31話 『巨星』ラファロエイグ
深蒼のショートカットと細身の体躯。着ているのは生真面目そうな淡色のスーツ型の協会制服だ。穏やかそうな垂れ目の下には特徴的な泣き黒子があって、宝剣は右腕の籠手と一体になったような特殊な形状。いわゆる、パイルバンカーと呼ばれるものだった。
正対する。距離は十メートル程度だけど、その距離はもっと長い様に思えた。アンも居づらそうに唇を噛んで、戸惑いとも、なんとも言えない眼差しで私を見ている。
……戦う人の目じゃない。ああ、やっぱり……。
「会いたくなかった? 私とは」
「いえ、それは……」
言葉を濁したアンは目を伏せる。一週間前の朝、私達から逃げた時のことでも思い出しているのかもしれない。あの時覚えた胸の痛みが蘇る……でも。
「ごめん」
「あ、謝らないで下さい! 貴女を傷付けたのは……私が、弱かったからで……私、こそ」
「そのこともだけどさ……でも、そうじゃないんだ」
「え?」
長剣を握り込むと、刃が純白の光を帯びる。力が戻って来た。これならきちんと戦える。
「私はここに、君に会いに来たわけでも、昔話をしにきたわけでも……謝りに来たわけでもないんだ。この決戦に、勝ちに来た」
深呼吸をする。意識して、胸の中の痛みを無視する。
「だからこの話はここまでにするよ。続きは、アンが許してくれるなら、この決戦の後に話そう。必ず、どれだけだって時間を作って会いに行くから。もう、逃げないから」
半身になって足を開き、腰を落として、長剣を構える。光り輝く純白の切っ先がアンに向く。
「今は戦おう。本気で行くよ。今度はちゃんと、最初から」
一度深呼吸をして、はっきりと口にする。
「構えなよ、『超新星』」
すると『超新星』は、目を大きく開かせて息を吸った。それは枯れた花が水を吸って美しく咲くように。瑞々しく表情に彩りが加わる。私が再起したのを心から喜んでいるみたいだ。
……ホントに、馬鹿みたいにお人好しなんだから。
「そうですね……私達はまず、言葉よりも剣で語り合うべきです」
彼女は、右手を覆う様に包むパイルバンカーを胸の前で構えた。ボクシングスタイルの、研闘師でも珍しい構え。ていうのも、彼女は右腕の後遺症のせいで剣を扱えないらしいんだ。
それでも彼女は再起して、今ここにいる。腐ってた私なんかとは大違い。
パイルバンカーが青色の光を炎のように纏う。
「準備はいいですか、『巨星』」
「うん」
見つめ合い、息を整え、互いに深く踏み込む。
激突は一瞬だった。私が袈裟切りに振り下ろした長剣を、『超新星』は素早く見切って右腕を振り上げ、その内肘を左手で支える防御態勢を取る。
そうして交錯した、刹那。けれども私が長剣を押し込むより先に、パイルバンカーの切っ先が〝爆発〟したんだ。
そもそもパイルバンカーってのは、杭状の刃を磁力や火薬などといった推進物質を用いて射出し、極近距離において無類の貫通力を誇る武装だ。それを宝剣として扱うなら、推進物質は光力に置き換えられる。
つまり今の爆発っていうのも、いわば『超新星』がパイルバンカーで青色の光力を炸裂させて杭を作動させたということ。
でも、宝剣として扱う上で〝射出〟の機構は排除されているみたいだった。一瞬だけ杭が前後にピストン運動をしただけだ。でもそれは、他のものと接触することで光力を増すタイタンライトの性質上、内部に更に光力を溜める機構でもあるということ。
よって、一瞬にして『超新星』の手元で生じる衝撃は、爆発的な威力を誇る。
「くっ!」
だから、長剣とパイルバンカーの切っ先が触れ合ったのは一瞬。たちまちのうちに長剣が弾き飛ばされたんだ。いくら私が力自慢でも、触れた途端に爆発なんてされたら腕力じゃどうにもならない。
ただ、勿論そんな強力な衝撃を伴う爆発は、『超新星』にとっても馬鹿にならない反動を与えるはず……だけど。
「シッ!!」
むしろその反動を利用し、軸足を踏み込んで右腕を引くように一回転した『超新星』は、その遠心力をありったけ込めた回し蹴りを叩き込んできた。
長剣を弾かれて体勢を崩された私は辛うじて身を引くことしかできず、脇腹を思いっきり蹴り飛ばされて吹き飛ばされる。湖畔の芝生を転がりつつ、すぐに受け身を取って顔を上げる。
すると、『超新星』が私に向けてその右腕のパイルバンカーの切っ先を定めた所が見えた。
刹那、再びの轟音が立て続けに木々を震わせる。放たれた青色の光弾は目にも止まらない速さで私に向けて飛んでくる!
咄嗟に長剣を×字に振り抜いて斬撃光を放ち、迎え撃つと、私達の中間地点で相殺し合って爆炎じみた光塵が舞う。
でも手は止めない。すかさず刃を切り返して光塵の中に斬撃光を放つと、甲高い炸裂音がした。当たった手応え。
だけどそれで止まるようなら号持ちにはなれない。額から血を流しながらも疾駆して光塵を踏破した『超新星』が、低い姿勢から飛び上がって襲い掛かってくる。
それを迎え撃とうと、剣を振り上げた瞬間。
飛び上がって振り上げたパイルバンカーを宙で炸裂させた『超新星』は、その反動を使って跳躍の軌道を捻じ曲げ、長剣を急転直下に回避。
そのまま私の足先を狙った刺突とも殴打とも取れる右腕の一閃を放ち、私がすんでのところで脚を引いて躱したかと思った時。
地面を突いたパイルバンカーが炸裂し、衝撃波と青光にたまらず吹き飛ばされる。
また湖畔を転がりつつ、受け身を取って、唇の端から流れる血を舐めとる。
「つっよ」
思わず笑って呟いてしまうと、彼女も額から流れる血を拭って微笑んだ。
「貴女の本気を受け止められるように……努力してきましたから」
そうして、私よりも一年早く号持ちになった彼女は、パイルバンカーを装着した右手の指を挑発するみたいに曲げた。
「まあそんな『巨星』の本気とやらは、思ったほどじゃなかったみたいですが?」
「はっ、言ってくれるね!」
立ち上がって長剣を構える。すると向こうもパイルバンカーを構える。
彼女が強いのは当たり前だ。だって私が腐ってた四年間、ずっと努力をしていたみたいだから。右腕を満足に使えなかった二年生の時も身体トレーニングは欠かさず、合わせて格闘術の修練に励み、三年生になったら宝剣をパイルバンカーに変えて、色んな人とペアを組んでとにかく実戦経験を蓄積。そんな武者修行とも言える過程でパイルバンカーの炸裂と格闘術を組み合わせた固有の近接戦闘術を構築し、学内フェスタで二度目の優勝を果たして、スカウトに応える形で南部本部へと就職。
忍耐と努力と研鑽。積み上げた技の重みは、私なんかが断ち切れるものじゃない。
それでも、本気でやると決めたから。
「私はここからだよ。今にわからせてあげる」
「私だってこんなものじゃありません。貴女の全てを凌駕して見せましょう」
そうしてまた、踏み込む。
夜空に、一片の曇りもない剣戟の音色が、高く響き渡る。
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