42話 『凶星』ジャーニー

 作戦会議を終えると、早速禁域の深部へ向かった。それも、ラファロエイグが提案した作戦に則って二手に分かれてだ。

 煤が積もったように黒ずんで罅割れた大地を、アタシ達は三人で駆ける。

「もうそろそろか?」

 枯れた木の音を飛び越え、干からびた落ち葉を踏み砕きつつ、速度を落とさずに静まり返る森の中を見回した。隣を走っていた『蠍座』が、真紅の大鎌を背に頷く。

「ああ、この先に小高い丘がある。そこが〈王墓〉の根城で、禁域の発生源だ。二人とも、自分の仕事は頭に入ってるな?」

「もちもちおもち~っ!!!」

 やかましく答えたのは、この前衛(フロント)を務める三人組の最後の一人、『星辰』だ。

 手にしている宝剣はデワルスの大鎌すら小さく見えるほどのバカでかい〝巨槌〟。それも槌の部分が大太鼓のようにぼってりとした重たいシルエットで、黄色いタイタンライトで作られていた。ハーフアップにした明るい金髪と真っ黄色な法被姿、おまけにそんな見た目に負けない喧しさも相まって、十キロ離れていても見失う事はなさそうな存在感だ。

 ただそんな巨大な獲物を背負い、騒ぎながら走っているというのに、一切辛さを感じさせない。

 ……相変わらず、身体能力に限っちゃあラファロエイグみたいな化け物を超える化け物だな。

「うへへ、こんな面白そーな作戦、忘れるわけないじゃん! ラファちってば恥ずかしがり屋なのに、結構大胆な作戦立てるよね! やっぱり私大好きだなー!!」

 そうして『星辰』は、デワルス越しに星の化粧が目立つ目元を覗かせてきた。

「ねーねージャニち、どーやったらラファちと仲良くなれるかな? 私は大好きだけど、多分嫌われてるっぽいんだよねー! もっとぎゅーとかちゅーとかして、大好き~って伝えた方がいいかな~?」

「いや絶対逆効果だぞそれ。つか嫌われてるって思ってるなら、そういうことしてやるなよ」

 思わず苦言を呈すと、その瞬間。

 星の化粧に飾られた黄色い瞳が変態的に歪む。

「あはぁ♡ やーだ♡ だってそーいうところがかわいーんだもん。ラファちってさ、優しくて頭いーから、無意識に〝手加減〟してるところあるでしょ? でも苛々してるとさ、そういうの忘れてがーって力強くなるじゃん? ラファちの本気の本気、見てみたいんだよねー!」

 そうして、『星辰』ははぁはぁと息を荒くした。

「そして、そんなラファちを……いやそんなラファちに……う、うへへ、どっちもいい!!!」

 そのあまりにも屈託ない、ど天然なサディズムともマゾヒズムとも言える変態性の発露に悪寒が走る。横顔を見るに、デワルスさえも引いてた。『星辰』がこの東部地方でぶっちぎりの問題児として知られているのも、こういう危険性を持っているからだ。

 底抜けに明るいくせして、底抜けに暴力的。ただその強靭さは研闘師としては唯一無二で、実際デワルスに追随する近接最強クラスの部類の一人だ。

 正直、おっかねぇ。

 でも……言っとかなきゃならねぇ。

「あいつを好んでるのはわかった。それに、色々と目を掛けてくれてるのも知ってる。それには感謝してるぜ。だけどな」

 変態的に歪んだ瞳を、睨み返す。

「ラファロエイグにガチで手出すつもりなら、アタシが代わりに遊んでやるよ。ぼこぼこにぶちのめされても今みたいに笑ってくれよ、ど変態」

 すると『星辰』は、目元だけではなく口元までも裂けるみたいに笑わせた。

「う、うふ、うふふ、うへへへへ!!! そっかぁ、そっかー!! ホント君達、大好きだ!」

 そして、ころりと普段の人懐っこそうな笑みが戻ってくる。

「じゃあ我慢するよー! 今のジャニちとやっても私が勝つだろうし。だから、早く私をぼこぼこに出来るくらい強くなってね、ジャニち」

 そうして話しているうちに木々も減って来て、禿げた丘が木立の間から見えてくる。ぼんやりとした巨大なシルエットも視認できた。

 『星辰』はそちらへと目を向けて、ぺろりと唇を舐める。

「だからそれまでは、おねーさんの背中をよく見てすくすく育つんだよ?」

 刹那。

 どっと大地が地盤から揺れるほどの衝撃と共に、音さえも置き去りにして『星辰』が駆け出した。モランジェによると、全研闘師の中でも随一とされる身体能力の最骨頂だ。背負った巨槌が黄色く煌めき、その恩恵を受けて『星辰』の全身を包む筋肉が目に見えて研ぎ澄まされる。

