30話 『巨星』ラファロエイグ

 準備していた合技の発動を保留し、唇を噛む。眼下の遊園地を埋め尽くす双子の影分身。大洪水、氾濫。そんな風に見える無限増殖。

 『幻月』ペアの〝月景珠〟だ。この合技の恐ろしい所は、木を隠すなら森の中という具合に、双子の動向が完全に解らなくなること。双子として己と妹を知り尽くした『幻月』が作る幻群は一切見分けがつかないの。だから相手は『幻月』ペアの居場所が全く分からなくなる挙句に、襲い来る影分身のどれを相手にすればいいかわからず、必然的に対応が後手に回り、確実に当てようと攻撃規模を無駄に広げれば燃費も、射程も、火力の面積割合も低くなる。だからと言って影分身も濃淡がばらばらで、飛びつかれて動きを阻害されたり、宝剣を狙われたりもするから無視できない。

 そして受けに回ったが最後、守りに入ろうものなら。

 どれだけ完璧な防御態勢を敷こうとしても、三百六十度全方位を警戒し、塞ぐことなんて困難極まる。

 つまりそんな警戒の、防御の、意識の穴を突くことなんて、こと精密性に関しては『一番星』にも匹敵するディサロンノちゃんにとっては造作もない。

「最悪なタイミングで、ほんっとにもう!」

 悪態を吐いて、ジェットコースターレールを駆け上がってくる無数の双子の影分身に斬撃光を放ちつつ、四方八方から飛んできた銀光矢を片っ端からジャーニーが斬り落とす。

 いつだ。いつ、本物が来る。

 警戒しつつも、ジェットコースターレールの頂点にいたからか、空中の光文字のスコアボードがふと目に付いた。

 そこに記されている現在順位は、一位が『一番星』で、僅差で二位が私達『凶星』ペア。でもその点数の内訳は、まだ殆ど占領点だ。

 だからこそ。

 一瞬にして、〝一位に『幻月』ペアが躍り出て〟、そういうことかと舌を打つ。

 彼女たちに加算されたのは撃破点。つまりこの大混乱に乗じて、『幻月』ペアは私達じゃなく、周りに集まった他のペアを狙ったということ。

 でもそれは正しい狙いだ。だってサンライズフェスタは総獲得点数が決まっているバトルロワイヤル。一番点数を取ったもの勝ちな形式上、強者を倒しても弱者を倒しても点数は同じ。

 それなら試合を主導している組よりも、そいつらに振り回されている隙が多い組を狙って点数を稼ぐ方が安全で効率的。

 狡猾で、対戦相手が作った試合展開を乗りこなしながら上回る対応力に優れた戦法。それが『幻月』ペアの真骨頂。

 ……相変わらず厄介な!

 地区予選から付き纏うライバルの脅威に内心で悪態を吐きつつ、切り替える。

「〝ジャーニー、プランKでいくよ〟! こっちの貯金箱から点数掻っ攫われたなら、〝あっちを狙う〟!」

「了解!」

 そもそも、私達が用意したプラン通りに試合が進むだなんて思っちゃいない。この決戦に犇めくのは天雲大陸でも屈指の精鋭たち。

 私とモランジェであらゆる試合展開をシミュレートしていくつもオプションを作ったし。

 ロンズとエアリィ支部長を相手に実践して、オプションの強度を高めた。

 この日の為に全てを費やして、持てる限りの戦術を仕込んできた。

 本気で勝ちに来てるんだ。

 ジャーニーを抱えてジェットコースターレールの上から大跳躍する。一足で十数メートル離れたお化け屋敷の屋根に飛び移り、続く跳躍でその横の観覧車を駆けのぼり、更に全力跳躍してフリーフォールの頂点に到達する。

 そうして、この遊園地で一番背の高いアトラクションであるフリーフォールの頂点に辿り着く。眼下に広がるのはドゥヘイブンの広大な街並み。

 このドゥヘイブン東側は丘の上に栄えた高地の観光名所で、眺めがいいことでも有名なの。

 だから、ここを戦場に選んだ。

 ここの、このフリーフォールの上からなら、街の全域が見えるから。

 ここからなら、〝街の全てに射線が通るから〟。

「ジャーニー、ここだ!!!」

「おう!!!」

 呼吸を合わせる。元々合技の準備はしていたから、両者ともに宝剣に光力はばっちり溜まってる。二人で前後関係の基本スタンスを保って、私は長剣を大きく振りかぶる。

 また、ジャーニーは黒光をブラックホールじみて巨大に展開する。

 瞬間、目の前にいるジャーニーの黒光へと身体の底から光力が引きずり出される感覚がした。血の気が引いていくみたいで、溢れ出した〝全力以上〟の光に耐えきれず、長剣が震え始める。

