『幻月』と『弦月』のお呼ばれ祝勝会
東部地方本戦が最終戦のシックスレグまで終了して、総合順位が確定した。四位までが春に行われる中央決戦への切符を手にする。
一位、『蠍座』ペア、千二百四十二点。
二位、『星辰』ペア、千二百十一点。
三位、『凶星』ペア、九百八十六点。
そして、四位。
私達、『幻月』ペア。九百二十四点。
五位との差はたった三点。でも、勝ち上がれる四枠の中に入れた。
三年前、十四歳の時に中央決戦に勝ち上がって号持ちになり、されど『星雲』ペアに洗礼を受けて最下位で敗退した。それから二年間地方本戦止まりで、今年勝ち上がれなかったら号を剥奪される年で。
二人で今年こそはって一年間必死に鍛えて、合技をものにして。
地区予選じゃああのクソザコでこぼこペアに完全試合なんてカマされた挙句、「完全に終わった」だなんて好きかっていう奴も居たけど。
私達が……四位で。
「お姉ちゃんっ!!」
私達の最終戦地だった温泉都市ミントゥの路地で、ディサロンノが飛びついてくる。受け止めると、キャンディみたいに甘い匂いとマシュマロみたいに柔らかい肌の感触で一杯になる。でも、そのどちらも汗や汚れで塗れ、普段とは全く違う。極東地区の大地主である実家お抱えの仕立て屋に作らせた藍色のフリルドレスも、ところどころ破けている。
それでも、握力が残っていない非力な細腕で私を力の限り抱きしめる最愛の妹が、涙を浮かべて顔を上げると。
その嬉しそうな顔が、姿が、存在が……最高に、可愛かった。
「私達、やったよ! 勝った! 勝った!」
この温泉都市ミントゥでの最終戦は過酷を極めていたわ。というのも、組み合わせ的に上位三組が別の場所で一堂に会した最終戦だったの。そしてそっちの試合では硬直した試合展開が予想されていた。何せ、この東部地方のトップツーである二組の殿堂入りペアがいるんだもの。
片方だけならまだしも、両方いっぺんに相手するなんて『一番星』でもない限り不可能。
また、『凶星』ペアが最終戦が始まる時点で、既に通過の目安点数である九百点台の点数を持っていたのも大きかった。あいつら、この最終戦で上位二組を相手に逃げ切る為に、ペースを上げて点を稼いでいたの。最終戦で上位トップツーと当たるということは、中間戦では当たらないということだものね。
そして点数の上がり幅を見るに、向こうでの試合展開は推測通りのものだったんでしょう。
つまり逆に言えば、熾烈を極めたのは四位争いで、その有力候補だった私達『幻月』ペアは集中的に狙われる運命にあったの。
でも、私達はそれを逆手に取った。
〝月景珠〟。この地方本戦で解禁した私達の合技よ。幻を作り出す私の紫光と、反射を得意とするディサロンノの銀光を掛け合わせて、濃淡をつけた分身を大量発生させる必殺技。
それを開幕と同時に〝小出し〟にして、私達を狙うペアを炙り出しにした。あいつら、これまでド派手に大増殖をしてたから、〝月景珠〟を使えば街が私達で溢れ返ると思っていたみたい。六試合通して植え付けた固定観念がぶっ刺さったわ。
だから、〝月景珠〟を使う前にって幻に速攻を仕掛けてきた奴らの隙を付き、二人で得点を量産した。
この最終戦については、最初から最後まで試合をコントロールした、まさしく〝完勝〟だったんだから。
「ふ、ふふ、あはははっ! 当ったり前じゃない! 私と貴女よ、ディサロンノ!」
周囲で敗退に頭を抱えるザコどもを尻目に、「勝った!」と子犬のようにはしゃぐディサロンノを抱きかかえてくるくる回る。
「これが私達の実力よ! いいえ、こんなものですらないわ! 今に大陸中のザコ共にわからせてあげるんだから! 私と、貴女が、一番だってことをっ!」
