幕間
『超新星』と『鳴王星』の初デート
ある朝、先輩が言いました。
「シェリイ、デートをしましょう」
…………………え?
今やもう週の半分以上を過ごしている研闘師協会中央本部寮の先輩の部屋で、私は思わず固まります。
いや、だって、今……で、で……。
「あ、あの、先輩? 今なんと?」
「ですので、デートをしましょう」
聞き間違いではなかったみたいです。はぁ、そうですか。デート。デート……先輩と?
「い、いやいやいやいや、お、おおおお、恐れ多い、せ、先輩と、ででで、デートなんて、そんな、私、幸せ過ぎて死んでしまいます!!!」
「じゃあやめておきますか?」
「ぜひよろしくお願いします!」
思わず声が大きくなってしまいますが、それもしょうがないでしょう? 心臓が、もうなんというか、とんでもなく煩いんです。顔が熱い。きっと普段の三倍速で血流が巡っています。今にも体が破裂するんじゃないですか? そうしたら死因は先輩とのデート? あ、それならいいかも……。
混乱しつつも、いつも通りベッドから降りて「それじゃあ準備をしましょう」と着替え始める先輩に尋ねます。あ、もちろん指の隙間から神々しい先輩の裸体を拝見させていただきつつです。
「そ、それにしても、急にで……ととは、その、どうされたんですか?」
中学時代からの付き合いですし、今はペアまで組んでいますから、先輩とは二人で出かけたこと自体はあります。しかし、これまでは私が「二人きりのお出かけ。これはデートですね。シェリイは先輩を独り占めできて幸せです」と愛を伝えても、「仕事です」だとか「ただの買い出しです」と一刀両断されてばかりでした。
そんな先輩が、はっきりと「デートをしましょう」と誘って下さったんです。
訝しむ私に、先輩は着替えながら答えてくれました。
「中央決戦も終わって、これからもペアを組むと決めたでしょう? ですが、ペアとして考えたらシェリイは私に遠慮をし過ぎです。一部、勝手にベッドに潜り込んでくるような積極性はありますが、基本的には私の意見や指示を全肯定して、私に何も要求はしないじゃないですか」
いつもの黒色のトレーナーと白色のロングスカートを身に付けつつ、伸びてきた深蒼色のショートカットを手櫛で整えて先輩は続けます。
「今後二人で強くなっていくとして、シェリイが言いたいこともきちんと私に言えるようになってほしいんです。ということで、これからのデートではシェリィが行きたいところに行って、やりたいことをやります」
そうして手早く身支度を整えると、先輩は私に振り返って静かに微笑みました。
「ですのでシェリイ、どこに行って、何をしたいですか? 私にしてほしいことや、私と一緒にしたいことがあれば、なんでも言って下さい」
「な、なん、でも……」
思わず生唾を飲み込むと、自然に視線が先輩に吸い寄せられる。先ほど指の隙間から覗き見た細くも華奢ではない、鍛え上げれたしなやかな体躯。小ぶりでいつも丁寧に言葉を紡ぐ桜色の唇。小さくて繊細なお顔に、柔らかく垂れた瞳を飾るアンニュイな泣き黒子や、すらりとした鼻筋。指先だって一見雪像のように滑らかでありながらも日々の訓練によりマメができていて、思っているよりも硬そうです。
なんでも、そんな先輩のお身体にも……いや、触るとか、そういうこと以上の事も、もしや……。
そう考えていると。
「もう、デートですよ。なんでもとは言いましたが、〝そういうこと〟をするなら出かける必要がなくなるじゃないですか」
「へぇあっ!? や、あの、そ、っそそ、そうですよね! て、いやその、別に変なことを考えていたわけではないのでそういった勘違いをされるとシェリイ心外ですというか、」
視線から思考を読み取られたことにぎくりとしつつも、同時に先輩に頭の中から体の隅々まで私の全部を知ってほしいという欲望まで顔を出してきて、恥ずかしさとも嬉しさともつかない感情が溢れ出します。
そうして私がしどろもどろになる様をくすくすと嫋やかに笑って眺めた後、先輩はベッドまで近付いてきて、そっと私の唇に人差し指を立てました。
「〝そういうこと〟は帰ってきてからにしましょう。焦ることはありません。これから、私達はずっと一緒なんですから」
いつも柔和な表情を称える頬を、仄かに赤くして、先輩は言いました。
その顔があまりにも可愛らしく、心臓がぎゅうっと悶えて暴れ狂う感覚ばかりが私を満たす。
唇に先輩の指先の熱と、肌や肉の柔らかさと、マメや骨の硬さを感じつつ、なんとかこくりと頷きます。
すると「じゃあ早く支度をしてください」と先輩の指は離れ、私は「………………ひゃい」と答えることしかできませんでした。
(アララン視点)
茹蛸みたいになってしまったシェリイも、一時間もかけて支度をしているうちになんとか持ち直したみたいです。連れ立って中央都市ドゥヘイブンの街中へ繰り出すと、隣を歩くシェリイに尋ねます。
「それで、どこに行きますか? もし本当に思いつかないというのでしたら、私がエスコートしますが」
