43話 『巨星』ラファロエイグ
山の木々の全てが、まるでこちらに向く銃口のような。そんな威圧感さえも感じるほどの錯覚を覚える。
でも……ああ、〝これは覚えがある〟。いや、違うな。
この程度なんかじゃなかった。
撃ち返されてきた真っ黒い榴弾雨を見上げてもまるで恐怖心が湧かない。あんな術理の欠片もない質量任せの砲撃など、とるに足らない。
私達はみんな……もっと凄絶で、目も眩むような、黄金光の弾幕を知っているんだから。
事実。
私が息を吐きながら、隣に立つ『矛星』さんから投擲用の紫杭を受け取ったと同時。
私達を守るようにして、目深なフードを被ったシルエットが眼前へと躍り出る。手にしているのは身の丈よりも大きな楕円形の大盾。乳白色の燃えるような煌めきは、普段の無口で引っ込み思案な姿からは想像もつかない程勇ましく、そんな彼女が大盾を地面に突き立てた直後。
空中に無数の円光盾が展開され、一つ一つが眩く花開く。白一面の花畑。あるいはまさしく、宙を埋め尽くす〝銀河〟だ。
そうして降り注ぐ榴弾雨を一発も地面に堕とすことなく防いでのけた盾の主は、最後に私達の下に落ちてきた一発の砲弾片を、露でも払う様に大盾を振り抜いて砕いて魅せる。
「うちのまもり、しゃげきでぶちぬきたいなら、『一番星』でもつれてこい」
シールドマスクの下でふんと鼻を鳴らした『銀河』さんは、味方になると頼もしい大盾を構えつつ、首だけで私を振り返った。「ん」と顎で〈王墓〉を示される。守りは任せて、気にせず続けろということだろう。
頷き返して踏み込み、三本纏めて掴んだ投擲用の紫杭を数度放つと、隣に立っていた『矛星』
さんが言った。
「これで七十本。地形への被害を最小限に抑えようとするなら、このくらいが限度だなぁ」
「わかりました。では……『蠍座』さん、聞こえますか? そちらはどうです?」
護光チャームの通信機能で呼びかけると、すぐに荒々しくも理性的な低音が返ってくる。
[こっちも耕し終えた。いつでもいける]
「わかりました。ならジャーニーは降りてきて」
[もう退いてるぜ。アタシのことは気にすんな]
「なら、」
[うへへ、私達の出番ね~!! ツルち、準備出来てる~~???]
通信に入って来た文字通りの黄色い声に、私の隣で『矛星』さんが邪悪そうに笑った。
「イヒ、応ともさぁ。それなら、今日も派手に〝ぶち上げる〟としようかぁ、ウィルド」
紫色の法被を翻し、紫杭を両手で握り締めてツルキィさんは構える。酷い猫背が更に前のめりになり、邪悪そうな表情も相まって魔女が杖でもついているみたいな様子。
そんな彼女に、通信越しに『星辰』さんが返す。
[うへへ~!! じゃあいっちゃお~!!!!]
次の瞬間、黄色い巨槌を振り上げたシルエットが夜空に舞い上がる。まるで水面を割って跳躍した鯉のように力強い躍動。一度、二度と巨槌を振り回して遠心力を生み出す予備動作の度に遠目からでも筋肉が隆起していくのがわかる。
そうして振り回される巨槌は撃ち落とさんと放たれる無数の砲撃を粉砕し、黒々とした塵を突き破って一直線に落下。彼女が纏い伴う黄光はさながら激流の如く、その落下地点には私達が仕込んだ無数の投擲用の紫杭がある。
これが『星辰』ペアが誇る、全研闘師の中でも指折りの破壊力を誇る広域合技。
光力を〝狂化〟させる性質を持つ『星辰』さんの光力と。
幻を生み出す紫光の中でも、〝性質変化〟を得意とする『矛星』さんの光力。
私達が仕込んだ投擲用の紫杭は、ただ見た目通りの杭じゃないんだ。
施された性質変化は〝爆破〟。『一番星』さんが光弾に様々なアレンジを加えて多様な弾種を使っていたみたいに、研闘師の中には光力を弄ることが得意な人も居てさ。その筆頭格が『矛星』さんなんだ。
そんな彼女が爆破性能を付与した、〝光力で出来た紫杭を〟。
もし、〝狂化〟したとしたら。
刹那、通信越しに二人の声が重なる。
[「〝殴噺火(おうはなび)〟ぃ~!!!!」]
そうして設置型爆破装置である紫杭群へと『星辰』さんが巨槌を叩き込むと、世界が閃光と爆轟に塗りつぶされる。狂化されて炸裂した七十本の紫杭が〈王墓〉の甲羅の片側下部を、丘の上部ごと纏めて消し飛ばしたんだ。噴き上がる粉塵と熱波、爆炎と紫光が混沌と空を焼き尽くし、衝撃と共に広がった音圧に大地は愚か、宙に浮かぶ星々まで砕けてしまいそうになる。
怪力無双で、周囲の光力を問答無用で狂わせ増幅させながら暴れ回る『星辰』さんと、爆破のみならず、ありとあらゆる性質変化を施した紫杭を巧みに使い分ける罠師の『矛星』さん。
