41話 『巨星』ラファロエイグ

全員、今の状況とこの禁域の主たる〈王墓〉の情報は、頭に入っているねぇ?」

 さっきまでやかましかった『星辰』さんを始め、全員一瞬で気持ちを切り替えて頷き返す。こういう空気の変わり方にも最近ようやく慣れてきた。『蠍座』ペアも『星辰』ペアも殿堂入りらしく歴戦の顔つきに変わっているし、こういう所はやっぱり流石だ。

 ツルキィさんがテーブルに広げられた地形図を指差し、色付けされてある禁域区画を示した。

「一週間前に発生したばかりの禁域なのに、もう半径五キロ範囲まで拡大している。これはちょっと異常な速度だぁ。原因は件の〈王墓〉と見て間違いない。禁域の規模間から鑑みても、第四核種(クアルタ)と推定して良いだろう」

 黒死獣の脅威度は、主に保有する格の数で変わる。基本的に核を持たない雑魚ならば無核種(セロ)から第一核種(プリメーラ)までは通常の研闘師でも対応が可能だけど、第二核種(セグンダ)からは号持ち以上の指揮、あるいは号持ち以上のみの編成が推奨されている。

「こいつは闇の発生源に蓋をする形で圧し掛かったまま動かず、肥大化を続けているとのこと。恐るべきはその硬度だぁ。ここいらの地区の研闘師が束になってようやく多少傷をつけられる程度で、けれどもその傷も〝たちまちのうちに修復してしまう〟」

「禁域の深部、それも発生源に常に密接している恩恵ですね。黒死獣は身体が欠損しても核を壊さない限り、周囲の闇を集めて再生してしまう。ただでさえ図体がでかくて頑丈なのに、闇が湧きだしてくる発生源の上に陣取られてるとなると……」

 相槌を打つと、『蠍座』のデワルスさんが唇を曲げて悪態を吐いた。

「迷惑な野郎だ。まあだからこそのこの編成なんだろう。広範囲での超火力に秀でたお前ら二組と、その足回りを支える個人戦術に特化したオレ達。とりあえず、禁域の拡大に付随して発生している無核種(セロ)の黒死獣はここいらの研闘師が抑えてくれちゃいるが、あんまり時間かけてると、発生源を守ろうとこっちに押し寄せて来るだろう。禁域の拡大速度から見ても、手こずってたら核を生成する個体も出て来るだろうし、速攻が前提だ。さて、どうしたもんか」

 そんなデワルスさんに対して、ツルキィさんが肩を竦めた。

「方法は二つだとあたしは思うがねぇ。一つは最大火力をぶちかまして真正面から削り切る作戦。あたしらの広域合技と、『凶星』ペアの〝流星剣〟で肉を削いで、再生する一瞬の隙を突いて『蠍座』ペアが露呈した核を刈り取る。これを殺しきるまで繰り返す方法だ。二つ目はどうにかして〈王墓〉を発生源から退かし、再生機能を封じて袋叩きにする方法」

「まあ、確かにその二択だな。だが、実質一択だ」

 デワルスさんは、地形図の中央に置かれていた一枚の写真を人差し指で叩いた。

 そこに映し出されているのは〈王墓〉の全容だ。遠目からの撮影なのに異様な存在感を示す巨体はまさしく山の様で、全長七十メートル、全高四十メートルとデータが補足されている。またその外見もまさしく亀のようで、黒死獣らしく闇に覆われた皮膚を持ち、三角錐型の甲羅らしき鎧を身に纏っている。また、その山のような甲羅に生える木々の如く突き出した突起は全てが〝砲台〟であり、射撃能力を有しているとの情報もあった。

「〝こんなでけぇ奴を退かすのは不可能だ〟。大体、見て分かる通り完全に移動機能を捨てて城構えしてやがる。おびき出そうにも絶対乗ってこないだろうな」

 断言するデワルスさんに反論する声はなかった。ちなみに補足しておくと、こういった場で発言するのは、基本的にそのペアの〝参謀役〟なんだ。だからそうじゃない『銀河』のストルムさんはじっと黙って話を聞いているし、ジャーニーはなるほどと素直に相槌を打っていて、『星辰』のウィルドさんは落ち着きなくそわそわとしている。

 だから。

「……っ」

 『凶星』ペアの参謀役である私が発言したとしても、何もおかしなことはない。実際さっきも相槌を打ったし。

 そう分かっているのに、そんな周囲の様子を見て、〝言葉を飲んでしまう〟自分が情けなくなる。

 いや、まぁ、なんというかさ。ださい話だけど、はっきり言ってこの場で一番実力がないのは私なんだ。だってデワルスさんもストルムさんも、ウィルドさんもツルキィさんも、号持ちの中でさえ一握りのトップクラスである殿堂入り。また、私の相方であるジャーニーはこと近接戦闘においては、そんな殿堂入りに匹敵する準近接最強クラス。