(ディサロンノ視点)
地方予選も終了し、数日が過ぎた。私とお姉ちゃんはミントゥ付近での特級指令への出動命令があったからすぐには極東地区に帰らず、中央決戦出場を決めた勢いのままに仕事を片付けたの。
そしてようやく、私達が所属する極東第一支部に帰ろうとした所。
ぽこん、と私のデバイスがメッセージの着信を告げた。
「あ、ファーザーからだよ、お姉ちゃん!」
温泉宿の一室で帰り支度をしていたお姉ちゃんに声を投げつつ、手元の画面をスワイプしてメッセージを確認する。すると数日前の地方本戦終了時点から連日送られてくるおめでとう文の後に、帰りを待ち遠しく思っているだとか、パーティの準備は万端だとか、他のお姉様達も続々と帰省してお祝いに駆け付けているだとか、そんな内容が綴られていた。
うちは、まだ今の極東地区が東部中域地方だった頃。つまり、数百年前の大浸食で闇が氾濫し、東部地方が狭まる前からいっぱい土地を守っている家なの。実際、大浸食の度に東部地方を護る為に活躍していて、研闘師協会から呈された賛辞が宝物庫にあったりもする。
そんな家に生まれた私は身体が弱く、昔は箱入り娘として育てられていたの。
でもお姉ちゃんが私の研闘師になりたいって夢を認めてくれて、寄り添い、導いてくれた。
その結果、ずっと過保護で私を花のように扱っていたファーザーやお姉様達は、時には愛情から私達の仕事を否定することもあったけど、今ではこうして応援してくれている。
由緒正しい、誇らしい我が家の一員になれた。それが、何よりも嬉しかった。
「ねーねー、ファーザーがお祝いに別荘建ててくれるんだって! お姉様達も北方の永久樹氷で作ったアクセサリとか、西方の千年遺跡から見つかったばかりのオーパーツとか持って帰って来てるみたいで……わぁ! すっごい! 見て見てお姉ちゃん! これ、町の人達が銅像まで作ろうとしてるみたい! 早く帰りたいなぁ」
そうして我が家のみならず、町を挙げて祝福してくれる故郷のみんなに会いたくてうずうずしていると……。
ぽこん、とお姉ちゃんのデバイスにもメッセージが届いたのに気付く。振り返ると、どうやらお姉ちゃんも誰かとやり取りをしていたみたいだった。
「ファーザーから?」
画面を覗き込もうとすると、びくりと大げさに反応してお姉ちゃんはデバイスを伏せた。
「え、いや、そ、そうね、うん。ザコ親父からよ。お姉様達も、町の連中も、ほんと過保護なんだから」
取り繕う様に言葉を連ねるお姉ちゃんはらしくない。カチューシャで抑えた灰色のセミロングの毛先を弄りつつ、目を逸らしている。
……怪しい。
お姉ちゃんは嘘を吐いたりするのが得意だけど、それは私以外に対してだけなの。お姉ちゃんは私のことが大好きだから、私に嘘を吐く時は決まってわかりやすくなる。
「ねえお姉ちゃん、画面見せて」
「え? いや、きっとディサロンノのとこに来たのと内容は一緒よ。わざわざ見るものでもないわ」
「私に見せたくないの?」
「うっ……」
抱き着いて見上げると、お姉ちゃんは顔を覆って息を吐いた。叫び出したい衝動を堪えているんだ。私は、私のことが大好きでいっぱいになってるお姉ちゃんも大好きだから、隠してほしくはないのに。でもまあ、お姉ちゃんがお姉ちゃんの威厳を護りたいなら、それを尊重したいとも思う。
でも、私が推測できない隠し事は嫌だ。
えいっとお姉ちゃんのデバイスを取り上げると、伏せられていた画面を確認した。
するとそこに表示されていたメッセージ相手は……。
「『凶星』さん? えっと……そっちも地方本戦勝ち上がったんだな。明後日うちの支部で祝勝会するから来いよ……って」