これが、私達が前年度のサンライズフェスタで〝一度も勝てなかった〟、この東部地方のナンバーツーだ。
地方本戦のファーストレグでは圧倒されたまま逃げ切るしかなくて、二度目の対戦であるシックスレグでも直接対決は避けて他の点の取り合いを演じた。その結果、実力がもろに反映される地方本戦の最終順位は『星辰』ペアが二位で、私達が三位。
ただ順位の上では一つしか違わないけど、一位だった『蠍座』ペアを含めて、上位二組と三位以下の取得点数には大きな差があったのも事実だ。中央決戦で遭遇する前に『一番星』が倒してくれたのは幸運だった。
ジ・ヘリオスになってなお超えるべき、高い壁の一つ。
「相変わらずとんでもないな……」
思わず呟いてしまいつつ、すぐに切り替えて目を凝らす。すると目論んだ通りの結果が表れていた。
全長七十メートル、全高四十メートルの山のような巨体が、〝ぐらりと傾いた〟んだ。
当然だ。あれだけの巨体に対して、身体の片側反面下部とその下の丘を抉り取ったんだから、踏ん張り切れずにバランスを崩すに決まっている。高層ビルを倒すだけなら、一階フロアの半分をぶっ壊せば簡単に倒れるのと同じだ。
そして標高は低いとはいえ、〈王墓〉が陣取っていたのは丘の上。体勢を崩したなら、後は転がり落ちるだけだ。そうしたら勝手に禁域の発生源からは退いてくれる。
ただ、〈王墓〉は足掻くように無事な右側面の足で踏ん張り、あろうことか大きな顎を開いて丘にかじりつく事で転落を凌いだ。死んでもあそこから退きたくないみたい。まあ、あそこにいる限り死なないんだから気持ちはわかるけど。
でも、これだけで終わりじゃない。
次の瞬間、〈王墓〉が踏ん張り、齧りついて足場にしようとした丘の外周部が、ぼろぼろと〝溶け崩れた〟んだ。
目が良い私には見える。崩落した丘の大地に刻まれているのは無数の〝真紅の斬撃痕〟。毒々しく脈打つそれは『蠍座』さんの細工だ。
さっき「耕し終えた」と言っていたみたいに、『蠍座』さんには丘そのものへの工作をお願いしていたの。
彼女の真紅の光力特性は〝延焼〟。『蠍座』の号の由来ともなった毒々しい赤い光だ。一度刻み込まれたら、光力が尽きるまでその物質や光力を侵し破壊しつくす凶悪な光。
そんな赤光を丘に刻んでもらって、外周部を緩くしてもらっていたんだ。これで〈王墓〉がどれだけ踏ん張ろうと、足掻くごとに丘そのものが崩れていくという算段。
もちろん、地形への後遺症を考えたら丘そのものもあまり壊したくはなかった。でも、丘さえ半壊させるつもりで戦えば、〈王墓〉をあそこから退かせる作戦は十分立てられた。
あくまでも最小限の犠牲。ド派手に撃ち合ってさらに大きな範囲を更地にしたり、周囲の村を巻き込むよりは、一つの丘を失う方がいいという選択。
実際、〈王墓〉は踏ん張ることすらも出来なくなり、とうとうその巨体を横転させ、丘の上から転がり落ちた。無様に巨体を動かし、恐竜のような怒号をあげている。
そうして一瞬見えたのは、〈王墓〉が下敷きにしていた崩れ往く丘の頂点だ。
そこには〝墓地〟があった。地形図を見た時点で分かっていたけど、この丘は周辺地域の共同墓地だったみたいで、ここら辺を故郷としている人達の先祖が眠っているらしい。
私はそれを壊す選択をしたんだ。今を生きる人達の故郷を護る為に。
犠牲。最小限の。最小限……。
一瞬、胸の内に傲慢を責めるような鋭い痛みが押し寄せて唇を噛む。『矛星』さんが言っていたみたいに、私達がある程度の被害を出そうと、中央本部を始めとした上層部が庇ってくれるだろう。それに、避難している住民達だって責めはしないと先輩ペアは言ってくれたけど……それでも。
「ごめんなさい」
誰にも聞こえないように呟いて、気持ちを切り替え、顔をあげた時だった。
切り替えたばかりの気持ちが揺らぐ。
なんせ地響きと共に丘から転がり落ちていた〈王墓〉が、あろうことか変形を始めたんだ。
三角錐型の甲羅そのものを闇のヘドロのような流動体にさせ、欠損した部位を修復するでもなく、背中から映える巨大な一本の手のように作り変える。
まるで巨人の腕だ。半身を失った〈王墓〉は骸骨の双眸のような真っ黒な瞳を丘の上へと向け、甲羅を作り変えた巨大な手を使って這うようにして丘を登ろうとする。
「なっ……は? いや、ちょ、なにあれっ!?」
全く予想外の展開だった。後は身動きが出来ない〈王墓〉を仕留めて終わりだと思っていたのに、まさか自分の身体を作り変えるとは。いやそもそも、あの甲羅自体が身体の一部ではなく、闇を加工して作った武装だったのか……!
