32話 『鳴王星』シェリイ
ありえない。そうとしか言えない程に、あまりにも、一方的だった。
「はあ……はあ……」
体が重く、指先の感覚がない。膝に力が入らなくて、肺と脇腹が千切れそうなくらい痛い。
立っていられず、フリーフォールの真下でへたり込んでしまう。すると、私を一方的に叩きのめして見せた黒剣が視界の隅にちらついた。
「もう終わりか?」
唇を噛んで睨み上げる。『凶星』はジャケットスタイルの制服の端を焦がしつつ、細かな手傷を肌に刻んでいるものの、なんら消耗などしていない様子で立っています。
反面私は満身創痍。フリーフォールの上から『凶星』ペアを引きずり下ろすために黄金光の雨を強行突破し、すぐさま離脱をしようとしたものの『凶星』に阻まれて、周囲一帯の黄金光の集中砲火に巻き込まれました。かろうじてチェンソーを最大限噴かせて吹き飛ばしましたが、その隙を突いた『凶星』に叩き落され、着地後に数合打ち合っただけで宝剣に罅を入れられた。
正対してわかるんです。手も足も出ない。
それでも拳を握りしめて、膝に手を付きながらも立ち上がる。
「……舐めないで下さい」
チェンソーを構えると、圧倒的な剣技を持つ『凶星』は静かに臨戦態勢を取った。隙の無い、リラックスした構え。ぴたりと一切体幹がブレず、それでいて一度動き出せば全身が無駄なく連動した躍動を発揮する、静と動の制御が完璧な剣術。
『凶星』の剣技を侮っていたわけじゃありません。『凶星』ペアの中でも派手で目を引くのは『巨星』の方ですが、あいつは実際の所、単体としてはまだ発展途上も良い所。一人でできることは思った以上に少ない。
でも『凶星』がいると話は別。『巨星』の斬撃光の有効射程が大幅に延長され、ヘイトを集める無理やりなパワープレイもタフな『凶星』の剣技があれば強硬できる。『凶星』は、地方本戦で『蠍座』に一方的に攻められてはいたけど、そもそもあの近接最強クラス相手に何分も凌げるだけでイかれてるんです。
剣技の天才。身体的に恵まれていないように見えても、その瞬発力と柔軟性、気力、身体操作力、ありとあらゆる運動性能が常軌を逸している。
それに比べて、私は……所詮、秀才の枠を出ない凡人。
誰よりも努力をしてきた自負はあります。だって先輩がそうだったから。
先輩が中等部一年生の時に優勝した学内フェスタを小学生の頃観戦して、彼女の剣に惚れこんだ。その時は鬼神の如く化け物じみてたラファロエイグばかり注目されていましたけど、そんな彼女が最大限自由に立ち回れるように寄り添っていたのが先輩です。
破天荒なラファロエイグを基礎を固めた強固な受け太刀で時には護り、あるいは彼女が囲まれれば即座に包囲網を攪乱する気の利き方は、常に相棒の助けになっていました。
派手なんかじゃない。見向きもされない。賞賛されるのはラファロエイグばかり。
それでも先輩は、ただ相棒の為だけに己の全てを捧げるように影に徹して、小さな幸せを噛みしめるみたいに笑って。
そんな等身大で、健気で、真面目で、優しくて、純粋な先輩の剣が。
決して特別な才能があるわけでもないのに、自分にできる範囲で最大限、全てを人の為に捧げるような奉仕の剣術が。
小学生ながらにひねくれて、夢も希望も何も持たず、変に気取って適当に生きていた私には、酷く美しく見えたんです。
だから私もひたすら剣と体を鍛えた。アイラ剣術学院中等部に入学した時の成績はぶっちぎりのドベでも、朝から晩まで、食事から、睡眠時間から、全てを管理して強くなることに集中した。徹底的に要領よく、ストイックに日々を積み上げた。
その結果、中等部三年生の時にはとうとう学内フェスタで優勝までして、先輩とペアまで組めて、今では号持ち。
なのに、やっぱり私は……本物には、敵わない。でも、それがなんだ。
「偉そうなことばっかり。強い奴らはいつもそうだ。人を振り回すだけ振り回して、勝手に決めつけて、私達が追いつけない速度で進んで行って、転んだ人の事なんて見向きもしない!」
怒りに身を任せて気を焚きつける。チェンソーのプラグを掴み、引き千切るような勢いで光力を置換させたエンジンを噴かすと、獣の方向に似た轟音がけたたましく響く。
「私はそんなの許さない! 恵まれてるくせに腐って諦めて先輩を捨てた『巨星』も、ただ馬鹿みたいに『一番星』に突っ込んでって無様に負けた挙句に先輩を置き去りにしたお前も! 強いくせに、強くなれるくせに、たかが一回や二回負けたくらいで腐って荒れる雑魚なんか、私が斬り潰してやる!」
激昂のままに身を沈め、ありったけの力を振り絞って地を蹴る。両手で握ったチェンソーを振りかぶり、決断的に踏み込んで、勇ましく鳴り響く回転刃を振り抜く。
でも。
交錯した一瞬の後。目にも止まらない速度で瞬発した『凶星』の体躯が稲光のように閃き、大上段から叩き落された黒剣が、一撃で私のチェンソーを粉砕した。
刃を失い、空を切ったチェンソーの軽さが、絶望感と成って胸を軋ませる。
膝から崩れ落ちた私に、『凶星』は言った。
「お前の言う事にも一理あると思うぜ。アラランにだって、アタシも悪いとは思ってる。だが後悔はしてねぇ。一番になる為には……なりふり構ってられねぇんだ。上には上が居るから」
『凶星』は黒剣を鞘に納めると、私を見下ろした。
「そういうやつらに追いついて、追い越すには、諦めてる暇も、遅ぇやつに歩幅を合せてる暇もねえ……悪ぃな、先行くぜ」
踏み出した『凶星』はカヌーのアトラクションの方に向かう。『巨星』と合流しに行くんだ。
その背中に、叫ぶ。
「次は、負けない!」
すると黒色の小さな背中が止まった。立ち上がって、続ける。涙が止まらないけど、それが惨めだけど、そんなの慣れてる。
「私はお前達とは違う! 負けたくらいで自分を見失わないし、腐らないし、荒れないし、足りないところをちゃんと分析して、毎日、また、少しずつだって止まらない、間違えない!」
内臓がぐちゃぐちゃになってしまいそうなくらいの悔しさを、叩きつける。
「今に見てろ! 絶対、ぜったいお前よりも強くなってやる!!!」
「……そうか」
すると『凶星』は半身振り返って、どこか懐かしそうに微笑んだ。
「何度だって受けて立つ。楽しみにしてるぜ、『鳴王星』」
そんな『凶星』の姿が悔しいくらい格好良くて。
その黒い小さな背中が見えなくなった後、私は再び、その場に崩れ落ちた。
空がやけに、広く見えた。
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