するとシェリイは、春らしい透け感のある白いトレンチコートと花柄のワンピースという清楚な服装で答えました。
「それは大変魅力的ですが、折角先輩にお誘い頂いたので、シェリイがご案内します。先輩の意図を汲んでこそのペアですので」
すっかりいつもの優等生のお化粧をしたシェリイは、飄々とした調子で微笑みました。
そうして辿り着いたのは、洒落たセレクトショップが並ぶ華やかな大通りでした。ドゥヘイブンの商業区画の中でも、おしゃれに敏感そうな人が集まる通りです。同じデザインの服を何着も着まわしている私みたいな女には縁がない場所ですね。
「ここは……」
「はい、私が今回先輩に要求したいのはおしゃれです。勿論先輩のお美しさはそれだけで全研闘師随一でありますし、日常の効率化を図るミニマリズムも大変尊敬しています。ですが僭越ながら、そんな先輩が着飾った所をシェリイは見てみたいのです」
部屋での痴態が嘘のようにぺらぺらと喋るシェリイは、作り物めいた流麗な仕草で連なるセレクトショップを指差します。
「もちろん服のみならず、この通りにはネイルショップ、美容院、エステサロン、ひいては香水やアクセサリーを手作りできるお店まで様々です。きっと先輩のお眼鏡に叶うおしゃれが見つかりますよ」
「ふふっ、なるほど。今日私は、シェリイの着せ替え人形にされてしまうというわけですね。この服たちも気に入ってはいるのですが……」
そうしてクローゼットに複数ストックがある普段着を見下ろします。黒色のパーカーと白色のロングスカート。室内外で着れる、大手ファストファッションブランドで購入した服たちです。
ですが、そんな服を見下ろした途端、ぱっとシェリイに手を掴まれてしまいます。そのままずいずいと煌びやかなショーウィンドウの前を引っ張られる。いつの間にか、優等生の仮面が少し剥がれて不機嫌そうです。
「あの、シェリイ? どうしましたか?」
尋ねると、彼女は逡巡した後に答えました。
「……先輩が、言いたいことがあるなら言ってほしいと仰るので、言いますが」
唇を尖らせた彼女の横顔は、苛立ちと羞恥に彩られていました。
「その黒と白の服、〝あいつら〟を思い出すので嫌なんです。というか、先輩持ってる服とか小物とか大体モノクロですし、それもあんまり好きじゃないです」
あいつらというのは、ラーファとジャーニーの事でしょう。私がこれまで本気でペアを組んだ二人。シェリイはその二人の事をよく思っていないみたいなんです。
「確かに、何かを買う時は白か黒のものが多いですね。単純にシンプルなデザインが好みというのもあるんですが……あの二人の事を思い出していないかと言われたら、弱りますね」
シェリイが打ち明けてくれた不満に満足しつつ、彼女の掌を掴み返します。
「では、新しい服のリクエストを一つ。オレンジが入った服をお願いしますね」
オレンジ。それはシェリイの宝剣の色であり、瞳や髪の色です。彼女を象徴する色。
「……良いんですか?」
「ええ、勿論です。そういう明るい色の服はあまり着たことがありませんが、それでシェリイが喜ぶなら何も不満はありません」
するとシェリイはショップを物色するようにして顔を逸らしつつ、言いました。
「……あの、先輩。自分で言うのもなんですけど、あんまり優しくされると……シェリイ勘違いして、調子に乗っちゃいますよ? 一応これでも、普段そこそこ、抑えてるので」
顔を背けていても耳まで赤くなっているので、彼女がどんな顔をしているかはわかります。相変わらず、優等生ぶっている割には化粧が薄いんですから。
ただ、そんな一途なところが、本当に……。
「もちろん、私だって嫌なことがあれば嫌と言いますよ。ですので安心してください」
いつも肝心な時に恥ずかしがって、こっちを向いてくれない彼女の頬にキスをする。
「色々と理由を付けましたが、〝こういうこと〟は私がしたいことでもありますので」
真っ赤になって振り返ったシェリイに、繋いだ手を持ち上げて見せる。シェリイに言いたいことを言えるようになってほしいというのも本心ではありますが、デートをする口実にすぎません。こうでもしないと、彼女が私に合わせるだけのデートになってしまうでしょうし。
「しぇ、しぇん、しぇんぱ、ひま、にゃにを……」
ふにゃふにゃになってしまった彼女の手を、転ばない様、優しく引きます。
「さあ? 気になるなら、次からは恥ずかしくても私から顔を背けないで下さいね。そしたらわかると思いますので」
「…………がんばります」
そうして俯きがちながらも、言われた通りちらちらと上目遣いで私を見て来るシェリイと一緒に、様々なショップを回っていきます。オレンジと蒼の二色が遣われたお揃いのパーカーなんかも買ったりして日中を過ごし、一緒に私の部屋に帰って、ご飯を食べて。
最後まで、とても充実した一日でした。
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