特級指令

40話 『巨星』ラファロエイグ

 サンライズフェスタ中央決戦から二か月が経った。あの夜は何一つ薄れることなく今の私を照らしている。

 ジャーニーと一緒に並み居る号持ちや殿堂入りを相手に立ち回り、削り合い、最終的に絶対王者たる『一番星』を堕として一番に成った夜の事。

 ジ・ヘリオス。二つ目の太陽。その研闘師としては最高を示す称号を、二人で……。

 否、みんなで勝ち取ったんだ。

 エアリィ支部長が鍛えてくれて、モランジェが悩んでくれて、ロンズが支えてくれた。

 この二か月、ジ・ヘリオスになったおかげで仕事が爆増し、出張続きでみんなに全く会えてないから寂しいけど、そんな日々ももうすぐ終わりを告げる。この東部中域地方での仕事を終えれば、久々に極東支部に帰れる予定なんだ。

号持ちの研闘師には中央本部から特級指令を受ける義務が発生するけど、代わりに定期的に纏まった休暇を取る権利もあって、その権利を行使することを勧められている。いくら号持ちって言ったって人間だし、パフォーマンスを維持する為にも休みは必要だしね。

 だから、もうひと頑張りで私とジャーニーは二週間の休暇に入る。そりゃあやる気も漲るというものでしょ。

 そうして意気込み、朝ジャーニーと一緒にホテルを出てから、用意してもらっていた装甲車に乗り込んで数時間。辿り着いたのはとある森の深部だった。先日禁域指定をされたという、研闘師以外立ち入り禁止の危険地帯。

 禁域というのは、簡単に言ってしまえば闇に覆われてしまった領域のことだ。千年前に太陽が没してから、地上は空けない夜に満たされた。

 ただ、地上を覆う闇は宙を塞ぐ夜空だけじゃないんだ。むしろ危険なのは、その真逆。

 地中から滲み出て来る〝闇〟はどろりとした泥とも粘土とも言えない性質で、光が及ばない暗い場所に少しずつ堆積してしまう。するといつしかその闇泥は大地を汚染し、植物を枯らして干上がらせ、その領域を真っ黒に染め上げるんだ。

 そうなると次に起こるのは、闇泥による生命への干渉。自然を食い潰した闇泥は野生動物や人間に直接、あるいは間接的に干渉し、その肉体を汚染して化け物へと作り変えてしまう。

 そうして闇に犯された危険動物の事を黒死獣と呼び、闇に犯されている人間の事を闇浸病患者と呼ぶ。

 また、こういった闇を払うには宝剣による光力を用いるほかなく、だから宝剣を扱う研闘師はこの天雲大陸中に配置されていて、日々所属する地区の闇を払ったり、黒死獣を狩ったり、闇浸病患者の治療に励んだりしているんだ。

 ただやっぱり、時にはその地区の研闘師だけでは対処できない程の闇が生じることもある。そうして肥えた危険な闇や、副次的に現れる強力な黒死獣や重度の闇浸患者に対処するために、実力のある研闘師が他の地区から選抜されて招集されるんだ。

 そういう時、白羽の矢が立つのが、私達みたいな〝号持ち〟と呼ばれる研闘師だ。

 十万人を超える研闘師の上位一パーセントにも及ばない精鋭。まだ号持ちの中でも更に上位の殿堂入りには及ばないけれど、そもそもそういった研闘師の実力を測る側面も持つサンライズフェスタという祭典で、二か月前に全研闘師の頂点に立ったのが私達である。

 だから意識して胸を張り、呼吸を整えた。責任をもって自信を持つ。私はジ・ヘリオスだと言い聞かせる。

そうして装甲車から降りるなり、禁域を前にして設置された仮設テント群に踏み入る。

「『巨星』と『凶星』、現着しました! どなたか、状況がわかる方はいらっしゃいますか!」

 声を張り上げると、今回の特級指令──号持ち以上が駆り出される程の大仕事のことだね──を要請した東部中域第二支部の支部長が慌ただしくテントの一つから出てきた。

「ま、まさかジ・ヘリオスのお二人にまで来て頂けるとは……! ありがとうございます! 殿堂入りの『蠍座』ペアと、『星辰』ペアの皆様は既に指令部にいらっしゃいますので、どうぞこちらに! 状況については、その……」

「事前に渡された資料は読み込んである。要は、クソでけぇ亀の黒死獣が出てきて、禁域の深部に居座ってんだろ? で、そいつが硬てぇくせに中々動かねぇから討伐も陽動も出来ず、闇の発生源を叩けずに困ってると」

 どたばたと忙しない研闘師達を搔き分けつつ進みながら、ジャーニーが装甲車の中から持ち出していたファイルを指で弾いた。支部長さんが隈が酷い目元を伏せる。

「はい、申し訳ありません。私共では手も足も出ず、見る見るうちに成長する闇を傍観することしか……現在、亀型の黒死獣、識別名〈王墓〉は依然として禁域深部にて眠りについたままです。ただ、禁域が広がってしまった弊害で、他の黒死獣が続々と発生している状況でして」

