『凶星』とラファロエイグのクリスマス

 サンライズフェスタ極東地区予選も終わり、冬が到来してしばらくの事。凍てつくような冷気を頬に感じながら、私はいつものように帯剣走をしていた。

 いや、違うね。

 私達は、だ。

「ジャーニーも大分ついてこれるようになったね」

 十二月の透明な星降る夜に、遥かな隕鉄山脈の巡回ルートを辿る。星空を横目に緩く蛇行する上り坂を駆けつつ尋ねると、隣を走るジャーニーは口を尖らせた。

「たりめーだろ。アタシがここに来てもう半年近く経つんだ。いつまでもお前に負けちゃらんねぇよ」

 半年前、丁度初夏の辺りだったな。思い出すと懐かしい。あの時はジャーニーとペアを解消することしか考えてなくて、初めての巡回じゃあ彼女を置いて行ったんだ。

 それが今やこうして一緒に巡回するようになるとは。サンライズフェスタの地区予選でも優勝までしたし、こんなこと半年前の自分に言っても絶対信じないだろうなぁ。

「それに、もう一週間もすれば年明けだろ? そしたらすぐに地方本戦が始まる。それまでに少しでも体力つけとかねぇと」

「それは確かに。全部で六試合もあって、試合時間も参加人数も増えるしね……予選みたいに簡単には行かないだろうし、逃げ切りのプランももうちょい詰めとかないと」

「逃げ切り?」

「うん。地方本戦で一番気を付けるべきなのは、殿堂入りしている二組。『蠍座』ペアと『星辰』ペアだ。正面から当たっても、正直今の私達じゃ絶対勝てない。もちろん隠してる〝二逢剣〟と〝流星剣〟を使えば可能性は作れるだろうけど、〝二逢剣〟は一度バレたら対策されるだろうし、〝流星剣〟は溜めが大きすぎて近接に強いその二組には使い辛い」

 リズミカルに足を繰り出し、もう目を瞑っても走れるほどに慣れ親しんだ山道を登りながら続ける。

「だから、大事なのはその二つの使い方だ。いや、できれば〝流星剣〟は中央決戦まで取っておきたいくらい。『一番星』はその二組以上の化け物だし、射撃戦で出し抜く為にもできる限り手札は確保しておかないと」

「つっても、温存とか言っといて勝ち上がれなかったらどうしようもなくねぇか?」

「そうだね。でもそれをできる組み合わせでもあるんだ。この間発表された地方本戦の試合日程を確認したところ、私達がその二組と当たるのは全部で三試合。ファーストレグで『星辰』ペア、サードレグで『蠍座』ペア。そして最終戦のシックスレグでその二ペアと同時」

 すると、ジャーニーは唇を噛んでしかめっ面をした。

「最終戦でトップ二組と当たんのは流石にだりぃな」

 そんな彼女に頷いて答える。

「うん、だから逃げ切りなんだ。だって最後にその二組と当たる代わりに、後半戦のフォースレグとフィフスレグじゃあこの人達とは当たらないんだから」

「……なるほど。最後に点が取れねえから、それまでに勝ち上がれるだけの点を稼いで、そのリードを守り切る必要がある……ってことだよな」

 難しそうな顔をしながら上目遣いに聞いてきたジャーニーが可愛くて、思わず抱きしめて「百点!!!」って言いたく……いや、そうじゃないだろ私。今は真面目な作戦会議の途中なんだから。こういう帯剣走巡回の内に作戦会議を済ませれば後の時間で訓練ができるし、真面目にやらないと。

 自分に言い聞かせて、答える。

「そう。そしてさっきトップ二組には、〝二逢剣〟は一度バレたら対策されるって言ったでしょ? でもそれは、逆に言えば初出しのタイミングなら通用するってことでもある。そしてこのサードレグで初出ししても、続く二試合でトップ二組とは当たらない。しかもこの三試合は、射線が広くとれる撃ち合いがしやすい街が戦場なんだ」

 試合日程が発表されてから、モランジェと連日遅くまで頭を突き合わせて考えていたことだよ。地方本戦の計六試合の戦い方。私達『凶星』ペアが中央決戦に出場するための、勝利のデザイン。

「私達が中央決戦まで勝ち上がる為に必要なことは三つ。ファーストレグとセカンドレグで上位に離されないようにすること。セカンドレグからフィフスレグまでの三試合で中央決戦に勝ち上がれるだけ点を稼ぐこと。シックスレグの最終戦でその点数をキープしながら逃げ切ること。モランジェと色々考えたけど、このプランが一番可能性がある。このプランなら、うまくいかなくても最終戦で〝流星剣〟を使って一気に捲るっていう奥の手も使えるしね」

