34話 『巨星』ラファロエイグ
私達は周辺で生き残っていた他の組同士の戦いに漁夫の利を突く形で横入りし、一網打尽にしつつ、遊園地を後にした。
大都会の街中を走りつつ、夜空に浮かぶ光文字のスコアボードを確認する。私達と『一番星』の長距離砲撃戦に巻き込まれて、もう殆んどのペアが脱落してるみたい。残っているペアも数組いるけど、彼らも今この瞬間に、瞬く間に脱落していく。
撃破点が加算されるのは『一番星』。順位が入れ替わって、僅差で彼女が一位に返り咲いた。
そして中央決戦も佳境に差し掛かり、残っているのは私達と『一番星』だけ。つまりこれ以上撃破点を稼ぐには互いを倒さなきゃいけない。むしろ私達としては、早く『一番星』を倒さないと占領点まで奪われることになる。一度〝塗った〟箇所も、それ以上の光力で上塗りすれば〝塗り返せる〟からね。いくら威力自慢の私の占領点でも、『一番星』なら簡単に塗り返してくるはず。
ただ幸いにも、過去に例を見ない巨大砲撃合戦で試合をハイペースで進めたから、残り時間はたっぷりある。早々に『一番星』を堕とす事が出来れば生存点分で確実に逆転が出来る。
つまりこの試合、私達が勝つためには『一番星』を倒さなきゃいけなくて、『一番星』が勝つには私達を倒すか、私達の占領点を上塗りするか、時間一杯まで戦ってリードを保ちつつ逃げ切るか。
「上から数えて、五番目か六番目に良い試合展開って所か?」
隣を走るジャーニーが、スコアボードを睨んで顔をしかめていた私に言った。
「まあね。一番良いのは〝流星剣〟で私達の周りを一掃しつつ、撃破点を稼いだ後に潜伏して、『一番星』が他の組に包囲されてるとこを……って展開だったけど、そう上手くはいかないね。『幻月』ペアに掻っ攫われたおかげで撃破点のリードは取られたし、『超新星』ペアに足止めされたから『一番星』が他のペアに専念する余裕ができた。ただ、思った以上に点差が開いてないのは……スコアを見るに、向こうも向こうで『蠍座』ペアとかが点を取ってるからだね」
「流石だな」
「うん、ホントにありがたい。そのおかげで……『一番星』さえ倒せば、まだ勝ちの目はある」
「上等だ」
頷き合って、目指していたドゥヘイブン北側の巨大電波塔に辿り着いた。最後に『一番星』の黄金光が見えた場所だ。少し前までここで戦っていたはず。
最悪なのは、『一番星』にこのまま潜伏と撤退を繰り返すドン引き戦法で時間を稼がれつつ、リードを守られることだけど……どうやら、そこは心配しなくてもいいらしい。
五百メートル近い、赤いタイタンライトで作られた巨大電波塔の足元の広場に、件の絶対王者は佇んでいた。
決して無傷じゃない。身に付けている軍服風協会制服には、無数の斬撃や光弾が掠った後があり、獅子のように勇ましい純金の長髪も汗で額にはりついている。
でも、そんな手傷さえも勲章の如く誇り、仁王立ちする様は眩いほどの覇気に溢れていた。
「来たか」
逃げも隠れもしない絶対王者の風格。直前放送で言っていた通りだ。
「久しいな、『凶星』」
「ああ……一年ぶりだな、金メッキヤロウ」
タイルに覆われた遊歩道がのっぺり広がる電波塔広場で、ジャーニーは黒剣を抜き放った。
「去年の約束、覚えてんだろうな?」
挑発的で生意気な笑み。ただその唇の端には緊張がみて取れた。
そんなジャーニーを、『一番星』は宝石のような美しい瞳で見つめた。
「無論だ」
多くは語らず、けれどもその金色の瞳は雄弁に私達を見つめる。煌びやかで果て無き栄光に彩られた王者の眼差し。身が竦むようでいて、圧倒的な存在感。
そんな瞳が、私に向く。
