36話 『一番星』プルトニー
奴らが纏う空気が変わった。
……来るか?
〝流星剣〟。あの合技は格別だ。言うならば、そもそも合技という枠にすら収まらない規格外の代物。
真正面から受けてわかったのだ。あれは私でさえ、真正面からでは受けきれない。
だが、同時に拙さも残る。それは撃つタイミングであり、あるいは撃ち方でもある。そこに慢心があるのは確実で、だからこそ私が〝謳金響〟で食い破る隙があった。
だが。
その時、視線が通じる。表情に思惑と気迫を滾らせた『巨星』の双眸。それはまさしく、私という獲物を捕らえたと言わんばかりの狩人の眼光。
鬼神の如き、得体のしれない迫力。
観察力、思考力、実行力。一目見ただけでわかる。その全てが、この戦闘の間に飛躍的に上昇している。私という強敵を前にして、進化している。
その事実が……たまらなく喜ばしい。
……私が〝流星剣〟を破ったカラクリには気付いた様だな。だが、それでもこの撃ち合いが一方的なことに変わりはない。現状に気付き、考え方が変わったとしても、奴らにこの現状を打破するだけの行動はおこせない。
思考する。あの二人の宝剣は長くは持つまい。蓄積されたダメージは、受け太刀は愚か、過度な攻め太刀にすら耐えられないだろう。〝流星剣〟を撃てたとして、その途端に『巨星』の宝剣は出力に耐えきれず崩壊する。
となれば、奴らの企みは……〝流星剣〟諸共『巨星』が囮になり、別角度から『凶星』が叩きに来る、辺りか。
事実、螺旋運動を加えた〝謳金響〟は、一点突破故に射程規模は狭まっている。ならば二手に分かれさえすれば、片方が射線から逃れることは可能だ。
だがそもそも、反撃に転じる隙を与えなければ、このまま私が押し切れる。
そうして二本の黄金剣を閃かせ、一層強度を増した弾幕を奴らに掃射した。
その時だった。
「ここだ、ジャーニー!」
「おう!」
掛け声とともに『凶星』が黒剣を振り抜き、宙に格子状の黒光を走らせる。〝二逢剣〟という奴らのもう一つの合技の構えだ。
……だが、このタイミングで? 圧を増した私の弾幕を正面から攻略するつもりか? そんな無駄撃ちをしている余裕など、
思考した、その時だった。
気が付く。黒剣を振り抜いた『凶星』の後ろで、『巨星』は長剣を振る素振りさえ見せない。
……何を企んでいる?
そしてとうとう、私の黄金弾幕が奴らへと殺到した刹那。
「ハァッ!!」
『凶星』が黒剣を縦横無尽に振り抜く。それも先ほどまでの、私の光弾の芯を捉えて斬り飛ばす斬撃ではなく、むしろ意図して光弾のすぐ横を過ぎり、掬い取るような軌道の太刀筋。
すると、引力を発生させる奴の黒剣の輝きによって私の光弾の軌道が捻じ曲げられ、宙に刻まれた格子状の黒光を軸に反転し……〝こちらに向く〟。
直後、撃ち返されたのは〝私の黄金光を使った二逢剣〟だ。奴らを磨り潰すために強度を高めた黄金弾幕が、黒剣に唆されて一斉に反旗を翻す。
「ほう、面白い!」
普段から『巨星』の斬撃光を斬り飛ばしているのだ。ならば確かに他の光を斬り飛ばせない道理はない。無論相棒でない者の光を斬り飛ばすとなれば、息を合せることも出来ないため難度は跳ね上がるだろうが……。
……私の弾幕に慣れさせ過ぎたか。いや、かと言って攻め手を緩めれば勝機はあちらに渡っていた。ここまで凌いでのけた『凶星』の剣技の賜物か。
素早く右腕の円筒剣を振り抜き、新たな光弾を瞬く間に身辺に展開。また即座に迎撃仕様の速度重視の調律を全ての光弾に施し、跳ね返された黄金弾幕に向けて速射を放ってそれら全てを叩き落とす。
〝また、そんな一秒にも満たない迎撃射撃の傍ら、同時に左手の短剣を振り抜いて新たな光弾を生成〟。
脳みそが分離し、視界が二分され、身体がばらばらになるような感覚。しかし深い胸の内で魂と思考は接合している感覚がある。考えて思考するのではなく、指先で、血で、内臓で、骨で、身体の全てで思考をする。
弾幕の撃ち返しによってリズムを崩してきた/反撃が来るとすればこのタイミング/『巨星』の行動に注目/むしろこれを機に〝流星剣〟を誘い込む?/弾幕を中断して迎撃に専念/『凶星』の足止めは必須/撃ち返されないように光弾を特殊調律/〝謳金響〟を撃つ余力を残して/弾種二種融合成功/複製/追加調律炸裂性能付与成功/『巨星』の〝流星剣〟、『凶星』の接近への対処準備完了。
距離を詰められないように飛び下がりつつ、電波塔広場の花壇を飛び越えながら、肉体を流れる並列思考を間断なく実行する。さしもの私でも脳の奥深くに針が突き刺さったような痛みが走るが、その苦痛があまりにも甘美で愛しい。