なにはともあれ、このままでは発生源に戻られてしまう。
そうしたら、全てが無駄に。
急いで、次の手を考えないと。
しかし、そんな急展開に対する混乱の最中、胸元の護光チャームから声がした。
[しぶといデカブツだ]
『蠍座』さんだった。すると死に物狂いで丘を登らんとした〈王墓〉の眼前へと、真紅の大鎌を振り上げたシルエットが躍り出る。
次いで、一閃。斬撃光を伴った一撃で〈王墓〉の大型トラックよりも大きな首を容易く斬り落とす。すると〈王墓〉は痙攣し、遮二無二悶え始めた。頭を堕とされても生きているのは核が残っているからだろう。ただ、初っ端の一撃で『星辰』さんが頭を殴打した際、脳震盪を起こしたみたいに身体の動きが鈍っていたのを鑑みるに、頭部がないと動きが鈍るのは事実らしい。
だから『蠍座』さんは真っ先に首を斬り落としたんだ。今の一瞬で、そこまで判断して。
しかも、それだけではなかった。
「爆破に伴って、副次的に行っていた反響測定が完了したぁ。核の位置が割り出せたから共有するよぉ。頭に一つ、胸に二つと、尾の付け根に一つの計四つ。やっぱり第四核種(クアルタ)だったねぇ。って、頭は今『蠍座』が潰したかぁ。死に際のひと暴れを起こされる前に、残りも頼むよぉエース達」
私が混乱していた間にも解析をしていたらしい『矛星』さんが、それぞれの護光チャームにその結果を送信する。すると胸から下げていたチャームがホロウィンドウを宙に描き出し、半透明にモデリングされた〈王墓〉のシルエットが投影されて、核の位置が正確に表示された。
[オレは登り切らねえように足止めしとく。核は任せた]
[おっけ~~!! じゃあぼんぼこぶっ潰してくね~~!!!]
[……尻尾の方はアタシが行くぜ]
『蠍座』さんの指示に『星辰』さんが反応し、少し遅れてジャーニーも続く。
そうして目の前で繰り広げられるのは一方的な解体だった。新しく作られた一本の手も『蠍座』さんは瞬く間に細切れにしてしまい、『星辰』さんは天真爛漫な嵐のような暴力を振るって胸の所にあった二つの核を容易く破壊する。それに遅れてジャーニーも尾の肉を削ぎ、露出した核を切り裂いた。また、最中に〈王墓〉が死に際に力の限りを尽くして自爆しようとした時は、『銀河』さんを主体として『蠍座』ペアが〝蟲毒牢〟を発動して囲い込み、無差別攻撃を完全に封じ込めた。
混乱して戸惑ったのは、私だけだったんだ。
悔しさともどかしさと情けなさが押し寄せて来る。知らず内に握った拳が震える。
力不足。それを痛感する。そもそも戦闘中だというのに意識を逸らして、ナーバスになって、そこに意表を突かれて、混乱して、仕留める段になっては眺めているだけ。
第一、〝今回私は宝剣を抜いてすらいない〟。
出る幕が無かった。それが、全て。
〈王墓〉の四つの核が破壊され、他の黒死獣同様にその死体が見る見るうちに〝宝石化〟していき、やがて色とりどりの宝石で作られた巨大な山が出来上がる。黒死獣は宝剣でしか殺せない代わりに、倒すと宝の山になるんだ。このタイタンライトがそのまま研闘師の宝剣になったり、その地方の主要都市の補強やら街道の舗装に使われたりする。
その異様な煌びやかさに圧倒されつつも、『星辰』さんががら空きになった禁域の発生源──丘の芯を貫くように湧き上がっていたどす黒い源泉──に巨槌を叩き込み、発生源も除去をして、完全に作戦が終了する。
目的は果たされた。それも最小限の被害で。護光チャーム越しに労いの言葉が飛び交う。
でも私は、詰めていた息を低く吐き出す事しかできなかった。
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