 話しているうちに大きな水色のテントまで辿り着くと、支部長さんは頭を下げた。

「中央決戦でのお二人の勇士も、それ以降、この二か月間での各地方でのご活躍も拝聴しています。どうか……どうか、私どもの故郷を……」

 悔しそうに、それでいて切実そうに無力に打ちひしがれている支部長さんの言葉を受けて、私とジャーニーは一度だけ目を合わせた。事前情報によると、広がった禁域は周囲の村もいくつか飲み込んでしまっているらしい。その中に支部長さんの故郷があるんだろう。

 すると百九十センチオーバーのでか女である私とは違い、平均身長を大きく下回る小柄な彼女は、けれども誰よりも勇敢に頷いた。

「色々参ってんだろうに、引継ぎありがとな。後はアタシらに任せとけ。な、相棒」

「うん、ご苦労様です。見ての通り力仕事は大得意ですので、〝『巨星』に乗ったつもりで〟どーんと任せちゃってください」

 意識して冗談を言ってみると、支部長さんは疲れ果てた顔を緩ませて笑ってくれた。そんな彼女がまた別のテントへと慌ただしく戻っていくのを見送りつつ、ジャーニーの肩を肘で突く。

「珍しいじゃん、めっちゃ愛想よくて。頼もしかったよ、今の」

「あん? 普段は頼りねえってのか?」

「違うよ。普段はああいう時、わぁーったから後は引っ込んでろ、みたいな感じじゃん」

「なっ、そ、そこまでは言ってねぇだろ!?」

「言ってなくても態度とか色々さ。集中してるのかもだけど、毎回私がフォローしてあげてるんだからね」

「うっ……悪い。今回はまあ、その……気持ちがわかったから……」

 ジャーニーは南方地方の貧しい鉱山村の出身で、薬も満足に買えず飢えに苦しむ故郷を護る為にジ・ヘリオスを目指していたんだ。そして夜に支配されたこの世界において、黒色は不吉を呼ぶ、という迷信を跳ね除けながらここまで辿り着いた。だからきっと、故郷を想う支部長さんに共感したんだ。

「ん、そっか。じゃあとっとと〈王墓〉を片付けないとね。で、明日のらぶらぶペアランキングでカマして、極東第六支部(うち)に帰ろうか」

「……明日の生放送のが厄介な気がするが……まあ、んなのは後だな」

 ジャーニーは表情を引き締めると、拳を持ち上げた。頷き合って、私も拳を固めて軽くぶつける。

「行くぞ」

「おっけ」

 そうして二人で天幕を潜ると、だだっ広い司令部のテントの中には四人の研闘師が居て、大きなテーブル一面に広げられた地形図を囲んでいた。

「『巨星』と『凶星』、到着しました。よろしくお願いします、みなさん」

 するとまずはテーブルの右手の辺に居た二人が反応してくれた。

「よぉ、よく働くなぁジ・ヘリオス。一昨日まで西方に居たんだろ? 大丈夫か?」

 手を挙げてくれたのは、ライダーススタイルの協会制服に身を包んだ『蠍座』さんだ。後ろで束ねた赤いドレッドヘアは野性味に溢れ、筋肉質で浅黒い肌は格好良く引き締まっている。理知的にぎらついた瞳は、この特級指令を楽しむように笑っていた。

 彼女と仲が良いジャーニーは、気さくにハイタッチを交わして答える。

「問題ねぇよ。むしろ、身体が温まってて丁度いいくらいだ」

「そりゃ頼もしい」

 二人が揃うと、なんというか狂犬同士が悪だくみをしているみたいな治安の悪さが出て来て、『蠍座』さんの隣にいた『銀河』さんが居心地悪そうに一歩下がった。目を合わせようとすると、目深なフードを俯かせて顔を背けられてしまう。相変わらず人見知りみたい。

 そうしていると、もう一組の殿堂入りペアの一人がテーブル越しに声をかけてきた。

「ひ・さ・し・ぶ・り~~!!!!! ラファちもジャニちもイーイ顔になってきたじゃーん!!」

 訂正。

 テーブル越しに、ではなく、〝テーブルを乗り越えて〟、元気いっぱいな声と共に突撃してきた。

 ハーフアップにした金髪と蒼い瞳が瞬く間に眼前に迫り、私とジャーニーに纏めてラリアットのような抱擁を叩き込んでくる。底抜けに明るい彼女の抱擁は遠慮など知らないんだ。私ほどではないにせよ大柄な体躯で、目がちかちかするような真っ黄色な法被姿が私とジャーニーを強引に抱き寄せてくる。

 私もジャーニーも、抗議しようにも首に直撃したラリアットと抱擁のせいで喉が絞まり、声一つ発せられない。

「「っ! っっ!!! ん~っ!!!」」

「……ウィルド、少し力緩めてやれ。完全にキマッてんぞ」

 そんな私たち二人の悲鳴を、『蠍座』さんが代弁してくれた。すると、「え? あはは、ごっめん!」とウィルドこと『星辰』さんが聞き届けて、抱擁が緩む。すると空気が喉を通り、遠くなりかけていた意識が肉体に戻ってくるのを感じた。

