epilogue①

38話 『巨星ラファロエイグ』

 化粧台の前で、中央決戦優勝直後に撮った四人での写真を見つめる。

「……へへ」

 思わず笑みが零れて、胸の内が温かくなった。最近の私の毎朝のルーティンだ。この二か月は出張続きで帯剣走巡回ができてないけど、この写真を見ていると身体の調子が整う気がするの。

 この人生の絶頂とも言える日から早くも二か月。私とジャーニーは激動の一年が一区切りして、ようやくのんびり……なんてできるはずもなくてさ。

 中央決戦が終わるや否や、ありとあらゆるメディアからの取材やら撮影やら収録やら生中継やらに引っ張りだこで、それに合わせて研闘師として大陸各地への出張も爆増し、息つく暇もないくらいに働いているの。

 特にまあ、前者のメディア露出についてはあの『一番星』の偉業を阻止するなんて偉業を成し遂げたことや、単純に八年ぶりの新たなジ・ヘリオス誕生ってことに世間が大注目でさ。ジャーニーの目的である、黒色のタイタンライトへの迷信や偏見を失くす為の活動にも直結する仕事だったし、喜んで引き受けてたの。まあ、予想通りジャーニーはそういう仕事がだめだめで、私が頑張ってるんだけど。

 代わりに号持ちとして、ひいてはジ・ヘリオスとして中央本部から続々と回される特級指令については、正直まだ力不足な私をジャーニーが滅茶苦茶引っ張ってくれてる。号持ちってのはただ号を与えられているだけじゃなくてさ、東西南北に中央を合わせた五つの地方で、それぞれの支部協会なんかが対応できないようなでっかい仕事……暴走した黒死獣の討伐や、末期の闇侵病患者の治療対応、重度の夜化侵食除去みたいな特級指令と言われる難題に駆り出されるんだ。基本的にはペア単位での出張になるから、去年なんかはジャーニーはあんまり呼び出されなかったけど、それでも一年で三、四回は出張してたし。

 そんなこんなで、感慨に耽る間も無く二か月が過ぎて……。

「おいラファロエイグ、早く準備しろよ。もうそろそろ時間だぜ」

「え? うそ!? ちょ、ちょっと待って!」

 ちょっとでもぼうっとするとすぐこんな調子なんだ。四人での写真を化粧台の隅にそっと置いて、三面台を確認する。アンに教えてもらった中央の美容室で整えたブラウンの髪は、メディア露出も考えて今ではきちんと手入れしている。新調したモノトーンの協会制服はお洒落好きな『幻月』ペアが、大地主の家の伝手を使って有名なデザイナーさんに依頼して作ってくれたモノだし、これから挑む特級指令の相方ペアはあの『蠍座』ペアだ。

 他にも色んな研闘師の人達と一緒に仕事をして、やっぱり私達もまだまだだなって思うことばかり。

 つまりそれはさ、まだこれからやるべきことが一杯で……。

 もっともっと、強くなれるってことだ。

「おっけ、完璧」

 手早く身支度を整えると、化粧台に立てかけていた白鞘の長剣を掴んで立ち上がる。勿論紅色のハンカチはポケットに入っている。

「お待たせ、今日もばっちり可愛いでしょ?」

「そーだな。ああ、それとモランジェからメッセージ来てたぜ。なんでも支部長さんがまた新人連れてきたとかで」

「えぇっ!? もう、ホントあの鬼ババ様節操ないよね。確かに私達全然帰れてないから、穴埋めは必要だろうけどさ……でも、なんかもう帰ってこなくていいって言われてるみたいで……てかそんな新人ぽんぽん入れてもモランジェ達が大変だろうし? 第一あんなおんぼろ支部に二人も入ったら、いよいよ私達の寝るところが……」

「そん時は増築でもなんでもしてやろうぜ。第一、ロンズがいりゃあまあなんとかなるだろ。ほら、んなめんどくせえこと気にしてねえでとっとと行くぞ」

「ちょ、めんどくさいってまた言った! もう、明日の生放送で助けてあげないからね!」

「なっ!? それは、その……てか、そもそもなんだよ明日のあの企画! らぶらぶペアランキングって! いくらなんでもあんなのに出る必要はねぇだろ!?!?」

「甘い、甘すぎるよジャーニー。大衆ってのはみんな親しみやすさといちゃらぶに飢えてるんだから私達もジ・ヘリオスとして先陣を切っていちゃいちゃすることで全大陸民に夢と希望とときめきを与えないとただでさえ『一番星』さんがサンライズフェスタから引退するって大ニュースでみんな混乱してるところもあるんだし」

「だぁっ!!! うるせぇ!! つうか明日の生放送の件で毎日のようにシェリイから連絡来ててだるいんだよ! あと、『一番星』のサンライズフェスタからの引退なんてアタシは認めてねぇし本人に毎晩猛抗議中だ!!!!」

「はぁ!? あの二人とも連絡先交換してるの!? ちょ、私聞いてないんだけど!? ジャーニー友達多くない!? この節操なしその二!!!」

「てめぇはてめぇで全方向に節操なくめんどくさすぎるんだよ!」

「また言ったぁ!!」

 そうして言い合いながら宿を後にして、ぷいと拗ねて顔を背ける。

 でもその時、東の空に、名前も知らない大きな星が見えてさ。

 手なんか届くはずもない。

 でもほんのちょっとだけ、いつか見た気がする、そんな大きな星に近づけた気がして。

「……ねえ、ジャーニー」

「んだよ」

 呆れたみたいに肩を竦める彼女に、星空の下、見慣れない街の、知らないものに溢れた道端で、尋ねる。

「私達、どこまで行けるかな」

 すると身をかがめた私を、彼女は頼もしく、最高にかっこよく笑って見上げてくれた。

「どこまでだって行けるに決まってんだろ。これからもっと強くなって……もっと、上に行く」

「そっか……へへ、だね」

 そうして二人で歩き出す。

 夜が支配するこの天雲大陸の、光り輝く宝石でできた街並みを。


 眩い、明日への一歩を。

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