33話 『超新星』アララン

 幾度もの剣戟を経て、私達は肩で息をしながら距離を取ります。

 優勢なのは私です。でも『巨星』もしぶとく、知性的に巧みに、あるいは生物的に強靭に耐え凌いでいます。彼女の剣技は細やかさこそないものの、一挙手一投足のスケール感が大きく、その全てに明確な意思と理性を感じるんです。

 まだ拙さは残るものの、アイラ剣術学院中等部でスランプに陥るまで、確かに彼女が纏っていた鬼神にも似た実力の片鱗が垣間見える。

 それがたまらなく、嬉しい。

 私が傷付けてしまった大切な人が、こんなにも力強く、私の前に立ち塞がっているなんて!

「存外にしぶといですね、『巨星』」

「諦めの悪さには自信があるんだ」

 そうして、『巨星』は半身に腰を落として、笑いながら切っ先を私に向けます。

「もううじうじ悩むのは、やめたから」

「ふふっ、そうですか」

 思わず私も笑みが堪えられなくなります。

 そして、右手のパイルバンカーを下ろして構えを解きました。

「……どうしたの? 構えなよ」

「いえ、どうやらここまでのようです」

 私は湖畔を囲う木立の中に目をやりました。そこから小さな黒い人影が歩み出てきます。

 『凶星』のジャーニー。多少の手傷はあるものの、どれも大きな損耗じゃありません。

 そして彼女がここに来たということは、つまりシェリイは。

「彼女の実力はよく知っています。私では敵いません。なのでここまでです」

 すると、ジャーニーはばつが悪そうにしつつも、それでもはっきり言いました。

「……また、諦めるのか? お前なら、アタシに勝てなくてもできることが、」

「諦める……ですか。それは少し違いますね」

 しかし、彼女の言葉を遮って言います。首から下げた護光チャームに触れて、光力の供給を断ち切りました。すると途端にチャームは光を失い、私は棄権扱いとなって、夜空のスコアボードの『凶星』ペアに撃破点が追加されます。

 そうして、並び立った二人を見る。身長差も大きく、互いにピーキーなスタイルで、それでもペアとして驚くほど収まりが良い二人。少し、嫉妬してしまいます。

「多分私は、まだ何も始めていませんから。諦めるという程挑戦をしていない。今ようやく、スタートラインに立った気がするんです。私はきっと、これからです」

「……そうかよ」

 答えたジャーニーの大人びた穏やかな顔は、一度も見たことがないモノでした。きっと彼女も成長しているんです。それはみんな一緒。私達はまだ十七歳。この中央決戦出場者たちの中でも最年少の部類。

 何も急ぐことはありません。彼女たちのように強ければ駆け抜けることもできるかもしれませんが……私のような凡人はきっと、転んで壊れてしまう。

 一歩一歩、足元を確かめながら、寄り道せずに進んでいく。それが私に合っています。

「にしても本気で行くって言ったのに、押されてた挙句ペアに助けられるとかださいね、私」

「ラーファは昔からそうでしょう。肝心な所で鈍感で、ヘタレで、運がなくて」

「ちょっとアン? 今すっごいぼろくそに言われた気がするけど?」

「だから、誰かが支えてあげなきゃいけないんです。一人じゃ落ち込んじゃう寂しがり屋ですから」

「…………もう、余計なお世話」

 口を尖らせるラーファからジャーニーに視線を移します。

「ラーファの事、任せましたよ。何かとめんどくさい所があると思いますが、良い子なので」

「わぁってるよ。良い奴なのも、めんどくせぇのも」

「ふふっ、流石ですね」

「ねぇ今めんどくさいって言った? 言ったよね? どういうこと? そんな風に思ってたの!?」

「だぁっ! うるせぇ! ほらちゃっちゃと切り替えろ! こっからだぞ、本番は!」

 そうしてぎゃあぎゃあ言い合う二人を置いて、私はそっと湖畔を離れます。

 向かう先はフリーフォールの下。恐らく、シェリイが負けた場所。

 すると思った通りに、通路の真ん中に蹲る彼女が見えました。身辺には砕かれたチェンソーが散乱していて、ぼろぼろになった学生服が惨敗を物語っています。

「シェリイ、大丈夫ですか?」

 声をかけると、彼女は膝を抱えたまま鼻をすすりました。

「……ごめん、なさい。負けちゃい、ました」

「こちらこそすいません、降参してしまいました。まだまだですね、私も」

 するとシェリイは、ばっと弾かれたみたいに顔をあげました。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔には、普段の完璧な化粧が施された優等生の姿はどこにもありません。

「それは、私が、『凶星』を全然止めれなかった、からで……先輩は、悪く、う、うぅっ!」

 また泣き始めてしまったシェリイに苦笑して膝を付き、ハンカチで顔を拭ってあげます。

「じゃあまだまだなのは私達、ですね」

「だ、だからぁ、先輩は、何も悪く、」

「何を言ってるんですか。これからも二人でやっていくんですから、こういう時はきちんとペア単位で考えないと駄目ですよ。私も、貴女も悪い。未熟だった。そうきちんと認識しないと、前には進めません」

「………………ふぇ?」

 呆けたみたいにオレンジの目を丸くするシェリイに対して、首を傾げます。

「どうしました?」

「え……だ、だって今……先輩……これからもって……」

「私、何かおかしなことを言いましたか?」

「い、いえ……でも、先輩……一年以上、同じ人と、ペア組まないから……私も、もう……」

 もしかして、この中央決戦を機にペアを解消するとでも思ってたんでしょうか。別にそんなつもりはなかったんですが……でも確かに、そう思われていても仕方ないのかもしれません。

 なら。

「私、実はこの一年で思ってたことがあるんです。あの二人と別れて良かったんじゃないかって。そして今日、それが確信へと変わりました」

 綺麗にシェリイの顔を拭ってあげてから、目を合わせます。

「あの二人と別れたから、貴女と組めたんです。凡人同士、ゆっくり、でも止まらず、進んでいきましょう。負けたとしても死んだわけじゃないんです。涙が止まらないくらい悔しくても、きっとその経験が、天才たちを凌駕するための血肉に変わる。そうやって来年も、再来年も、一緒に私と戦いましょう。いえ……戦ってください」

 シェリイに、手を差し出します。

「お願い、できますか?」

 するとシェリイは一際大きく顔を歪めて、また大粒の涙をぼろぼろ流しながら、ぎゅっと私の手を握ってくれました。

「……こちらこそ、よろしく、お願いします」

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