『蠍座』と『銀河』の酔いどれ反省会

 第九百三十二回サンライズフェスタ中央決戦。

 優勝者は、『凶星』ペア。

 中央都市ドゥヘイブンに巻き起こる大歓声は空が割れんばかりで、試合終了と同時に建物から溢れ出した民衆の興奮は地鳴りとなって響いてくる。色とりどりの星が浮かぶ夜空に刻まれるのは、『凶星』ペアの名前に王冠が被せられた光文字。

 負けたんだ、あの、一番星が。

 オレ達の、王様が。

「………………」

 夜空の光文字から目が離せなかった。この七年間で七つの王冠を得た『一番星』の名前はそこにはない。オレ達、黄金世代が……無冠の帝王だなんて呼ばれているうちに、あのがきんちょペアがやっちまったらしい。

 胸の内は、ただただ凪いでいた。多分それは色んな正の感情と負の感情が引っ張り合い、均衡していたからだろう。悔しさも、喜びも、喪失も、興奮も、全部がないまぜになっている。

 ジ・ヘリオス。大陸中の全十万人を超える研闘師の頂点。

 オレ達に、あの王冠を手にする実力がなかったとは思わない。実際、一昨年の中央決戦では二位だった。他の年でも初期配置だったり、出くわした奴だったりが違えば、勝てた年もあったかもしれない。

 それでも、オレ達はついぞ『一番星』を堕とすことは叶わなかった。

 変わらず光文字を見上げ続ける。大歓声に身を委ね、地鳴りを肌で感じる。

 何か、巨大な運命というものが。あるいは時代というものが、変革に伴い、軋みながらも動き出した気配がする。

 ……この胸の痛みは、きっとその軋みの余韻だ。

「……終わっちまったな」

 オレ達が敗退した中央協会の中庭で呟く。

 しかし、そんなオレの言葉を拾い上げるみたいに、そっと指先を握られた。

「……まだ。らいねんこそ……つぎこそ」

 相棒のストルムが、か細く震える声でオレに言った。他の殿堂入りや号持ちと一緒に、『一番星』相手に大混戦を演じてぼろぼろになった衣服。目深なはずのパーカーのフードは引き千切れ、恥ずかしがり屋な顔を隠すシールドマスクは半ばから砕けている。ただ、その傍らに携えている大盾にはヒビ一つ入っていない。

 大混戦の中、飛び交う無数の攻撃を完璧に見切り、防ぎ、逸らし、オレを支えた大盾だ。ストルムがオレを守ってくれたから、ある程度得点は奪えた。

 だが、『凶星』ペアが放ったというとんでも火力の超長距離砲撃がこっちの戦況をぶっ壊したんだ。初見のその砲撃に対しても、『巨星』なら何かしてくると常に警戒していたストルムは光盾を最大限展開した渾身の完全防御でオレを庇ってくれたんだが、それがいけなかった。

その一瞬の隙を狙い放たれた『一番星』の曲げ弾が、ストルムの防御の隙間を縫って飛来し、大盾すらも躱して、ヘッドショットをかましたんだ。

 そうして護光チャームの光力が枯渇し、戦闘続行不可能なダメージを与えられたとされて、脱落した。

 〝また、『凶星』ペアの初見の合技に勝負を決められた〟。

 オレの指先を握り砕かんばかりに力を込めて、ストルムは悔しさで潤んだ瞳を持ち上げた。

「……ぜったい、かつ」

 ストルムは毎年こうだ。引っ込み思案で、人見知りで、恥ずかしがり屋なくせにプライドは一丁前でよ。何よりも負けず嫌いなんだ。我儘ばっかりの内弁慶で、本当にガキみたいで。

 だから、オレはこいつと組んだんだ。

 アイラ剣術学院時代、こいつだけがめげずに何百回とオレに挑んできて、とうとうオレの攻撃を完璧に見切りやがったんだから。

 こいつとなら、勝てない相手はいない。そう思い知らされた。

「そうだな。今年は貧乏くじ引いただけだ」

「ん。『凶星』ペアよりもうちらのが、つよい」

「ああ、その通りだ」

「『一番星』も、あんなやつらにまけるとか、おとろえた」

「かもしれねぇな」

「まあうちらのあいて、したあとだし。『一番星』もしょうもうしてた。あいつ、いっつもへいきなかおしてる、けど、そういうかおしてるだけだし。うちらは、それしってる。おいつめたことあるから」

「確かに、あいつ意外とわかりやすいところあるよな」

 そうしてストルムは、堪え切れなくなったみたいにオレの胸に頭を押し付けた。

「……うちらが、いちばんだもん」

 湿り気を帯びたその声に頷き、フードが取れて露わになった白い頭を抱き寄せる。

「なら、来年こそは証明してやらねぇとな」

 答えると、ストルムは鼻をすすりながら頷いた。



 そうして、中央決戦当日の夜。毎年のように行われていることだが、憂鬱とした〝反省会〟が始まる。

「だぁからぁ、つぎこそ、はぁ。うちらが、ジ・ヘリオスに、なるんだからぁ。ねぇ、きいてるのぉ?」

 ドゥヘイブンの繁華街から、小道をそれなりに深く入った所にある裏通り。煌びやかな中央都市らしからぬその薄暗い通りには、安価な手押し屋台がぽつぽつと連なっていた。

 いつもこの時期になったら、観光客相手に繁華街の屋台街が栄えるが、この裏通りの手押し屋台街は通年通して存在するんだ。値段も安く、人目に付かないこともあって、アイラ剣術学院時代によく寮を抜け出して食い歩いていた場所だ。