お姉ちゃんと『凶星』さんは仲が良いの。お姉ちゃんは否定しているけどちょくちょく連絡を取り合っているし、会ったら必ず話をしてる。まあ大体お姉ちゃんがからかわれたり、逆に煽り返したりして、認め合ったライバルって感じだけど。
「明後日かぁ、丁度うちに帰る日だね」
ぼやきながらトーク欄に目を落とし、スクロールして、ある事に気が付く。
というのも、今読み上げた『凶星』さんからのメッセージは今日の朝に届いたものだったの。そして今は夜。さっきぽこんと届いたのは、『凶星』さんから返事を催促する旨のメッセージだった。
どうやら、お姉ちゃんは返事を保留にしているみたい。
「仕事長引いてるのか、大丈夫か……だって、お姉ちゃん。どうするの?」
尋ねると、お姉ちゃんは少しだけ頬を照れさせつつ、ごにょごにょと歯切れ悪く言った。
「……いや、まぁ、行ってやる必要なんてないわよね? 家でパーティも準備されてるし、あいつが勝手に来いって言ってるだけだし。大体第六支部とかいう名前も聞いたこともないようなザコ支部なんて、うちの犬小屋より狭いだろうし? そんなところで祝勝会だとか……」
どうやらお姉ちゃんは、『凶星』さん達との祝勝会に行きたいみたい。
それなら私がすることは一つ。
「妹のディサロンノです。今仕事が終わったので、これから向かいますね。誘って下さってありがとうございます、姉も喜んでます、と……あ、ファーザーにも帰るの遅れるって言っとかないと」
勝手に『凶星』さんに返信すると、お姉ちゃんは顔を真っ赤にしながら詰め寄って来た。
「ちょ、ちょっとディサロンノ! 何してるの!? 勝手に返信なんてしちゃ駄目じゃない! ていうか、私はこれっぽっちも喜んでないわよっ!」
「お姉ちゃん、今ファーザーに返信してるからちょっと静かにしてて。えっと……お姉ちゃんが友達から祝勝会に誘われたので、二人でそっちに行ってから帰ります……と」
「だから友達じゃないってば! あんないけすかないザコチビ!」
「あ、すぐ返信きた。凄い、ファーザーとお姉様達、とうとうヴァランタインにも友達がって凄い喜んでるよ。そっちの初友達おめでとうパーティの準備もしてるから、楽しんでおいでって。親戚のみんなも来るみたい」
「もぉおお~~~! ほんっとなんなのあのザコ親父とザコ姉様達! いちいちはしゃがないでよ恥ずかしいっ!! このパーティばかっ!」
いつもきちんと整えてあるセミロングをぐしゃぐしゃ搔き乱しつつお姉ちゃんが悶える。
お姉ちゃんは昔から口が悪いし、私のお世話ばっかりしてたから友達が一人もいないの。それをファーザーもお姉様達も、もちろん私も心配してたんだ。
だから、みんなこんなに喜んでる。
……お姉ちゃんを取られちゃうみたいでちょっとだけ嫌だけど、でも、嬉しいんだ。お姉ちゃんが本当は優しくて、格好良くて、可愛くて、綺麗なんだってこと、色んな人に知ってほしいから。
「えへへ、楽しみが増えたね。ねえ、何か手土産とか買って行った方がいいよね? どうする、お姉ちゃん」
そうして悶えるお姉ちゃんに腕を絡めると、唇を尖らせながらも答えてくれた。
「…………しょうがないわね。ディサロンノがどうしてもって言うなら、何か持ってってやろうかしら」
「うん、それがいいよ!」
そうして渋々としつつ、どこかうきうきしているお姉ちゃんと一緒に、温泉都市で手土産を探す。
こんなお姉ちゃんは始めて見る。
例え独り占めできなくとも、色んなお姉ちゃんを一番に見れたなら、それでいいんだ。
お姉ちゃんの一番は私で、私の一番はお姉ちゃん。
それはきっと、ずっと変わらないから。
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