モランジェとロンズのお留守番
とある冬の朝のこと。
「う~、さみー……」
凍てついた夜闇がまだ厚く世界を抱き締めている時間帯に、ロンズちゃんがジャージにネックウォーマー、手袋に宝剣といった装備で悪態を吐きます。
「ったくよー、あのでこぼこペアめ、殿堂入りだかなんだか知らねーけど、さっさとぶっ倒して帰ってこいってんだよなー」
運動靴をつっかけながらのその言葉は、もちろん冗談半分でしょう。ただ、それにしたってあまりにも乱暴で思わず笑ってしまいます。というのも、普段帯剣走巡回をしているラファロエイグちゃんとジャーニーちゃんは、サンライズフェスタ地方本戦のサードレグの関係で東部中域地方に出張しているんです。
それも、このサードレグは彼女達が地方本戦を突破するうえで最も重要な試合。
殿堂入りである『蠍座』ペアを相手に、是が非でも勝利して得点を稼がなければいけない試合なんです。
だから二人とも早めに現地入りをして、試合会場である温泉都市ミントゥの複雑な街並みを頭に叩き込んでいる最中。ただそうした自己都合の出張に限っては別協会からの助っ人も派遣されない為、当の協会内で業務をやりくりしないといけないんです。
そこでいつも白羽の矢が立つのがロンズちゃんというわけです。
彼女ならなんだかんだ言いつつも、日に三回の帯剣走巡回をこなすことができますから。
「ほら、文句を言う暇があったら早く行って下さい。エアリィ支部長がいつ帰ってくるかわからないんですから」
「ちぇっ……なー、偶にはモランジェが行ってみねー? 久々に山走ってみてーだろ?」
「ふっ、何を言うかと思えば。わたしに帯剣走巡回なんて任せたら、三日後にロンズちゃんの仕事が一つ増えますよ?」
「なに自信たっぷりにぶっ倒れる宣言してんだよ。せめて帰って来いよ、三日かけたなら」
ため息を吐くロンズちゃんには申し訳ないですが、そもそもこんな広大な隕鉄山脈を走って巡回できる方がおかしいとわたしは思うんです。ラファロエイグちゃんはもちろん、最近はジャーニーちゃんも大分平気な顔してますし、ロンズちゃんだって時間はかかりますがきちんと帰ってきます。
ほんとに、どうして三人ともこんな辺鄙な支部に居るんでしょうか。いや逆に、どうしてわたしがそんな三人と肩を並べているんでしょうか。
〝徹夜明けだからか〟ぼんやりと物思いに耽ってしまっていると、そんな私を見かねたロンズちゃんが言いました。
「ったく、どいつもこいつもサンライズフェスタのことしか眼中にねーんだから。お前も、あんまり無理すんなよ」
というのも、私が徹夜したのは今年のサンライズフェスタの各地方の映像をチャックしていたからです。例年通り個人的に楽しんでいた側面もありますが、それよりも分析や研究といったほうが的を得ていると思います。
東部地方本戦の研究は、今その舞台で戦っているラファロエイグちゃんとジャーニーちゃんの助けになりますし、それ以外の地方の皆さんの分析も、きっと中央決戦に勝ち残ってくれるお二人の力になる。
運動神経も光力適正もダメダメなわたしでは、サンライズフェスタに出場しても何も結果は残せません。
でもこうしてお二人のサポートをすることによって、関われるなら。
私だって、戦えるんです。
「ふふっ、ロンズちゃんは優しいですね! 言われなくても、ロンズちゃんが巡回に出ている間はぐっすり寝ようと思いますっ!」
「お前ほんと良い性格してるよな……」
げんなりとしつつ、「そんなら行ってくるぜー」と駆けだしたロンズちゃんを見送り、居住区のリビングに戻ります。テレビの電源を消し、びっしりと分析結果を書き込んだノートや、各有力研闘師さん達のプロフィールを纏めた資料を整理する。
他にも、夜中までラファロエイグちゃんとビデオ通話をしながら地方本戦の立ち回りを確認する為に使用した、ホワイトボードや配布デバイス。分析の気分転換として行っていた、二人の予備の宝剣をメンテナンスする為の砥石や研磨剤といった、宝鍛冶が使うような調整用具一式。それに伴って、二人の宝剣をもし調整するとしたらという妄想を書きなぐったメモまで。
ただ一つ一つ片付けていこうとして、ふと手が止まりました。
「……そう言えば、『幻月』ペアの〝月景珠〟についての対策はもう少し詰めておかないと」
呟いて、双子が無限増殖するという凶悪極まりない合技に対し、ラファロエイグちゃん達ならどう対処するのが正解かを思案します。
……幸い広範囲攻撃は『凶星』ペアの専売特許です。面で制圧するならラファロエイグちゃんの技術的な欠陥もあまり気になりませんし、無尽蔵なスタミナと、燃費がいい白色の光力特性を鑑みたら、シンプルに乱発するのが効果的なはずです。つまり相性は良い……。
そこまで考えて、ふと違和感を覚えました。
思い出すのはここまで二試合を通して、『幻月』ペアが〝月景珠〟を使った場面のこと。爆発的な増殖に加え、濃淡を織り交ぜたいやらしくも効果的な戦術。
でも、そもそも……〝濃淡を弄れるのなら、数に任せた暴力とは別に、少数精鋭の連携戦術なんかもとれるのでは〟?