 中央に来たら、このいつもの場所で飯を食うのが定番なんだ、オレ達は。もちろん、中央決戦が終わった後でもそれは変わらない。

「ねぇ、おばちゃん、きいてるぅ? うちらがねぇ、いちばんなの。だいだい『凶星』ペアにだってねぇ、かってるのぉ。ちほうほんせんでぇ、あいつらさんいでぇ、うちらいちいでぇ、ねぇ、きいてるぅ?」

 だから昔からの顔なじみであるこの手押しおでん屋の女将に、ストルムはべろべろに酔っ払いながら絡んでいた。これもまあ毎年の光景だが、今年は一段と酒に溺れてやがる。真っ白い肌を真っ赤に染めて、目の焦点も合わず、皿の置き場もないほどに空にした徳利を敷き詰めたカウンターで管を巻いてんだ。

「聞いてるわよ、ストルムちゃん。今年も私、あんた達の応援してたんだし。負けちゃったけど、優勝した子達のあんな見たこともない攻撃も凌いでて、凄かったわぁ」

「でしょぉ!?!? おばちゃん、ほんとわかってる! もうね、そうなんだからぁ! ほんっとにねぇ、そうなんどもねぇ、しょけんだからってねぇ、やられないのぉ! うちらがいちばんらのぉ!!」

 和酒が並々と注がれたお猪口を呷り、火を噴くみたいにしてストルムが叫ぶ。学生時代から一度負けたらへそを曲げて長いんだ、こいつは。

 ただ、流石に飲み過ぎだ。

「おいストルム、そのくらいでやめとけよ。明日後悔するのはお前なんだからな」

 そうしてストルムの徳利を摘まんで遠ざけようとする。しかし、酔っているというのに流石は殿堂入りと言うべき反射神経でオレの腕を掴むと、ストルムは抱き込むようにして徳利を取り返そうとしてきた。

「はぁあ~~~!? ぎゃくにさぁ、でわるすさぁ、ぜんぜんよってなくないぃ? ねぇ、やるきあんのぉ? ぽっとでのこうはいにさぁ、ぜんぶかっさらわれてぇ、くやしかったらぁ、のむでしょぉ!! ほんっと、あいつらなんなのぉっ!! ふじゃけんにゃあ! もっとしぇんぱいをうやまえ、ばかぁっ!! てかあいさつこいよぉ! はなしゅの、たのしみにしてたんだからぁ!!」

「まあ言いたいことはわかるが、あいつら試合前から集中してたろ? それだけ本気だったから、今日あいつらが勝ったんだ。先輩ならその心意気を認めてやるべきじゃねぇか?」

「はぁっ!? でわるすはぁ、わたしのみかたでしょぉ!? あいつらのかたもちゅのぉ!?!?!」

「肩持つっつうか、ジャーニーのことは気に入ってるしなぁ」

「らふゃりょえいぐもすごいでしょぉがぁ!! あいつはぁ、しゅごいんだからぁ!」

「わかってるよ。後輩を下げたいのか持ち上げたいのかどっちだよ」

 そうしてひとしきり「ちゅうか、あいつらいちゅ、れんらくさき、きいてくるんだぁ!」「なんだ、お前まだ交換してなかったのか」「ひゃぁ!? でわるしゅ、ま、まさか」「ジャーニーには地方本戦のサードレグの時に聞かれたし、ラファロエイグにはその後ジャーニー経由で聞かれたぞ」「にゃああああああ! うらぎりものぉおっ!!」という駄弁りを経て、更にしばらく。

 べろべろから、べろんべろんに酔っ払ったストルムがオレの右腕を抱き寄せつつ、酒臭い赤い顔を近づけてきた。

「にょんれりゃいれひょ」

「……なんて?」

 聞き返すと、ストルムはふらふらと頭を揺らしつつ言った。

「りゃかりゃあ、にょんれりゃいれひょ」

 完全に呂律が回っていない。まあこうなるだろうから、「だから、飲んでないでしょ」って言うこいつの言う通り、酔い過ぎないようにセーブしてたんだが。

「ったく、それここの最後の酒だろ。そろそろ帰ろうぜ」

 そうしてストルムの前に置かれた徳利を指差す。ちなみに溢れ返ってた空のやつはおばちゃんが片付けてくれた。酔っ払いの前に置いておく割れ物ほど危ないもんはねぇからな。

 ただ、そうして勘定をしようとした時。

「にょませてひゃげる」

「は?」

 ストルムから一瞬意識を逸らした隙に、更にずいと火照った体温が近付いた。

 そして次の瞬間、徳利をラッパ飲みして口いっぱいに酒を含んだストルムが眼前に迫り。

 唇を重ねられると同時に舌で突かれて唇を割られ、その隙間から辛口の和酒が口移しで注がれる。

 噛みつくようなキスだった。辛いはずの酒も何故だか甘くて、ストルムの唾液やら、唇の柔らかさやら、舌の力強さばかりが口の中を蹂躙する。

 そうして数秒の酒の口移しの後、喉を鳴らして和酒を飲み干すと、ストルムは満足したのかオレの肩を枕に寝息を立て始めた。

「……はぁ、相変わらず我儘なやつだ」

 悪態を吐くと、おばちゃんが「若いっていいわねぇ」とにまにましていた。

 口を拭い、勘定を済ませ、ストルムをおぶって帰路につく。宿泊先のホテルまでは、歩いて十分くらいだ。

 そんな深夜の帰り道の最中。

 ぎゅっと、オレを抱きしめるみたいにストルムが腕に力を込めた。

「……うちりゃが、いちばん」

 眠りこけながらも繰り返すその言葉に、思わず笑っちまう。

「ああ、そうだな」

 そうしてまた、帰路を辿る。


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