 それに比べて私は、ジ・ヘリオスとはいえ二か月前に号持ちになったばかりで、ジャーニーに助けられながら特級指令をこなしているようなレベルだ。

 だから、そんな彼女達に反論するのに、躊躇いが生まれてしまう。自分はジ・ヘリオスだと言い聞かせても、本物の強者たちを前にしたら竦んでしまう。

 そんな時だった。

「いや、悪い。待ってくれ。確認してぇことがある」

 口を開いたのは、私の相方であるジャーニーだった。一斉にこの場の猛者達の目が彼女に向く。もちろん、参謀役が発言するというのはあくまでも作戦会議を円滑に進める為の暗黙の了解ってだけで、誰にだって発言権はある。

「デワルスの話はわかる。火力戦しかねぇってやつだ。だがよ、それって……〝周りはどうなる〟?」

 ジャーニーは、集まった視線など意にも介さないようにはっきりと言った。

「確かにアタシらの〝流星剣〟と、『星辰』ペアの合技があれば火力戦でも負けねえかもしれねえ。だが、そんだけドンパチやったらここいらの地形が変わるぞ。タイタンライトで建造された、光力の吸収力に優れた主要都市ならいざ知らず、ここら辺はただの森で……そして、ただの村だ。アタシらがぶっ放したら地形そのものにでっかく穴をあける。禁域を駆除できたとしても、この地区には後遺症が残ることになる」

 それは当たり前の指摘だった。ジャーニーが言った通り、サンライズフェスタの試合会場に選ばれるような主要都市では、技術開発局の努力もあって研闘師はどうやっても建物に深い傷を残せないように調整がされてある。試合はもちろん、いざという時に研闘師が街の中で全力を出せるよう、護光チャームを使って中和機能を施しているんだ。

 でも、その中和機能が適用されるのは主要都市だけだ。普通の建造物で作られた町や村には、研闘師の光力でも被害が及ぶ。

 だから私達で言えば、〝流星剣〟なんてぶっ放したらクレーター程度では済まない地形変化が生じることになる。

 そうしたら、この地区の支部長さん達の故郷は……。

「……確かに、『凶星』の言う事には一理あるねぇ。でもそうやって加減したり、迷っているうちに禁域がさらに拡大しては本末転倒だぁ。ただでさえ足が速い禁域だしねぇ。それに、言ってしまえばあたし達がここに派遣されたのは、〝その損切を許す〟という中央からのお達しでもある。最悪の場合、ここいらを更地にしてでも禁域を除去して良いということだぁ」

「……それは、わかってる。だが……」

 ツルキィさんの現実的な意見に、ジャーニーは曖昧に首肯する。その横顔を見たらわかる。きっとジャーニーもあの支部長さんのことを考えている。

 彼女達の故郷である、周辺の村を守りたい。それは私達のエゴで。

 でも周囲の村を潰す覚悟で戦ったら、きっとほぼ確実に禁域を除去できる。

 沈黙。当然だけど、ここにいる誰も好んでここいらを更地にしたいわけじゃない。ただ時間がない中、効果的に、確実に対処するために、そういった方法を選ぶべきだというだけで……。

 だから説得するのに必要なのは、具体的な作戦で。

「…………っ」

 私は喉元まで出かかった〝それ〟を、相変わらず、口にする度胸がなくて。

 でも。

 そんな時だった。

「……ねぇ」

 囁くようなか細い声がした。このテントの中で、初めて口を開いた糸のような声音。

 ジャーニーに向いたように、全員の視線が彼女に向く。

 目深にフードを被り、口元をシールドマスクで覆った、恥ずかしがり屋で引っ込み思案な『銀河』のストルムさんへと。

 すると途端にストルムさんはびくりと震えて顔を背け、デワルスさんの後ろに隠れる。

 それでも勇気を振り絞るようにして、震える右手を持ち上げ。

 〝私を指差した〟。

「そ、そいつ……なにか……いいたそう。さくせん、きめるの……それきいてからでも、いいと、おもう」

 今にも掻き消えそうなか細い声色だけど、はっきりと紡がれたその言葉に。

 今度は私へと、この場の全員の意識が向く。

 その途端、私の胸の内にあった迷いは断ち切られた。か細くとも、奈落に垂らされた蜘蛛の糸の如きストルムさんの声は、私の意見を喉元から引っ張り上げてくれた。

「……はい、私に考えがあります」

 引っ込み思案な先輩が、それでも勇気を出して渡してくれたバトンは私を励ます。一度深呼吸をして、断言する。

「後者の〈王墓〉を発生源から退かす案についてです。周辺地域への被害を最小限にとどめつつ、〈王墓〉を討伐して禁域を除去する。これだけのメンバーが揃っているんですから……そこを目指すべきだと、私は思います」

 そうして、私は思いついていた作戦概要を口にした。

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