 そうして合技の構えを取った私達に、遊園地に集まった他の組が気付いて、見上げて、何事かと警戒する中。

 二人で睨むのは真下じゃなく、〝ドゥヘイブンの真ん中にある中央協会〟。

 そこからこの高地目掛けて放たれる『一番星』の黄金の弾幕を。

 その射点へと、狙いを定める。

「いくぞ、ラファロエイグ!!!」

「うん、出し惜しみはなしだ!!!」

 そうして私達は、〝第二合技たる二逢剣〟……じゃなく。

〝第一合技〟を発動させる。

 ジャーニーは黒光を使って私の全力以上を引き出すことに集中し、私はとにかく全てを吐き出す、連携とも呼べないシンプルな相互作用。

 でもこれが、私達の始まりだから。

 合技を作るってなった時、二人で一番初めに思いついた技だから。

 〝千年間誰も傷付けられなかった大隕石にさえクレーターを刻んだ、限界突破の特大砲撃〟。

「「〝流星剣〟っ!!!!!」」

 刹那、降り抜いた私の切っ先から溢れた純白光が夜空を悉く染め上げる。比喩でも、誇張でもなく。ドゥヘイブンの中央街を丸々全て埋め尽くすような、隕石そのものな規模の斬撃光は、『一番星』が放った弾幕なんて消し飛ばして直進する。

 この合技に命中精度なんて必要ない。点である弾丸や、線である斬撃じゃないんだ。

 例えるなら暴風であり、大雨であり、大波であり。災害クラスの規模の斬撃光。

 街の頭上を飛翔する純白の流星が、まるで千年間天雲大陸を塞ぐ夜空に刻まれた亀裂の如く煌めいて、伝説に在る昼の如く闇の一切を退ける。

 着弾、明滅、炸裂。

 一瞬の静寂の後、広大な中央都市ドゥヘイブンの中央街が、純白に染め上がった。



「っはぁっ!! はぁ……はぁ……」

 一瞬飛んだ意識を引き戻し、空気を貪る。やばい、身体に全く力が入らない。〝流星剣〟は強制的に限界を突破する力を引き出すから、体力の消耗が半端じゃないの。連続して使えないどころか、一回ぶっ放したらしばらくはまともに動けず、取り繕うこともできない。

 それでも汗が噴き出す顔を何とか上げ、夜空に浮かぶ光文字のスコアボードを見た。〝流星剣〟が夜空をぶち抜いたせいでノイズがかって消えかかってるけど、そこは流石中央の技術開発局だ。すぐに復旧し、表示が更新される。

 するとさっきまで一位だった『幻月』ペアを大きく離し、〝八組分の撃破点と膨大な占領点が加点された〟私達が一位に躍り出る。私達が他のペアに囲まれていたみたいに、『一番星』も包囲されていたんだ。その人達を一網打尽にできたってわけ。

 私とジャーニーが狙っていたのがこれだ。そう何度も撃てない〝流星剣〟で、一撃で試合を破壊する。でも流石の〝流星剣〟でも、適当に撃ったって十全には効果を発揮しない。

 つまり、ある程度他のペアを一か所に纏める必要があったんだ。

 その為の、開幕からの『一番星』との無謀な射撃戦。あくまでも彼女を倒す為じゃなく、規格外の威力の砲撃が飛び交う戦況を作り出して、他のペアの動きを誘導する為。

 本当は『一番星』を相手にするのを嫌って、私達の方に多く組が集まるだろうから、撃つならそいつらに……とは思ってたけど、直前で『幻月』ペアに点数を掻っ攫われたのが痛かった。

 だから飛距離を出して占領点も稼ぐ方向にシフトしたけど、それが上手くハマったみたい。

「「っしゃあ!」」

 二人で吼えると、ハイタッチを交わす。同時に静まり返っていた街中がどよめき、大歓声が竜巻のようにして湧き上がった。遊園地で混戦を演じていた他のペアも足を止めて唖然としてしまっている。

 けど、ここにいるのは全て号持ち以上の精鋭たち。すぐに切り替えると、一斉に私達を睨み上げて来る。互いの牽制さえも忘れて。

 ……私が動けないのにもう気付くとか、どの組も察しが良すぎるな、ホント。

「じゃあ頼んだよ、ジャーニー」

「おう、任せろ」

 フリーフォールのアトラクションの頂上でへたり込んだ私に、ジャーニーが頼もしく答える。〝流星剣〟の後のこの無防備な時間帯は、ジャーニーが私を護る作戦だ。回復に専念すれば、一分もあれば私の息も整う。

 とは言っても、並み居る号持ちや殿堂入り相手じゃ流石のジャーニーも分が悪い。

 でも、それはあくまでもジャーニーが一人で、他のペアを相手にした場合でさ。

 眼下の他のペアが、私達を堕とすためにフリーフォールに殺到しようとした、刹那。

 あろうことか、ジャーニーは彼らに目もくれず、頭上に向けて黒剣を構え。

 そして次の瞬間、大滝じみた莫大な黄金光が、空を埋め尽くしながら遊園地へと降り注いだ。

 煌びやかな絨毯爆撃による蹂躙。他でもない『一番星』の反撃だ。さっきスコアボードを確認した時、三位だった『一番星』の名前にまだ光が灯っていたから、〝流星剣〟を凌いで生き残っていたのはわかってたんだ。

