しぶりの三人での練習が始まった。

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