37話 『凶星』ジャーニー
心臓が高鳴り、血がどくどくと音を立てて耳元でうねる。呼吸の音がやけにうるさい。
気を抜いてしまえば倒れそうなくらいだ。『一番星』のヤロウの弾幕を凌ぎ続けた右手の握力は殆どなくて、間接は軋み、筋肉がはちきれそう。
そんな身体の声が、一つ一つ、分かるくらいに静かな決着だった。
残響する。砕けた黄金の宝剣の音。甲高くて、鈴が鳴るようで、軽やかで。
本当に、静かだったんだ。
たった……一瞬だけ。
かつん。
砕けた黄金剣の切っ先が地面に落ちた瞬間、まるで堰を切った様に。
刹那。
ドゥヘイブンが張り裂けるほどの大歓声が、街中から湧き上がった。
潰れそうなほどの喝采だ。決戦中は締め切られていた窓や戸が次から次に開け放たれ、狂喜とも絶叫ともとれる群衆の高鳴りが瞬く間に街中に蔓延する。
そんな中、アタシはやっぱり、信じられなくて。
でもふと顔をあげた、その時。
目の前にあった巨大電波塔がイルミネーションでもされたみたいに明滅し、五百メートルを超える巨大な全長から光力を圧縮した花火を立て続けに放った時。
その巨大花火が、空に浮かぶ光文字のスコアボードを粉砕し、塗り替えた時。
中央都市たるドゥヘイブンの夜空に、『凶星』と『巨星』の名前が、王冠を被せられて表示された時。
「……あぁ」
どうしても、アタシ達が優勝したことを示す夜空の光文字から、目を逸らすことができなかった。
「勝った、の、か」
体から力が抜けて、指先から黒剣が滑り落ちる。すると罅が入った刃は、地面に落ちるなり砕け散った。もう限界だったんだ。
それでも、本当に……。
「ジャーニー!!!!!」
膨れ上がった感慨に満たされそうになっていた時、ラファロエイグが飛びついてきて押し倒された。
「ねえ、私達……ほんとに……ほんとに!!!!」
普段は身長差のせいもあって、抱きしめられたらこいつの胸にアタシが埋もれるんだが、今は全く逆だ。アタシの胸で感極まって大号泣してやがるブラウンの髪を撫でる。
「泣くのが、早ぇんだよ、泣き虫」
「しょんなの、じゃあにぃいだっでぇえええ!!」
「ははっ、なんて……言ってんだよ」
感情を爆発させるラファロエイグを見ているといよいよ実感が湧いてきて、アタシも自分の目尻に湿り気が滲んできていることに気が付いた。ジャケットの袖で目元を拭いつつ、力を抜いて地面に身を任せる。仰向けに、無数の光力製花火が打ち上げられる夜空を見上げた。
「なあ、ラファロエイグ。ありがとな」
そうして今度はでかい背中を撫でてやると、ラファロエイグは大号泣している顔を更にアタシの胸に押し付けて、目一杯抱きしめ返してきた。
「うん、うん、わた、わだしも、ぎみが、いたから、いて、ぐれだ、がら……」
この一年間の記憶が荒波の如く去来する。去年の中央決戦で『一番星』に手も足も出ずにぼこぼこにされて、大混乱しちまって、焦って、荒れて、でも支部長さんがこいつと組ませてくれて、ロンズとモランジェが支えてくれて……。
胸が詰まって正気じゃいられないのに、ひどく温かくて落ち着いた心地でもあった。
そうしていると、中央決戦が終わったことで外出が解禁されたからか、この電波塔広場に街中から人が押し寄せて来る気配がした。勿論一足先に駆け付けた協会員達が遠巻きに円を作って抑制はしてくれるが、ほかにもドクターヘリが飛んできたり、腕章をつけた記者が警備をすり抜けてきたりもしていた。
そんな中、ぱしゃりとシャッター音がして振り返る。
私達のすぐ横に誰よりも早く駆け寄ってきていたのは、モランジェとロンズだった。
「……おめでとうございますっ、二人とも」
