『一番星』と『月面』のビデオレター撮影
「この決戦が、私にとっても偉業と成ることを期待している」
真夜中の人気のない中央本部ロビー。カメラの向こうで、金色の獅子がそう謡った。七つの王冠があしらわれた玉座に深く腰掛け、耽美で鋭利な眼差しをこちらに傾けている。それは睨むようであり、あるいは品定めするようであり、もしくは突き放すような煌びやかな眼光。レンズ越しでもぞくぞくと胃の腑が落ち着かなくなる。
畏怖。この絶対王者の威圧を前に、一体どれほどの人間が立ち向かえるのか……。
私は構えていたカメラの録画を止め、古くからの友人である彼女に手を振った。
「はい、今のでおっけーだよ。今年もお疲れ様、プルトニー」
すると彼女は一度瞑目し、身に纏っていた絶対王者としての覇気を霧散させて言った。
「何を言っている。中央決戦はこれからだろう、ポグエス。何も終わってなどいない」
「だけど、今年も優勝は君で決まりだろう? 北の『彗星』、西の『昴』、南の『天老星』、東の『蠍座』、いずれも君に続いて黄金世代をけん引する実力を持つけれど……君には届かないよ。大本命である『星雲』と『綺羅星』の二人だって、やっぱり今年も出れなかったみたいだし」
「……ふむ」
一言だけ相槌を打って、プルトニーは薄く目を開き、玉座の肘置きを撫でた。その眼差しも指使いも酷く退屈そうだ。落胆しているみたいでもある。
事実、私が言ったことは間違いではない。私だってサンライズフェスタに実況解説として携わっているから、各地区予選も地方本戦も目を通してある。その上でのさっきの発言だ。
各地方のトップを務める四組のペア。彼女たちの実力は確かだ。並みの研闘師が束になっても敵わないトップ中のトップ。
でも、『一番星』には及ばない。
今、私の目の前にいる金色の獅子は、それだけ圧倒的な才能と実力を有している。
「ならば、貴様が出れば良かっただろう、『月面』。殿堂入りになるなり、さっぱりサンライズフェスタから身を引いて、口だけ出しおって」
そんな絶対王者がじっと私に金色の眼差しを向けて来る。たださっきまでの覇気は感じない。プルトニーの事をよく知っている人間なら、この眼差しはただ〝拗ねている〟だけだとわかるんだ。
「悪いけど、私はジ・ヘリオスには興味ないから。大体、そんな暇で暇で仕方ない殿堂入りをコキつかいまくっているのは君だろう、星令室長?」
研闘師協会中央本部星令室。それは天雲大陸全土で発生する、特級指令などの超難度の緊急事案に対応する為の指揮を担う、研闘師協会の事実上のトップだ。大陸中から集まった選りすぐりのエリートで構成されていて、有事の際には各地方本部や支部に対するありとあらゆる命令権を持つ、〝星達の司令塔〟。
中央本部に所属する全研闘師の主席である彼女は、当然その星令室の長でもある。
ちなみに、私もその星令室の一員なんだ。サンライズフェスタを引退するなり、プルトニーに引き摺り込まれてね。
まあ、〝それが狙いだったからサンライズフェスタを引退したんだけど〟。
「どうしてか、君が君に勝るものを求めているのは私だってわかってる。でもね、友人として言わせてもらうなら、そんなの勝手にやってくれとしか言いようがない。君が王様を気取り、今のビデオレターみたいにヒールを演じてライバルを煽るのだって、君の勝手だ」
言葉を重ねるごとにプルトニーの拗ねた顔色は濃くなっていく。
そんな所が子供っぽくて、西方のスラム街で仲良くゴロツキをやっていた時の事を思い出す。
まだ何物でもなかった私達。でもとある人に見つけてもらって、引っ叩かれながら公正して、今じゃあプルトニーなんて絶対王者だ。
ああ……でも。
「だから、絶対王者でもヒールでも、いくらでも〝似合わない事〟をするといい。私は友人として君を支えるだけだ。こういう風に、君が似合わないことをする手伝いはしても、君の敵になんてなってあげない」
カメラを指で弾きなが言うと、プルトニーはふんと鼻を鳴らして足を組み替えた。
そうして目を伏せると、レースのように煌びやかな金色の睫毛が薄い影を落とす。
「〝先生〟の真似事か? だからといって……引退など、そこまで……」
ただ、ぼやいているうちに珍しく感傷的になっていると気付いたんだろう。むっとしながら顔を引き締め、玉座から立ち上がる。
「……まあいい。私の下僕になる為にサンライズフェスタを引退したと言うなら、望み通り働かせてやる。星令室に戻るぞ」
「りょーかい。ただ、私が働く代わりにちょっとは休むんだよ? 感傷的になるくらい疲れてるみたいだし?」
「減らず口を叩く気力があるなら、今すぐ特級指令をくれてやろう。西方の千年遺跡だ。一人で潜ってこい」
「えぇ、またぁ? 特級指令って言ったって、その墓暴き別に急務じゃないでしょ?」
「必要任務であることに変わりはない。つべこべ言わず行ってこい、下僕」
「はぁ、我が王がご乱心だ。あいあいさー」
そうして言葉を交わしつつ、深夜の中央本部の廊下を歩く。
すると、窓の外にふと夜空が見える。
いつもと変わらない色とりどりの星々。もう千年間も空を染め上げる夜。
「ねぇ、プルトニー。人が死んだら星になるって、本当かな」
尋ねると、彼女は私の一歩先を歩きながら、振り返らずに答えた。
「……いつの時代の話だ、それは」
「まあ、そうだけど。でももし本当だとしたらさ」
ぼんやりと、満天の星空を見渡す。
「先生は、どこにいるんだろうね」
そんな私の問いに、プルトニーはやっぱり足を止めずに言った。
「こちらから見つける必要はない。あの人なら昔みたいに、どうせ私達を見つける……見つめている」
気丈で高潔な靴音が、闇の中に清廉と響く。
こつ、こつ。
一音ごとに、金色の獅子の一挙手一投足が、覇気を帯びる。
「だから、私達はするべきことをするだけだ」
絶対王者のその言葉に、私は今度は、文句ひとつなく頷いた。
「仰せのままに」
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