「『巨星』よ、先の空を覆う一撃、応えたぞ」
きっと〝流星剣〟のことだ。
「どうも。ただ、正直あれぶっ潰すつもりで撃ったんですけど……なんでそんな掠り傷で済んでるんですかね?」
「教えてやる義理はないな」
淡々と答えた、直後。
『一番星』は、金管楽器のように美しく刃の潰れた宝剣を、円筒状の鞘から引き抜いた。一片の曇りもない精巧な刀身には緻密な文様が刻まれている。刹那、イカヅチでも空から降り注いだみたいに黄金光が明滅し、轟音と共に、彼女の身辺に無数の光弾が出現する。
すかさず、私達も黒剣と白剣を構えた。
「知りたければ試してみろ。我が黄金の栄光の前に、存分に力を示せ」
「言われなくたってそのつもりだ。行くぞ、ラファロエイグ!」
「うん!」
答えて、二人で素早く前後関係の基本スタンスを取った。
それも、〝私が前衛で後衛にジャーニーが構える〟、通常とは真逆の立ち位置。
対『一番星』専用の陣形。
そんな私達へと、すかさず『一番星』が黄金光の弾幕を放ってくる。それもただの一斉掃射じゃなく、弾速にも威力にもばらつきがあり、曲げ弾なんかも織り交ぜた怒涛のような射撃。
そんな弾幕に対し、背後でジャーニーが黒渦を展開させた。それも薄く広く伸ばすような、半径二十メートルにも及ぶ地を這う黒光。そんな円形範囲の中で、遊歩道の身辺に生える街路樹さえ覆う大規模展開。
すると、何が起こるか。
〝私たち目掛けて集中していたはずの黄金の弾幕が、地面や街路樹に吸い寄せられて、たちまちのうちに霧散する〟。
「ほう」
自身の射撃が外されたことに、数十メートル先で『一番星』が目を細める。でも、それも当然だ。彼女の射撃は現役の研闘師だけじゃなく、歴代の猛者たちの中でも屈指のレベル。
そもそも『一番星』が絶対王者たる由縁は、その千変万化にして剛力無双とも言える射撃技術にある。
突出した光力適正からなる特大火力はもちろん、無数の弾種を同時に使い分ける器用さ、それらの光弾を効果的に相手に撃ち込む瞬時の判断力、狙いを決して外さない射撃の精密性等々、全ての技術が他の追随を許さないほど圧倒的なんだ。
そして何よりも、それら全ての行動の素早さ。
『一番星』たる号の由縁は、彼女がそれらの卓越した射撃技術を〝早撃ち〟を前提にして行うことにある。
通常、身辺に光弾を展開してそれを放つタイプの射程持ちは、光弾のバリエーションが富む代わりに致命的な弱点を抱える。それは、私みたいに剣を振るだけで斬撃光を飛ばせるタイプとは違い、〝撃つまでの時間がかかる〟点だ。
でも『一番星』は、その複数種類の光弾を設定し、展開し、放つ行程を、常人が剣を一太刀振り抜くほどの速度で完璧にやってのける。
そんな彼女を相手に私達が勝れるのは火力くらいだ。それも瞬間火力。継続的な撃ち合いによる火力勝負に持ち込んでも、きっと無数の弾種に対応しきれず磨り潰される。
そこで考案したのが、この私が前衛の陣形。
顔を上げる。黒光の引力に射線を捻じ曲げられ、霧散した弾幕の内、私達に届くのは六割。
作戦通り。
「だぁっ!!」
前方に向けて長剣を振り抜くと、放たれた純白の斬撃光はその六割の弾幕を食い破って『一番星』に襲い掛かった。ジャーニーが周囲の引力を弄って補助してくれているおかげで、〝二逢剣〟程じゃないけど私の有効射程も伸びているんだ。
すると『一番星』は新たな光弾を身辺に展開し、螺旋弾の集中砲火で、自身に届く前に斬撃光を撃ち落とす。
次いで、すかさず反撃の二射目を放ってくる。しかも弾筋を見るに、黒光による引力を計算した完璧な調整が施されている。この一瞬で、私の斬撃光に対処しながらここまで綺麗に弾丸を放ってくるとか、ホントに化け物すぎる。