涙ぐんだモランジェがカメラを持ったまま鼻をすする。一方で、抱えてたモランジェを下ろしたロンズは痛快そうに笑った。多分ロンズが人込みを飛び越えて来たんだろう。
「見てて最高に面白かったぜ。約束通りだな、ジャーニー」
「はっ、だろ?」
ロンズが手を貸してくれて、ラファロエイグと二人で起き上がる。しかしその瞬間、ラファロエイグはずたぼろなはずなのに力強く身を翻して、今度は二人を纏めて抱きしめた。
「も、もらんじぇぇええ! どんずぅぅうう!!! ありがどおぉおお!!!!」
「きゃっ! ……ふふ、うん、わたしこそっ、ありがとうございます!」
「うわっ、きったね! つうかどんずって誰だよ……ったくよー」
三馬鹿がじゃれ合っている間にモランジェの手からカメラを取り、シャッターを切る。すると数回して満足のいく写真が取れた。
ただそうやって、一歩引いて三人を眺めていると、すぐ横から声がした。
「貴様は入らなくていいのか、『凶星』」
そこには『一番星』が立っていた。戦闘中みたいな、絶対的なプレッシャーは一切なく、微笑を称える美貌が見下ろしてくる。
「ま、アタシは言っても一年しか付き合いがねぇからな。それに比べてあいつらは五年近く一緒に居たんだ。三人だけの画ってのもいいだろ?」
「そうか。だが、その画が取れたなら貴様も加わってこい。勝利とは、冷めやらぬうちに分かち合い、祝福するものだ」
そうしてあろうことか、あの『一番星』がアタシの手からカメラを取った。
「へぇ、気が利くじゃねえかよ、王様」
「当然だ。勝ちの喜びは誰よりも知っているからな」
「はっはっはっは! そりゃ、てめぇはそうだろうなぁ!」
未だじゃれあう三人に合流する前に、『一番星』を見上げた。
「アタシら、お前に勝ったんだよなぁ……正直、次やっても全く勝てる気がしねぇけど。なあ、ちなみに玉座から引きずり降ろされた気分も、冷めやらぬうちに教えてくれよ?」
「ふっ、存外悪いモノではないな。確かにもう一度やれば勝つのは私だろうが……百度に一度の勝利を、掴むべき時に掴む力こそが、この中央決戦で問われているモノだ。これからきっと、その一度の勝利を引き寄せる力が必要となる。私は己の敗北よりも、むしろそういった力を持つ勝者が現われたことに歓喜しているよ」
「ちぇ、ちったぁ悔しがれよな」
悪態をつくと、『一番星』のプルトニーはアタシの背を優しく、力強く押し出した。
「ほら、早く混ざれ。医者や記者が来たら撮影どころじゃなくなるぞ」
「そうか……んじゃ、頼むわ!」
そうして去り際に、『一番星』の肩を軽く小突いた。
「楽しかったぜ! またやろうな、プルトニー!」
すると奴は、一瞬だけ驚いたみたいに目を開いた。ちょっとやり返せた気がしてすかっとしていると、丁度三人もこっちに気付いたみたいだった。
「びえぇええええええええええええんっ!!! みんなありがどぉおおお!!!」
「て、えっぇえええ!?!? 『一番星』様が、わ、わたしのカメラを、ぎゃああああああっ!!」
「おいジャーニー! 早く手伝え! でか女とオタクが暴走してやがる!」
「はっはっは! どこにいてもうるせぇなぁてめぇら!」
支部長さんに貰った紅いハンカチでぐちゃぐちゃな顔を拭うラファロエイグと、絶叫して乱舞するモランジェと、そんな二人を怠そうな顔で纏めるロンズ。
その輪に飛び込んで、『一番星』が構えたカメラを向く。
大歓声の中、微かに響いたシャッターを切るその音を、きっとアタシは忘れない。
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