そうなってくると話は変わってきます。例えばオリジナルである『幻月』ペアより一段技量は劣るとしても、そのレベルの分身を複数体でも出せたとしたら。
その分身たちがそれぞれ、ラファロエイグちゃんの射程外ぎりぎりで角度をつけて、複数地点から襲って来たとしたら。
面での制圧ではどうしようもない。連携力が売りの『幻月』ペアの真価をさらに伸ばす、効果的な数的有利を簡単に作れる合技だとしたら。
むしろ、『凶星』ペアにとっては天敵では?
……〝二逢剣〟なら、ある程度散らばっていても正確に複数体の分身を同時に狙えるはず。でも〝二逢剣〟の一番の弱点は〝守りを担うジャーニーちゃんまで攻撃に前傾姿勢になる〟ところ。もし発動のタイミングで後の先を取られたら……正確性が必要な合技だから、ほんの僅かな妨害でも狂いが生じてしまうはず。
……あるいは〝流星剣〟なら? 確かに問答無用で付近一帯を掃除できるでしょうし、多少の妨害も無視して強行できる合技ではありますが……逆に消耗が大きすぎて一組のペア相手だけに使うのは赤字です。第一、タメが長すぎる……。
「となると、有効なのは距離を取ることでしょうか……『弦月』さんの弱点として、光力適正の低さからなる射程の短さは変わらないはず……いやでも、それは同時にラファロエイグちゃんの有効射程からも外れるという事で……『幻月』ペアの射程から逃れつつ、邪魔が入らないタイミングで〝二逢剣〟を使う状況をどう作り出すか……」
とめどなく溢れる思考を、メモ帳に書き殴ります。何度も繰り返し〝月景珠〟の映像を見直しつつ、やっぱり傍から見分けることは不可能な分身の外見完成度に感動しつつも、対策を考える身としては憎々しく思い……。
そうして、まるでわたし自身が戦ってでもいるように、思考の海へと沈んでいって……。
ふと、気が付くと。
「……おい、やめろ」
肩を掴まれて我に返ります。するとどっと疲労が鉄の波のようにして押し寄せてきました。目が芯から熱を帯びながら渇き、血が泥に、肉が土嚢にでもなったみたいに身体が重たい。脳みその回路がショート寸前みたい。
ああ、これは、あれ……わたし……。
わけがわからなくなっていると、頭の上から呆れたみたいなため息が聞こえました。
「なんで寝てねーんだよ。寝ろっつったら寝ろよ、まじで」
顔を上げると汗だくなロンズちゃんが唇をへの字に曲げていました。あれ、でもさっき帯剣走巡回に出たばかりじゃ……。
「あ、ああ、ロンズちゃん……忘れ物、ですか?」
気付かないうちに息が切れていたみたいです。ああ、いけない。早く片付けを再開して、眠らないと……。
ただ、そんなわたしをロンズちゃんはげんなりと見下ろしました。
「何言ってんだお前」
「え、だって、さっき出て行ったばっかりですよね?」
「普通に巡回終わって帰って来たんだが。もう二時間経ってんぞ?」
「えっ」
壁掛け時計を見ると、既に八時を回った辺りでした。確かにもうすっかり朝で、あれ、でも……あれ? れ?
そうしてなんだかわけがわからなくなり、空と地面がひっくり返ったみたいな不思議な浮遊感と、ぐにゃりと歪んだ視界が。
「ったくよー、勘弁してくれよ」
ロンズちゃんの声が聞こえたかと思ったら、体が支えられていました。そこでようやく自分が倒れかけていたんだと気付きます。
「ほら、さっさと寝室に行って寝ろ。歩けるか?」
「あー……ちょっと、むりそう、です」
「はぁ、しょうがねーな」
そうしてロンズちゃんは私をおぶると、寝室まで運んでくれました。帯剣走巡回をしてきたからロンズちゃんの背中は温かくて、それが心地良くて。
「ほら、降りろ」
「んっ」
「ちょ、おい!」
ロンズちゃんを抱き締めたまま布団に横になります。冬の朝に、ぽかぽかとした、湯たんぽ……。意識がもうろうとしてきます。
「離せってモランジェ。おれはこれから、一人で飯作って掃除して仕事までしなきゃならねーんだぞ?」
「うるさい、ですっ。わたしにねむってほしい、なら、しずかに……」
「……叩き起こしてやってもいーんだぞ?」
一瞬だけ脳裏をよぎった暴力的な光景。フラッシュバック。ああ、いや、これは違う。
わたしはもうあそこにいない。わたしはここにいる。
わたしにはこのひとがいる。
このひとは、そんなことしない。だってこんなにもあたたかくて、せなかにてまで、まわしてくれてるんだから。
「ふふっ、そんなこと、しないくせにっ」
「……つか、汗くせーだろ」
「んーん」
「んーんって、ガキかよ。なあ、おい。離せって。鬼ババアがいつ帰ってくるかわからねーって言ったのお前だぜ?」
「すぅ……すぅ……」
「で、寝んのかよ……こりゃ見つかったら大目玉だな。神にでも祈って、おれも寝るかー」
なげやりなろんずちゃんのこえが、さいごにぽつりとつぶやきます。
「……ま、いねーもんに祈っても仕方がねーか」
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