けど。
「ジャーニー! 〝オフ〟!」
「おう!」
掛け声の後、ジャーニーが黒光を消した。すると黒渦による引力補正を計算して放たれた『一番星』の弾丸は、再び半数近くの狙いを外す。
私はまた斬撃光を使って当たりそうな半数程度の弾幕を撃ち落とすと、駆け出した。
「完全に対応される前に詰めるよ!」
これが、私達が『一番星』相手に練り上げた戦法だ。彼女の黄金光の全部と撃ち合っていたらジリ貧だけど、そのいくらかでも逸らせれば、瞬間火力で勝る私達が優位に立てる。
勿論それにさえ『一番星』は対応してくるだろうけど、それまでに寄せ切れば、後はジャーニーの独壇場だ。
「賢しいな」
『一番星』は素早く飛び退いた。剣や射撃の技術だけじゃなくて、単純な身体能力も化け物なんだよ、この絶対王者は。だから追いすがりながら数度の撃ち合いを経ても、彼我の距離は思った以上に縮まらない。
でもそれならそれで、こっちにだって手はある。
こうして撃ち合いが長引くということは、それだけ〝溜め〟が作れるということ。
つまりそれは、私達の瞬間最大火力たる〝流星剣〟の準備が整うということだ。
ジャーニーが出したり引っ込めたりする黒渦による光力の引き出しを積み重ねつつ、それが限界まで達して、純白のブレードがかたかたと震え始めた時。
私は、真正面から『一番星』目掛けて長剣を振りかぶった。
さっきは凌がれたみたいだけど、この至近距離からなら話は別なはず。最悪防がれたり、凌がれたりしても、きっと隙が出来る。その間にジャーニーが寄せ切れば私達の勝ちだ!
「合わせて、ジャーニー!」
「おう、ぶちかませ!」
駄目押しとばかりにジャーニーが黒渦の出力を最大限まで引き上げて、私は何十倍にも重たくなった長剣を全身で降り抜く。
「「〝流星剣〟っ!」」
出し惜しみはしない。手札、手数、経験に差があり過ぎる以上、挑むべきは短期決戦だ。そう思って、街全体すらも射程距離に収めるほどの特大砲撃を、十数メートル先の『一番星』目掛けて叩きつける。
全身から力が抜けるどころか、生命力とも、魂とも言えるモノさえ削れていくこの感覚。今日二発目の限界突破は正直意識を失いそうになるほどだけど、歯を食いしばって純白光の行き先を見つめる。
千年間、誰も傷付けられなかった大隕石にさえクレーターを刻んだ斬撃光は、白熱し、周辺一帯の大気すらも歪ませながら直進する。視界を、空を、大地を覆いつくすような特大光。
そんな私達の全力以上を前にして。
『一番星』は、一歩横にずれるようにステップし、狙いを定めるように目を細めた。
瞬間、背筋に悪寒が走る。何か嫌な予感がする。
……待って。私、何かひどい思い違いをしてるんじゃ。
そんな私の戦慄を証明するように、『一番星』はおもむろに軍服じみた協会制服の胸ポケットに手を差し込み。
そこから────〝二本目の宝剣〟を取り出した。
形状は四角く、折り畳み式のサバイバルナイフじみた小さな宝剣だ。
次の瞬間、空高く澄み渡るような美しい音色が、こぉんと響き渡る。
「〝謳金響(おうごんきょう)〟」
刹那、巨大な光弾が『一番星』の前方に現れ、〝流星剣〟目掛けて螺旋して放たれる。
その一瞬後。
「……………は?」
〝真正面から流星剣をぶち抜いた〟彼女の一人合技による螺旋弾が、飛来して炸裂する。
視界が、悍ましいほどに強烈な黄金光に塗り潰される。
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