小春日和
早瀬茸
第1話 小春日和
その日は気持ちの良いくらい快晴だった。雲一つなく、真っ青に広がった空がこの丘に来ている人たちに微笑みかけてきているように感じられる。あたりには桜が咲いており、ピンク色がとても青空に映えていた。そして、ここからは眼下に町並みが一望でき、県内随一のお花見スポットになっている。まあ、それは良いことなのだが……。
「はぁ~、今日は本当に良い天気だね!桜もとても綺麗だね!」
俺の同行者がハイテンションという感じで、そんなことを言った。
ここはいくつもの坂や階段を上ってこないとつかない場所で、おかげで俺の足はガックガクだった。
「お前……、ほんとに元気だな。こっちはここに来るまででへとへとだっていうのに。」
同じ生物だとは思えないくらいには俺と彼女の疲れ具合とテンションには差があった。
何で、この人はこんな元気なんですかね……。こっちはここに来るまででやっとだったというのに……。
「だって、こんなに良い天気なんだよ!これで、テンションが上がらない君のほうがどうかしてるよ。」
言って、彼女はこちらを振り向く。瞬間、淡い水色のスカートがヒラッと揺れた。
「何でもかんでも、お前基準にするなよ。お前に付き合ってると、毎回毎回倒れそうになる。」
これまでにも色々あった。カラオケに連れまわされたり、公園に連れまわされたり、ゲームセンターに連れまわされたり……、頭痛と息切れになった経験は数知れない。ほんと、何でそんなに元気なんですかね、この生物は……。
「ほんとに、戸田くんは体力無いよね~。引きこもらないで、ちょっとは運動したらどう?」
「何で、自由時間を運動に当てなきゃならないんだよ。学校生活で疲れ切ってるのに、そこからさらに運動なんて、考えただけで酸欠になる。」
休日に運動なんてまっぴらごめんだ。ただでさえ少ない俺の体力をすり減らしてまで、やりたいことはあまりない。身体を動かすのって面倒だし、運動量も日々の通学のときの自転車で足りているだろう。何か夢があるわけでもないし、身体を休ませられるときに休めておきたい。
「……でも、今日は来てくれたんだね。」
彼女がそう言った瞬間、風が吹いた。桜がさわさわと揺れ、彼女が被っている白のベレー帽が飛んでいきそうになる。それを防ぐため彼女は手でベレー帽を抑えた。一瞬驚いた表情をした彼女だったが、その表情はすぐさま微笑みに変わった。
その目と合わせてしまった俺は無意識に顔をそらしてしまっていた。
「……お前、そういうのは卑怯だぞ。それに、今日は仕方なくだ。お前の誘いを断ったところで、またしつこく誘ってくるだろ。そっちの方が体力使うのは目に見えてるしな。」
今までもそうだったわけだし。
「素直に来たかったって言えないのかな、この子は。」
「別に、嘘をついているつもりはないし。」
「はいはい。じゃあ、準備をしようか。」
俺の返答に彼女は取り合わず、俺が持っていたトートバックを奪った。
「了解。ていうかお前、もうちょっと荷物持てよな。」
トートバック二つにリュックサックを持たされ、元々ない体力がさらに削られていた。しかもリュックは俺の物だが、トートバックは二つとも彼女の物だった。本当に不公平である。ていうか、今までの経験からいうとお前の方が体力あるし、元気だろ。体力がある人がこういうことをやるのが効率的で公平なんじゃないですかね?