 そこまで一息に言うと、ジャーニーは唇を舐めて笑った。

「つってもよ、口では簡単に言ってるが、わかってるか? この東部地方で一位の『蠍座』ペアをぶっ倒すことがプランに入ってるぜ?」

 挑発的な笑みだった。勇ましくて格好良く、頼もしい。心が湧き立つ。

「何言ってるのさ。ただ、意表を突いて一回勝ちをもぎ取ろうってだけだよ」

 思わず、笑い返す。

「私達の目標はジ・ヘリオスになることでしょ? 地方の一位に一回も勝てなくて、大陸で一番にはなれないよ」

 すると、ジャーニーは上機嫌に私の背をばしんと叩いた。

「はっはっは! 言う様になったじゃねぇかラファロエイグ! その通りだ。ああ、本当に」

 そうして嬉しそうに……はしゃぐように笑うと、ジャーニーは速度を上げて私を追い越した。

「アタシも負けてらんねぇな! 勝つぞ、ラファロエイグ! 絶対だ! 絶対、ジ・ヘリオスになる!!!!」

 もう見慣れてしまった黒い後姿。でもそれは、私にとっては一等星にも勝る煌めきだ。

 私の前を行ってくれる。私を護ってくれる。私を導いてくれる。

 小さくとも、眩しい、星。

 彼女となら、どんなことでも不可能じゃないと思える。

 でも。

 だけど。

 ただ、眺めているだけなのは嫌だから。

 深く踏み込む。身体が芯から高揚する。熱い。ああ、頬を撫でていく冬の空気がすぐに温くなる。服を脱ぎ捨てたいくらい。力が漲る。身体が、軽い!

 ジャーニーの隣に並び、駆ける。

「うん! 絶対勝つ! 絶対だから!! ジ・ヘリオスに、なるんだぁっ!!!」

 そうして二人で興奮のままに巡回ルートを走破し、空いた時間で宝剣を切り結んで訓練をしつつ、モランジェも交えてあーでもないこーでもないと一試合ごとの作戦を練り、ロンズと鬼ババ様を相手にぶっ倒れるまで戦って……。

 なんでもない日々が、こんなにも充実している。

 それが、どんなに幸福なことか……。



 (モランジェ視点)


 本当、困った人達です。

「おいモランジェ、そろそろ飯出来るからあいつら起こしてこい」

 ロンズちゃんのそんな言葉で共同寝室に向かうと、そこには横になって眠る二人が居ました。

 ラファロエイグちゃんとジャーニーちゃん。身長差的にはでこぼこですが、だからこそ噛み合っているとも言える私の一押しペア。

 カーテンの隙間から零れてくる星明りが、今日も一日訓練に励み、疲れ果てて眠りこける二人を照らす。

 寄り添い眠る、二つの星。

クリスマスだっていうのに……ほんと、サンライズフェスタしか眼中にないんですから。

 苦笑して、二人の肩を揺すります。

「ほら、起きてください。今夜はクリスマスなので、ロンズちゃんお手製のごちそうですよ。寝てると、全部食べちゃうんですからね」

 するとお二人は「「ごちそうっ!?」」と声を合わせて飛び起き、お腹の虫まで同時に鳴かせました。今日もエアリィ支部長に気絶するまで食い下がって、身体がエネルギーを求めているみたいです。

 そうして迎えたクリスマスの夜。テーブルに並んでいるのは毎年と変わらないごちそうなのに、今年は減りが早くて、ロンズちゃんが文句を言いながら急いで新しく料理をしてくれて。それを美味しそうに平らげる二人を、こっそりカメラで撮ったりして。

 サンタさんがもし居たとしたなら、この二人に勝利のプレゼントを。そう願わずにいられません。

 だってこんな調子で夏からずっと、毎日勝つ為に足掻いているんですから。

 だから二人がエネルギー補給を済ませて再び眠り、その横でロンズちゃんが酔い潰れて、リビングでダウンしたそんな彼女たちに毛布を掛けてあげている時。

「全く、小娘共が」

 自室から出て来たエアリィ支部長がリビングの惨状に頭を抱えると、私は思わず言ってしまいました。

「すいません。ただ……今日くらいは大目に見てあげてください。今私が二人にあげられるプレゼントは、ゆっくり眠ってもらうことくらいですので」

 そう言うと、エアリィ支部長はわしゃわしゃと私の頭を撫でました。

「言われなくてもわかっている。ご苦労」

 そうして残った料理の一部と酒を持って部屋に引っ込んでいくエアリィ支部長を見送り、私は三人の間の毛布に滑り込みます。

 いつもとは違う、クリスマス。

 今年はなんだか、温かい。

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