 次の瞬間、遊園地内で炸裂した黄金色は私達に気を取られていた下の組を一網打尽にしていく。反してジャーニーは黒剣を最大限に輝かせて私達に当たりそうな黄金光の弾丸を集めると、鋭く獰猛な剣術で次から次に防いでいった。

 ここまでは想定内。だって〝流星剣〟で『一番星』に群がっていた組を一掃したってことは、あの絶対王者をドフリーにしたってこと。なら得点差がついたのも相まって、『一番星』が私達と同じ様に、私達に群がっている他の組を狙うのも当然の流れ。

 ……いやまあ正直、虎の子の〝流星剣〟をどうやって凌いだのかは意味不明だけど……だってあれ、不屈の大隕石にクレーター刻んだんだよ? そりゃ距離は離れてるけどさ、あの金ぴかなんで落ちてないの、ホント……まあ生き残ってくれて助かったけど。

 内心で戦慄しつつも、息を整えて体力回復に専念する。『一番星』の反撃のおかげで他の組はこっちに近付くどころじゃないし、この間に私が動けるようになれば……、

 と、そうやって思考に耽った、その時だった。

 かつん、とフリーフォールの頂上に登って来た足音が一つ。

「────見つけた」

 現れた〝オレンジ色〟の瞳の少女が、敵意が溢れた恨みがましい眼光を向けて来る。同時に歪な機構の宝剣を振り上げ、取り付けられたプラグを引いた。するとけたたましいエンジン音と共にチェンソーの宝剣がうなりをあげて回転刃を起動させ、その切っ先が私に迫る。

「「なっ!?」」

 なんで、どうやって上がって来た!? ジャーニーが咄嗟にカバーに入ろうとするけど、黄金光の対処で反応が遅れる。逆にオレンジ色の光を扱う乱入者は、ジャーニーが防いでいるおかげで黄金光に構わず、踏み込んだ。

 直後、辛うじて長剣を立てて防御に移った私を、ゴルフボールのように簡単に弾き飛ばす。

 未だ、黄金の雨が降り注ぐ空中へと。

 ……やば、これ、私、

 体から血の気が引いた、一瞬の事。

「大丈夫だっ!!!」

 ジャーニーが吼えて、一気に黒渦を最大限展開する。すると、周囲一帯に降り注いでいた黄金光爆撃が軌道を変え、フリーフォールの頂上へと集まる。私に当たりそうだった光も含めて。

 かつ、それほどの光力を解放しながらも一瞬のうちに躍動して、私に追撃を食らわせようとしていたチェンソーの研闘師へ一太刀を浴びせかけて牽制する。

 落下しながら、その諦めない小さな背中越しに、声が届く。

「絶対、アタシが助けるから!」

 直後、一点に集中した黄金光が二人を包んで炸裂する。でも心配する気持ちは無かった。

 むしろ、まるで出会った時と真逆だな、なんて呑気なことが頭に沸いて来てさ。

 そうしたら一気に彼女との思い出が、この一年間のことが頭の中を駆け巡って、活力を漲らせる。勇気を湧かせる。長剣の柄を握る手に、力が漲る!

 そうなれば、私がやる事は一つ。落下でダウンになんてならないよう、着地をする。

 身を捻り、すばやく視線を巡らせると少し離れた地点にカヌーのアトラクションがあるのが見えた。園内に生い茂る木々と小さな湖。あそこなら落ちてもダメージにならない。

 瞬時に判断して、長剣を抱えたままなんとか純白光を噴出し、落下の軌道を変える。そうして園内の湖に着水しつつ、疲労で重たい身体に鞭を打って泳ぎ、岸辺へと上がった。

「ぶはっ……はぁ……はぁ……こりゃあ、ホントに鬼ババ様に感謝だね」

 帯剣走巡回では、ただ走るだけじゃなくって崖を登ったり、川を泳いで渡ったりもするの。その経験が無かったら、こんな状態で重たい宝剣を持ったまま泳げなんてしなかった。

「にしたって、あのオレンジの子……」

 湖畔で息を整えながら思い出すのは、フリーフォールを登って来たオレンジの瞳と髪のチェンソー使い。一瞬のことだったから良く見えなかったけど、思い出してみるとぼろぼろだった気もする。つまり黄金光を受けつつも最低限で凌いで、私達を襲って来たんだ。

 着ている服も協会のロゴが入った自由制服じゃなくて、〝アイラ剣術学院高等部の校章があしらわれた学校制服〟だった。

 勝ちに貪欲なのか、無鉄砲なのか。あるいは……。

 思い出すのは、私目掛けて一直線に向かってきたところ。そりゃ動けないのが居たら狙うだろうけどさ、そういうのよりもっと、執念じみた敵意を感じた。

 どこかで恨みを買ったのか……だなんて、とぼけるつもりはない。

 だってあの子は。

「……隠れてないで出て来なよ、アン」

 オレンジ色のチェンソー使い、『鳴王星』のペアである彼女を呼んだ。私が岸に上がってすぐ、木の陰に人の気配を感じたんだ。伊達に普段から山の中を駆けずり回ってないよ。

 水が滴る前髪を掻き揚げつつ立ち上がると、同時に木陰から一人の研闘師が歩み出てきた。

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