「ちょっとは持ったでしょ。全部持たせてないだけで、感謝しなさい。」
彼女は少し怒りながらそう言った。
といっても、あなたが持ったの上る前に買ったペットボトルくらいですよね?それで、そんなに偉そうにされるのは腑に落ちないんですが……。まあ、もう反論する体力が無駄だし、そもそも残ってないので、別にいいけど。
「理不尽なんだよなあ。」
「じゃあ、ここからは私が準備するから。それでチャラでいいでしょ?」
「いいよ別に。一人でシート広げるのも大変だろ?見てるだけっていうのも、嫌だから手伝うよ。」
一人でさせてしまうのは、罪悪感すごいし。何より周りから見れば、女子一人に準備させている亭主関白的な時代にそぐわない性格が悪いやつに映ってしまうし。無駄に評価を下げるのも嫌なので、嫌嫌だが手伝うことにしよう。
と、彼女の手からシートを取る。それと同時、彼女がポツリと静かに呟いた。
「……結局、いつも手伝ってくれちゃうんだよね。」
普段とは違う優しい声音に俺は少し身体がビクッとなってしまった。
……これまでの経験上、彼女は微笑んでいるのだろうがそれを見てしまうと、手の器用さがなくなってしまうので、俺は見ることなく作業に集中する。
「そっちのほうが効率が良いからな。早く帰るためにはそれが一番良い。」
「来たばっかりなのに帰るときの話しないの。……それか、本当に早く帰りたいの?」
さっきとは打って変わってちょっと不安そうな声音でそう聞いてくる。はぁ……、まんどくさい。
「はぁ……、悪かったよ。早く帰りたいなら、そもそもここに来てねえよ。」
「……素直なほうがもっと友達出来ると思うよ。」
「馬鹿か。そう出来てたら、そもそもこんな俺になってねえよ。」
ボッチにはボッチたる所以がある。簡単に変えられるのなら、とっくの昔に変えているところだ。人の性根はいつまでたっても変わらない。
「まあ、そうかもね。もし、そうじゃなかったら、私たち出会えていないかもしれないし。」
「……よくもまあ、俺みたいなやつに声かけたよな、お前。」
学校の休み時間、教室の隅っこで一人黙々と小説を読んでいると、急に聞いたことのない声が降りかかってきた。しかも俺にはほとんど縁のなかった性別の方で、驚きすぎて固まったのを覚えている。
「私も物好きだからね。……物好きで、ほんと良かった。」
「……お前の方はほんと素直だよな。」
物好きの物の方って言われて、喜ぶ人いると思ってるんですかね……。まだ、物好きって言われる方がましである。
「まあね。それが私の取り柄だと思ってるし。……まあ、そのせいで損することもあるけどね。」
「俺は素直な人、嫌いじゃないけどな。」
俺がそう言うと、彼女は
「……戸田君も、最初に比べたら随分素直になったよね。」
「誰かさんのおかげでな。」
「最初の頃は何考えてるか、ほんと分かんなかったからね。まあ、あの時の戸田君も可愛かったけど。」
言って、彼女はフフッと笑う。
「馬鹿にするなよ。それに、俺のこと可愛いっていうのお前くらいだぞ。」
まあ、あの時の俺を肯定されるのは悪い気分じゃないな。
「え、他にはなんて言われるの?」
「……ごめんなさい。そんなこと言ってくれる友達、俺には居ませんでした。」
俺が素直に謝罪すると、彼女はゆっくりと首を縦に動かし「そっか」と呟いた。
「まあ、色々あるけど、私は戸田君より周りのほうが悪いと思ってるよ。」
「そうか?もし、他に俺みたいなやつがいたら、俺は絶対声かけないけどな。」
根暗で何考えてるか分からず、皆の輪に入ろうとしない陰キャなんて声をかけようとすら思わないだろう。こっちから話しかけたところで、話も盛り上がらず気まずい空気が流れるだけだろうし。絶対話しかけない。
「声かけれないの間違いじゃない?」
……心理。
「……そうですね。俺にそんなコミュ力ありませんでしたね。」
「まあまあ、ごめんって。」
早口でまくし立てた俺に彼女は軽い感じで謝ってくる。本当、微妙に突いてほしくない真実を言ってくるから、たちがわるい。まあ、別にいいけど。
「別に、事実だしな。」
「戸田君は友達いないのは自分が100パーセント悪いって思ってるだろうけど、そんなことないよ。私は戸田君の心を開かせないほうにも問題があると思う。」
それは他力本願すぎない?そんなに人任せにして他人のせいにしてると、痛い目見るって祖母から教えられたんだが。
「いや、話しかけてくれる人は何人かいたぞ。そこで、上手く話せなかったんだよ。どう考えても俺が悪いだろ。」
「それは戸田君が話しやすい空気を作れなかった相手側も悪いでしょ。空気が悪かったら、誰だって話しづらいよ。」
なんかすごい暴論言ってないこの子……。それが認められるのなら、自分の不利益は全て他人のせいにしていいことになってしまう。それはお天道様が許さないだろう。
「いや、それ相手に頼りすぎだろ……。それにどっちかっていうと、相手が折角、友好的に話しかけてくれたのに、俺がそれに答えられなくて空気が悪くなるって感じだしな。」
心の優しい陽キャの方々が俺に明るく話しかけてくれたことは何度かはあった。ただ、それに全くいい返答が出来ず、凍りもしてないし熱くもなってない生温い空気が流れるだけだった。そして、話しかけてきてくれた相手は愛想笑いしながら去っていき、そこから二度と話しかけられることはなかった。……あ、思い出して悲しくなってきた。
「まあ、私と最初会ったときもそんな感じだったもんね。ほんと、全然喋ってくれないから、苦労したよ。」
「……悪かったな。まあ、でもそういうことだよ。それってどうかんがえても俺に非があるだろ?」
客観的に見れば、俺が悪いのは明らかだし、相手が離れていくのも当然だ。何なら、主観的に見てもそう思うし。
「それはそうかもしれない。」
「だろ?だから、相手は何もわるく……「でも、それで止めたら駄目なんだよ。」……え?」
俺が彼女の言葉を肯定しようとすると、急に横やりが飛んできた。しかも、言ったあと俺のほうを真顔でじっと見つめている。……は?