 通常、研闘師ってのは宝剣を身に付けた時点で身体能力が向上するんだ。宝剣に自分の光力が接続すると、宝剣が鍵となり、研闘師自信の光力も花開いて、それに付随して身体能力も上昇するって理屈らしい。難しいことはよくわからねぇけど、アタシも体感してる。

 その上で、黄色いタイタンライトの光力特性は〝光力の狂化〟だ。

 強化か狂化か。そこのところは頭の良い奴らが長年議論しているらしいが、要は光力を爆発的に活性化させるって意味だ。

 だから、そんな黄色い輝きを自身に向けて放った『星辰』の身体能力は乗算され、常人なら耐えられない程の身体能力の〝きょうか〟も、並外れた強靭性を誇るあいつの肉体は耐えきって。

 瞬きの一瞬。

 言葉の通り爆発的な加速を果たした『星辰』は、その一挙手一投足で衝撃波すらも生み出した。一歩踏み込むごとに大地を粉砕し、一つ手を振るごとに周囲の枯れ木を吹き飛ばして、目にも止まらぬ速さで丘の上まで飛び上がる。

 そうして夜空に浮かぶ満月の下、餅でもつくように大きく巨槌を持ち上げ、鈍く反応した巨大な亀のシルエットの脳天へと。

「どぉおおおおーーーーん!!!!!!」

 放たれた巨槌による一撃は、全長七十メートル、全高四十メートルを誇る巨大亀の脳天を問答無用で大地にめり込ませる。黒ずんだ山のような巨体の〈王墓〉が、冷や水でもぶっかけられたような目覚めに痙攣した。

 そんな〈王墓〉なんかに目もくれず、空中に躍り出したまま、『星辰』はアタシを振り返る。

「ほら、早くおいでよ! 急がないと……うへへ、ぜぇんぶぶっ壊しちゃうよ!!」

 ハイになったみたいに叫んだ『星辰』は、巨槌を握り直して一回転。全身の筋肉を使い、無理やり体勢を整えると、流星の如く〈王墓〉へと襲い掛かって追撃を加える。寝起きに一発喰らって混乱しているのか、甲羅に夥しくこびりついている黒々とした砲門群の動きも鈍い。その為、ゆっくりと回頭しようとしている砲門群に飛来した『星辰』は、嵐のように大槌を振るってそれらを薙ぎ倒していく。まるでノミでフジツボでも削っていくように、あたかも容易くだ。

「ハッ、言われなくてもやってやらぁッ!!!」

「おいジャーニー、あんまりムキになんなよ。あのバカに付き合ってるとキリねぇぞ?」

「わかってる!」

「いや、思いっきりムキになってるじゃねぇか……」

 『星辰』に負けじと駆け出すと、後ろから『蠍座』のため息が聞こえた。だがそりゃあ無視する。あのど変態にばっかり良い格好させてやるかよ!

そうして禿げた丘を駆け上がって〈王墓〉に取り付く。だが、アタシは甲羅を登りには行かない。上の砲門群の牽制は『星辰』の仕事だしな。

大体事前情報からもわかっている通り……見上げた先。三角錐型の山のようなシルエットの〈王墓〉の甲羅にこびりついたフジツボ砲門群は、圧し折れた先から流動的に再形成されていく。まるでろくろでも回しているみてぇで、どれだけ潰しても十数秒で元の砲台の群れが出来上がる。直後、甲羅の上で暴れ回る『星辰』へとその砲門群が狙いを定め、ヘドロのような榴弾やら散弾をぶちまけた。自分自身に弾丸が当たることなんて気にもしてねえ脳死のぶっ放しだ。