この没頭こそが、私が追い求めていたものだ。
そうして視界の中央に二人を見据えつつ、一秒が何倍にも引き伸ばされたような、水の中にでもいるような心地の中。
『凶星』の前に入るように、一歩前に踏み込んだ『巨星』が長剣を後背へと振りかぶったのが見えた。
来るか。
集中。求められるのは完璧なタイミングと、完璧な射撃。でなければ〝流星剣〟は防げない。
奴が長剣を振り抜いたタイミングで〝謳金響〟を生成し、右方向に二メートルのステップ。〝流星剣〟が放たれたタイミングで〝謳金響〟に螺旋運動を加え、下方から三十八度の角度で上昇するように放つ。
そうして来たる一瞬へと。
奴の長剣へと、全神経を、注いで。
純白に輝く刃が……。
〝振りかぶられたまま、奴の後背で爆発的な純白光を噴射した〟。
「は?」
瞠目した、刹那。
〝斬撃光を真後ろへと噴射して推進力を得た『巨星』が、一瞬のうちに私の眼前へと迫ってきていた〟。
「なにっ!?」
喉元を走り抜けた驚愕と共に、即座に〝謳金響〟の為に残していた余力で光弾を構築、最速での射撃に移行する。
だが、さしもの私とて間に合わない。『巨星』が、あまりにも捨て身の突撃を行ったからだ。姿勢制御も何も放り捨てた、ただ斬撃光の噴射による推進力頼りの全力タックル。
私の光弾が放たれたのと、奴の巨体が私の肉体を強烈に弾き飛ばしたのは、全く同時だった。
「が、はっ!!」
まるで装甲車にでも撥ねられたような衝撃に、肺の空気が絞り尽くされ、筋肉が、身体機能が、一瞬で硬直する。護光チャームによる守護で身体に損傷こそ及んでいないが、あまりにも重い一撃。
ただ、それでも私の思考は途切れない。
……〝流星剣〟に囚われ、後手に、受けに回ったのが仇となったか。確かに刃を持たない私の宝剣を相手に、身体を曝け出した特攻は有効だ!
これが『蠍座』や『凶星』のように、剣の扱いに長けた研闘師であったなら、いくら意表を突いた特攻をしようと首筋に刃を放たれ、護光チャームが致命打を受けたと判断し即座に失格となるのだ。
しかし、それでも全身をなげうって特攻を仕掛けてくるなど……。
実際、『巨星』は私の速射に全身を穿たれ、その場に崩れ落ちる。長剣は粉々に砕け、護光チャームも損耗し、全身へと火傷跡のような重傷が及ぶ。
そんな難敵の沈む様を見ながら、
〝同時に〟思考する。
……残るは『凶星』。この機を狙い詰めてくるはず。まだ、奴の足止めの為に特殊調律を施した光弾群は残っている。これを確実に、仕留めに来た奴に放つ!
電波塔広場のタイタンライト製石畳を、蹴り飛ばされた小石の如く無様に転がりつつ、受け身を取ることも後回しに、首を回して視界を確保する。
ただそうして視界に入ったのは、接近してきた『凶星』……ではなく。
〝私を追う様に迫る、無数の純白の斬撃光だった〟。
「なん、だとっ!?」
間違いない。あれこそ奴らの〝二逢剣〟だ。純白光を見ればわかる。
だが、いつの間に? 『巨星』は斬撃光など、放っては……。
いや、否!! そうか。あの〝推進力にするために真後ろに放った噴射光〟か!
確かにあの一瞬、『巨星』は『凶星』の前へと踏み出していた!
二段構えの奇襲。
『巨星』に撥ね飛ばされ、ろくに体勢も整っていないこの状況では、新たな光弾を生成することなど不可能。
「チィっ!」
よって、放たれた〝二逢剣〟の対処には、残していた特殊調律光弾群を使わねばならず。
そうして〝二逢剣〟を防ぎきり、身を翻して受け身を取って、すかさず両手の黄金剣を構えた。
その、刹那。
眼前。一足の間合いに。
漆黒の影が迫り来ていた。
「よぉ、待たせたなぁっ!!!!」
獰猛な獣の如き笑み。ヘラで整えたチョコレートケーキのような黒い肌に包まれた小柄な体躯に、ありありと不屈の闘志が漲っている。
「届いたぜぇ、『一番星』っ!!!!!!!」
躍る黒き肉体は野獣の如く、空を切り裂いて駆け抜ける闇の切っ先は目にも止まらぬ速度。
常人が剣を振り抜くよりも早く速射を放てる私とて、この至近距離では追いつけない剣速。
即座に二本の黄金剣を振り抜き生み出した光弾の数々を、放つ前に、悉く食い散らかされて。
交錯。
黒い風が私のすぐそばを駆け抜けた、直後。
両手に握り締めた黄金剣が、跡形もなく、粉砕された。
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