「戸田君は極端だけど、誰だって初めのうちはなかなか話せないものなんだよ。」
「それはそうかもしれないが……。」
「そういう人には自分からいかないと、そういう人って途中で止めて、勝手に離れていく訳でしょ?勝手に話しかけておいて、勝手に離れて……そんなの誰だって悲しくなるよ。」
「いや、まあ、一理あるかもしれないが……。」
しかし、それはおかしな話なのではないだろうか。誰だって、話したい人、一緒にいる人、を決める権利はあるわけだし。それに、わざわざ貴重な時間を使ってまで話したい人だなって思わせることが出来なかったほうにも非はあるわけで……。勝手に離れていったというより、話しかけてくれた人が勝手に離れていってしまうくらいの価値しかない人間である俺に問題があるわけで……。そもそも教室の隅っこで本を読んでいる会話も盛り上がらなさそうな人にわざわざ話しかけてくれた……そんな面倒なことをやってくれた人に対して見合ったものを返せていない俺が悪いのは当たり前だ。火を見るより……というより太陽を見るより明らかだ。
「そんなのどう考えても、相手が悪くない?離れられた人の気持ちも知らずに。」
「暴論過ぎないか?俺だって、話しかけるっていうことをしなかった訳だし。」
行動を起こしていないのに相手を悪いと思うだなんて、性格悪過ぎるだろう。
「戸田君がそんなこと出来るわけないでしょ。」
「おい……。」
いや、まあ合ってはいるのだが。
「だって、気を遣っちゃう人なんだよ。」
彼女はそう言って、笑顔でこちらを見つめてくる。いや、顔は笑っているのだが、目は俺を射貫くように逃がさないように力強く捉えていた。
「……。」
その目に捕らわれ、俺は何も発すことが出来なかった。頭の中では様々な反論の言葉が思い浮かんでいるのだが、それを口から出すことは叶わなかった。
「自分みたいな人が話しかけても良いかなって、考えちゃう人なんだよ。だから、話しかけても良いって思わせるまで、自分から話しかけないと。」
「……。」
それはやっぱり他人任せすぎて、反吐が出る意見のように思えてしまう。自分から行動を起こさず、他人から行動を起こしてもらってなおかつ自分の思い描いたように行動してもらわないと駄目だなんて、そんな考え方どこの誰が許してくれるというのだろう。聖人か馬鹿くらいしか思いつかない。いや、あるいは……
「それに、こうして話してみると、戸田君面白いし。」
「面白くはないだろ……。」
彼女にはもっと他人の見る目を養ってほしいところだ。俺が面白かったらボッチにはなっていない。
「ううん、めっちゃ面白いよ。私が思いつかないことを、ぽんぽん思いつくし。」
「……それは、性格の違いじゃないか?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも、どっちでもいいんだよ。面白ければ。」
「そうか……。」
まあ、確かにそれはそうかもしれない。結果こそ大事で過程とかはどうでもいいっちゃでもうでもいい。まあ、一概には言えないけどな。
「うん。……じゃ、準備も終わったし、お弁当食べますか。私、頑張って作ってきたから、いっぱい食べてね。」
言って、彼女はバックから大きめのお弁当箱を二つ取り出す。蓋を開けると、唐揚げやウインナー、卵焼き、野菜サラダやミニトマトなど色とりどりなおかずたちが敷き詰められていた。もう一つの箱にはおにぎりが詰められており、足りないということは絶対ないだろう量作ってきてくれていた。……これを見てしまうと、荷物持ちが俺なのは妥当どころかお釣りがくるレベルだな。
「ああ、残さず食べるよ。」