 ただそうして私が呼吸を落ち着けている間に、『星辰』さんは目元に星のメイクが施された顔を上げて、私とジャーニーを緩く抱きしめ直してくる。

「えへへ~! 可愛い子ちゃん達、ゲットだぜ! みんなでぎゅ~したら幸せだよね~!」

ただ、そんな『星辰』さんに対し、ジャーニーは呼吸を取り戻すなり怒声で返す。

「幸せじゃねえよ殺す気か! つうかどいつもこいつもでけぇんだよ! はーなーれーろー!」

 確かにジャーニーの言う通り、私も『星辰』さんも大柄なんだ。だから構図としては、私と『星辰』さんの胸の辺りで丁度サンドイッチされていて、真っ赤になって息苦しそうで……。

「うへへ~~! ジャニちってばちんちくりんでか~わ~い~い~!!! しかも照れてんじゃ~ん! じゃあ、ごめんねの、ちゅ~~!!」

 そんなジャーニーに対し、常にテンションマックスな『星辰』さんが、あろうことか唇を突き出した。

 途端、ぶちん、と頭の中で堪忍袋の緒が切れる音がする。すぐさま『星辰』さんの顔面を引っ掴んでキスを阻止すると、努めて笑いながら挨拶する。

「ど・う・も! お久しぶりです『星辰』さん。申し訳ないですがそのちんちくりんは私のなので、勝手に唾つけようとしないで貰えます?」

 そう、忘れるはずもない。何を隠そう、この殿堂入り研闘師の『星辰』のウィルドさんは、見ての通りとんでもないハグ魔でありキス魔なんだ。最初に会ったサンライズフェスタ地方本戦ファーストレグの時も、試合後にこうして迫って来てジャーニーの頬を奪われた。私は、まだ、ちゅーなんてしてないのに!!!!! 思い出すだけで苛々してくる。

 だからはっきり言う。

 私はこの人の事が大嫌いだ。

 そういうわけで思わず手と頬にぴくぴく力が入ってしまう……けれど。

 〝思いっきり利き腕で力を込めているにもかかわらず、『星辰』さんはずいと私の右手を押し返してくる〟。

「あはは! ラファちってば相変わらずパワーだね! 〝まあ、私の方が力強いけど〟! ほらほら、もっと頑張らないと、ジャニちにちゅーできちゃうよ!!」

「ぐっ!!? こんのっ!!!!」

 煽られて、咄嗟に左腕も持ち上げ、両手を使って『星辰』さんの頭を押し返す。「アタシは誰のモノでもねぇぞ!?」なんて言っているジャーニーに構ってる余裕はない。そこまでしてようやく押し留めることができた。

 そう、この『星辰』さんは単純な身体能力で私よりも格上なんだ。力にはそれなりに自信があった私だけど、この人には敵わないのさ。抱擁されて分かるけど、『星辰』さんの肉体を包む鋼のような筋肉は天性のもので、ちょっとやそっとじゃびくともしない。最初に戦った時、思い切り剣を切り結んだのに一瞬で十数メートルも吹き飛ばされたんだ。あんな経験は後にも先にも一度だけだった。

 しかし、そうして「おー流石ラファち! すっごい! ご褒美にラファちにちゅーしたげるね!!!」「遠慮しますっ!!」「もう、恥ずかしがり屋なんだから~!!」「うるさい痴女!! こっちくんな!!」とやかましくやり合っていると、見かねた『星辰』のウィルドさんの相方が止めに入ってくれた。

「イヒ、ウィルド、後輩絡みもその当りにしときなよぉ。あんまりおいたすると、お仕置きだよぉ?」

 怪しくねっとりとした発音で話すのは、『星辰』さんとは正反対にきちんとテーブルを回り込んできた『矛星』さんだった。紫色の法被に身を包んだ彼女は酷い猫背でふらふらと歩み寄り、力が緩んだ『星辰』さんの首根っこを掴んで私達から引き離す。

「悪いね、『巨星』と、『凶星』。イヒヒ、許してやってくれ、悪気はないのさ、この子も」

 ぶぅぶぅと文句を垂れる『星辰』さんを後ろにぽいと捨てて、『矛星』のツルキィさんはぺこりと頭を下げてきた。この人は喋り方も姿勢も目つきもとんでもなく怪しいけど、そんな見た目とは裏腹に結構きちんとしてる人なんだよね。

「わかりました、ツルキィさんに免じて許してあげます。ただ、次ジャーニーにキスしようとしたら脳天から斬撃光叩き込んであげますので、よく言い聞かせておいてください」

「イヒ、ありがとうよぉ。後でしっかり叱っておくさぁ」

 そうして相変わらずイヒイヒ邪悪そうに笑いつつも、ツルキィさんが場を仕切り直した。

「それじゃあ挨拶も済んだことだぁ……仕事の話をしようか」

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