これに対して『星辰』は巨槌の一振りで闇のヘドロの砲弾雨を弾き返しつつ、動き回って〈王墓〉の注意を引き付け続ける。

 〝作戦通り〟だ。アタシは視線を引き戻し、〈王墓〉の甲羅と丘の接地面を疾走しつつ、腰の鞘から黒剣を抜き放った。すかさず握力を込めて黒光を漲らせると、今度は〈王墓〉とは反対の眼下の森の中へと目を向ける。

 すると次の瞬間、枯れた木立の間を貫いて一本の〝紫杭〟が飛来した。

 まるで、アタシの黒光を目印にして放たれた様に。

 事実、この紫杭もとい投槍は、『星辰』のペアの『矛星』の宝剣だ。厳密には紫色のタイタンライトの通り、投げ放たれた紫杭は幻で作った投擲用の使い捨てだが。

 そんな紫杭の軌道を、光を引き寄せる性質を持つ黒光を使って修正する。すると紫杭は轟音と共にぴったり〈王墓〉の甲羅と丘の間に突き立った。

 直後、首から下げた実戦用の護光チャームから声がする。

[ジャーニー、狙いはどう?]

 ラファロエイグの声だ。サンライズフェスタで使う試合用のものとは違い、こういった特級指令で使用される護光チャームには通信性能を含めた各種機能が付与されている。

「誤差はあるが修正できる範囲だ。今の感じで良い。それにお前の考察通り、どうやらこいつは痛みに鈍いらしい。自分で自分の背中抉りながらぶっ放す奴だ。こっちにゃ気付いてねえ」

[おっけー、なら手早くたっぷり行こう。マーカー役は任せたよ、相棒]

「おう、じゃんじゃん寄越せ」

 頷いた、直後。

 先ほどは一本だけだった紫杭が、三本同時に飛来する。すかさず黒剣を宙に空振らせて格子状の黒光を刻むと、その三本の紫杭がまたもや甲羅と丘の隙間に深々と突き刺さる。目を凝らすと、木立の合間からその投擲元が見える。

 黒々とした地面の上。見慣れた巨体と、その隣で投擲用の紫杭の幻を量産する『矛星』。

 そうして作られた紫杭を、ラファロエイグは巨大な掌で三本纏めて掴み、アタシに向けて投げ飛ばしてるんだ。

 『二逢剣』の応用だな。アタシがマーカーになり、遠距離攻撃の軌道を補正して正確性を付与する連携。三本纏めての投擲の為、中には狙いを大きく反らす紫杭もあるが、それも気合で黒光を拡大させて引き寄せる。

 一度、二度、三度。細かく位置を移動しながら、何本も紫杭を引き寄せて、〝仕込む〟。

 ただしばらくしていると、〈王墓〉もようやくアタシ達の工作に気が付いたみたいだった。地鳴りのような唸り声をあげつつ身を震わせ、甲羅の外周部に備え付けられた闇泥の砲門群がアタシとラファロエイグ達をそれぞれ照準する。

 しかし、その黒い砲口が闇泥を固めた砲弾を放つ、刹那。

「うへへー気付いちゃったかー! でも、ざんねーん!!!」

 隕石の如く飛来した黄色い巨塊が、アタシに向いていた砲台を纏めて粉砕した。並みの研闘師が束になってようやく引っかき傷が付けられるほどの硬度を意にも介さず、半径十メートルにも及ぶクレーターが巨槌を振るうごとに刻まれる。再生機能も追いついていない。

「かわいいかわいい後輩ちゃんの邪魔は、おねーさんがさせてあーげない!!!」

 まあ素行と性格に問題があるのは確かだが、『蠍座』ペアと同様に味方だと思うと頼もしい限りだ。

 ただ〈王墓〉の巨体からして、ラファロエイグ達に向かう砲台までは物理的にカバーできない。事実、無数の榴弾群がこの城塞じみた黒死獣の背から、轟音と共に放たれる。まともに受けりゃあ蜂の巣どころか肉片になっちまう大規模弾幕。

 しかし、心配する必要はない。

 何せ向こうにも、こと防御に特化した頼もしい〝先輩〟がいるからな。

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