「……それじゃ、何か無理して食べてる感出てるじゃない。」
「いや、それは言葉の綾だ。普通に作ってくれたお弁当を美味しく食べるつもりできたからな。」
このお弁当を前にして、無理に食べるという言葉が出てくるわけがない。何なら、こっそりお腹なってるし。まあ、俺の特技の一つお腹鳴りキャンセルを発動してるから、彼女には聞こえていないだろう。
「そう……。まあ、怒っても仕方ないから、許しましょう。」
そうしてくれると、ありがたいところだ。
「お願いします。まあ、俺もこういう時に気の利いた言葉言えないから、万年ぼっちなんだろうなあ。」
「私がいるから、ぼっちじゃないでしょう?」
「……まあ、そうだな。」
確かに、もう俺はボッチではないのか……。まあ、あまり実感があるわけではないけどな。
「じゃ、食べますか。」
言って、彼女はからあげを取る。食べ物を食べているときの彼女はいつも美味しそうに食べるので、こっちも嬉しい気持ちになる。……彼女のいっぱいある長所の一つだな。
「良い天気だからか、桜も綺麗に見えるね。小春日和だね。」
上を見上げながら、彼女はそう言った。
俺もつられて上を見上げると、綺麗なピンク色に染まった桜と雲一つない青空がこれ以上にないくらい映えていた。どちらの色もお互いを引き立て合っていて、まるでこのからあげとおにぎりみたいだな。……この例えは全然上手くないけどな。
「小春日和っていうのは今の季節に使う言葉じゃないけどな。」
小春日和を辞書で調べてみたことがあるのだが、どうやら冬が始まったくらいに春みたく暖かい気候のときに使う言葉らしい。俺も調べるまで、間違って使っていたので驚いたのを覚えている。まあ、言葉は生ものなので、相手に伝わればなんでもいいと思うけど。
「もう、私も頭が良いから知ってるよ。私はこの言葉好きだからいつでも使いたいの。」
「はいはい。」
「適当にあしらう感じあんまり好きじゃないなあ。」
言って、彼女はプクッと頬を膨らます。本当、こいつは喜怒哀楽が激しいなあ。
「ていうか、結局、怒ってんじゃねえか、お前……。」
さっきの怒っても仕方ない発言はどこへやら。まあ、場面が変わってるから、その発言は生きてないとは思うけどな。
「別に、怒ってないですよー。それにお前じゃなくて、きちんと名前で呼んで欲しいなあ。戸田くんって、頼まないと名前呼んでくれないよね、いつも。」
さらに起こってる口調で彼女は責め立ててくる。……それとこれとは話が違うだろ……。
「俺の性格を分かってるお前なら、分かるだろ?」
「分かりません。臆病で、なかなか心を開いてくれなくて、秘密主義な人のことなんてどうやったら分かるんですか。」
「十分分かってるんだよなあ。」
何なら俺の親より俺のこと分かってるんじゃないかっていうレベルだ。……本当、こいつはなかなか曲者である。
「そんなのいいから、早く私を喜ばせて欲しいなー。」
はぁ……、これは言うしか解決方法がないやつだな。なかなか、いや、めちゃくちゃ恥ずかしいからあんまり言いたくないんだけどな……。俺の心のライフポイントも著しく削られるし。
ただ、まあこれで喜んでくれるのなら安いものではある。
「はぁ……、分かったよ。俺と出会ってくれてありがとう、小春。」
俺がそう言うと、彼女――中川小春はこちらを振りむいて、今日一番の笑顔を見せてくれた。
その瞬間、一枚の桜の花びらがゆっくりとおにぎりの上に落ちてきていた。
小春日和 早瀬茸 @hayasedake
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