29話 『幻月』ヴァランタイン
疾走する。
ビル群が犇めくドゥヘイブンの中央街から東の方に逸れて、ショッピングモールや博物館といった商業施設が密集する区画へと戦線は移動していた。
彩り豊かな高地の遊園地を横断しつつ、私は傍らにいたディサロンノの腕を咄嗟に引く。
「危ない!」
そうしてメリーゴーランドの柵を飛び越えると、さっきまで私達が走っていた通路に純白の斬撃光が炸裂するのが見える。一帯の地面やアトラクションが真っ白に染まった。相変わらず馬鹿げた威力だこと!
「ご、ごめん、ありがとう、お姉ちゃん」
「いいのよ。ただ、気を抜いちゃ駄目よ。今は耐え忍ぶ時。警戒するべきは、〝この次〟の試合展開だから」
素早く周囲を見渡しつつ、同時に遊園地上空の開けた夜空も視界に収める。
……『一番星』からの射撃の圧が落ちたわね。向こうでも戦闘が活性化してるのかしら。
考察しつつ、更に遊園地内の『凶星』ペアを中心とした戦況にも目を向ける。
開幕から十数分。機動力を活かし、ドゥヘイブンの街中を逃げ回りながら純白光をぶちまける『凶星』ペアを相手に、いくつものペアが後追いしつつ入り乱れて戦っている。ただ足に物を言わせた機動戦もこの遊園地に来てからは鈍化し、代わりに火力戦が激化しているわ。
というのも、ビル街に比べて視界が開けているこの遊園地は射線が通るの。また『一番星』からの射撃の圧が弱まったため、『凶星』ペアも〝二逢剣〟の弾幕の幾らかを身辺に放つ余裕が出来ているみたいでね。だから追従してあのバ火力ペアを包囲しようとしている私達はイマイチ寄せ切れず、互いに牽制しあう状況も相まって、中距離での手堅い火力戦が展開されているというわけ。戦況を分析しつつ、私は確信する。
〝やっぱり、『凶星』ペアは何かを企んでいる〟。
ていうのも、『一番星』からの射撃の圧が弱まった時、あいつらは足を止めて周りの私達を狙って来た。
『一番星』に更に圧をかけるわけでもなく、自分たちの射線が通りやすいこの遊園地で。
『一番星』を潰すことを念頭に置いているならありえない行動よ。一方で、開幕から『一番星』に射撃戦で喧嘩を売るなんて自殺行為は、やっぱり『一番星』を意識していないとありえない。あいつらは一体何がしたいのか。
そんな迷いが、この遊園地まで『凶星』ペアを追って来た他の組からも感じられる。
でも、あの二人とプライベートでも交流がある私だからこそ、その行動の意味は分からなくとも、信念はわかる。
……あの二人は、一番になる為にここにいる。勝つ為に、戦っている。
この中央決戦はあくまでもバトルロワイヤル。『一番星』を倒そうが、他の出場者を倒そうが、撃破点は変わらない。勿論『一番星』を無視して試合を進めることなんて出来ないけど、でも優勝を狙うなら、その分点数を稼がないといけない。
つまりあいつらが本当に狙っているのは、『一番星』以外のペアのはず。
そもそもこの試合展開を作り出したのだって『凶星』ペアで、この遊園地で足を止めたのもあいつらだ。ならあのクソザコどもは、更に次の行動を起こすはず。
「私達が勝つ為には、『一番星』の次にあいつらをどうにかしないといけない。あいつらのやばさは、予選からずっとぶち当たってる私達が一番体感してるもの」
息を吐いて、目を細める。この遊園地に続々と他のペアも集まって来てる。そりゃあ絶対王者の『一番星』と中央決戦初出場の『凶星』ペアのどっちを相手にしたいかってなったら、後者に狙いが多く定まるのは当たり前のこと。
でもそれはつまり、あいつらが取れる点数が身近に迫っているということ。
蛇剣を握りつつ、草場に潜む獣のように、目を細める。
……あいつらはきっと、寄って来た他のペアを相手に何かを仕掛ける。つまりその次の展開こそが勝負所。出鼻を挫いて、あいつらが得ようとした利を掻っ攫う。
そしてその推測通り。
おもむろに『凶星』ペアが動きを変える。それまで周囲を牽制して戦況を硬直させるバランサーの立ち回りをしていたのに。
急に、二人してジェットコースターレールに飛び乗って、その最高到達点へと駆け上がり始めたの。勿論その間にも様々なペアからの遠距離攻撃が襲い掛かるけど、威力重視の斬撃光を使って『巨星』が面で撃ち堕とし、直撃しそうな危険な攻撃は点で『凶星』が斬り捨てる。
そうして二人がジェットコースターレールの最高点に到達して、あの〝二逢剣〟という合技の前後関係の基本スタンスを取った時。
違和感を覚える。何かが……違う!
「行くわよ、ディサロンノ! ここよ!」
直感に従い、本能的に駆け出した。このままあいつらの思い通りにさせたらいけない。そもそもこの試合展開を作り出したのはあいつらだ。ならその展開を崩さない限り、この試合の先にはあいつらの勝利しかない。
だって地区予選でも、地方本戦でも、あいつらの戦術が〝ハマった〟試合じゃあ、『凶星』ペアは他の追随を許さない程の大勝を収めているもの。つまり、このままじゃ負ける。
そんなの、誰が認めるもんか!
あのクソザコペアに予選で完全試合なんてカマされて、地方本戦でも勝てなくて、こちとらはらわた煮えくりかえってんのよ!!!
「任せてお姉ちゃん。準備は、出来てる!!!」
私の半歩後ろをついてくる最愛の妹と呼吸を合わせる。歩幅を合せる。一挙手一投足、その全てを重ねる。
それはまるで生まれた時から寄り添う影。半歩前に構えた私と、半歩後ろに構えたディサロンノの行動が、鼓動が、呼吸が、シンクロする。
地区予選で温存した、あいつらに受けさせてやらなかった、私達の全力。
合技。
「「〝月景珠(げっけいじゅ)〟!」」
二人で全く同時に叫んでタイミングを合わせた。
私とディサロンノの合技は、かいつまんで言えば〝無限増殖〟。
幻を作り出す私の紫光と、反射を得意とするディサロンノの銀光を掛け合わせた必殺技。
刹那、瞬く間に〝全て〟が増殖する。私の紫色の蛇剣が怪しい光を発し、それを万華鏡じみてディサロンノの銀光が反射すると、シンクロする私達の影分身が大氾濫を起こす。それぞれが独立して動き出し、他のペアへと殺到する。
勿論その殆どは幻よ。だけど、〝濃淡〟を弄って作ってあるの。つまりある影分身は触れることも出来ない幻影である一方で、ある影分身は肉体的に触れることもできて、またある影分身は宝剣を使って単純な攻撃まで繰り出してくるという具合。当然、それらを見て判別できるようにはしていないわ。
私とディサロンノ。この私がこよなく愛するその二つのものの幻なら、いくらでも精巧に作りだせるから。
そもそも力技も正面突破も、私達の強みじゃない。
ジェットコースターレールの上の『凶星』ペアと、あいつらを囲んでいた他の組が、一瞬にして遊園地を埋め尽くすほどの〝月景珠〟に目を剥いた。
ただ照準が定まらず、射線は次々にブレていく。つまり、火力が分散する。
そうして、〝正確性〟を欠いた撃ち合いが始まる。
故に……技巧随一のディサロンノの銀弓が、無慈悲に煌めく。
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