中央決戦
24話 『超新星』アララン
目を開くと、未だに見慣れない天井がぼんやりと見えました。
研闘師協会中央本部内寮の自室。去年のサンライズフェスタでジャーニーと中央決戦まで勝ち残り、私も号持ちになりました。ただそんな彼女とは決戦を機にペアを解消……〝また〟、私が悪いのですが。
あるのは罪悪感ばかりです。
この人となら。そう思った人にフラれることには、まだ慣れそうにありません。
目を瞑れば思い出す黒色の剛剣。中学時代に無二の親友と離別してしまってから、特定の人間とペアを組むことを避けていた私でしたが、ジャーニーとなら腰を据えて組めるのではないかとも思っていたのに。結局、親友以外の人達と同じ様に一年以上は続かなかった。
私はこれからも、ずっとこうして、一人で生きていくんでしょうか。
「……朝から、嫌なことばかり」
呟いてため息を吐きます。冬の間に降り積もった雪も溶けて、今年の中央決戦も近付いてきた為、神経質になっているんでしょう。ただ幸いなことは、春になって朝の肌寒さが鳴りを潜めてきたことでしょうか。
特に体の右半分に纏わりつく、人肌のように温かくて柔らかい感触は安心感が……ん?
人肌のように? 右半分? この温かさは季節的なものではなく、人工的なものでは……?
ふと気付いて、枕の上で首を傾けます。無駄に広い中央本部寮の一人部屋の中に、今更ながら私とは別の人間の気配があるのに気づきます。
そうして物が殆どない殺風景な部屋のベッドの中、右隣を見ると、そこには今年ペアを組んでいる少女が居ました。大きなオレンジの瞳とばっちり目が合います。
「あの、シェリイ……なんで私のベッドに?」
尋ねると、今年のサンライズフェスタで私と一緒に中央決戦進出を決めた現役高校生であるシェリイは、子犬のように人懐っこく笑いました。
「おはようございます、先輩。とっても気持ちのいいベッドですね」
「おはようございます。まあ、中央本部の寮ですからね。それで質問に、」
「先輩が今日もお美しくて、シェリイ朝から幸せです」
「どうも……あの、ですからなぜ私の部屋に?」
「朝食はどうしましょう? 中央決戦も近くなって屋台街も栄えてきてますし、お休みらしく繰り出すのもいいかとシェリイは提案します」
「朝は食べない主義でして……というか、鍵かけてたのにどうやって部屋に、」
「まあ!? 朝食は一日の始まり、しっかり摂らないといけませんよ!」
「あ、私の声ちゃんと聞こえてはいるんですね」
「はい、些事なので無視していただけです」
「急に普通に答えないで下さい。怖いです。あと些事じゃないです。不法侵入です。しかも研闘師協会総本山たる中央本部の寮に」
「私と先輩の仲じゃないですか」
「仕事上のペアというだけですが?」
これみよがしに右腕に抱き着いたまま身を悶えさせるシェリイに呆れます。なんというか、この方は独特なんです。私がアイラ剣術学院の中等部に居た頃から追っかけをしてくれているんですが、私が去年高等部にはいかずに南方本部に就職してからというものの、一年会っていなかったんです。まあ、私が行き先を伝えてなかったからではあるんですが。多分伝えてたら地の果てまでも追ってきそうでしたし。
ですがその去年のサンライズフェスタでジャーニーと中央決戦へと進出した為、メディアからも大注目を受けて、あっさりと私の居場所を知られてしまったみたいなんです。シェリイは去年の夏ごろにアイラ剣術学院の高等部に進学していながら、休学届まで出して南方本部に押しかけてきて……そこでいちはやく私とジャーニーがペアを解消したことを知るや否や、「私も中等部三年時に学内フェスタで優勝しました。優勝したらペア組んでくれるって言ってくれましたよね? 先輩はいつの間にか学校からもいなくなって私のことなんて忘れてしまっていたみたいですが? 私はあの約束忘れていませんので?」と押し切られてしまったわけです。
いやまあ、そもそもその約束というのも、何回断ってもペアを打診してくるシェリイを説得するためにしぶしぶ口にしたものなんですが……まさか本当に優勝してしまうとは。
「とりあえず離れてください。というか、私は今日非番ですが貴女は学校があるでしょう。貴女が私みたいな駄目女にかまけて人生を棒に振らない為に、私も中央まで転属してきたんです。しっかり学校に行ってください」
「一見淡々としていても、そういう風に私を思いやって中央まで来てくれる先輩、愛してます。優しい……かっこいい……美しい……好き……結婚して……一生添い遂げさせて」
「お願いですから、会話をしてください」
何かと愛が重たいシェリイを押しのけると、ベッドサイドランプを点灯させて起き上がります。ランプの下に置いてあるデジタル時計を確認すると朝の八時前。休みの日なのにゆっくり眠れないのは昔からです。
そうしてほんとに無駄に広い部屋を横断し、クローゼットを開いて着替えを見繕います。といっても私はそういったものに頓着がない為、クローゼットの中にある衣服は協会制服がスペア分も含めて四着と、普段着用の全く同じトレーナーやロングスカートが同じく四着。今日は休日なので、普段着である黒色のトレーナーと白色のロングスカートの方を手に取ります。同じ服しかないと、組み合わせなんかを選ぶ手間が省けていいんです。
「そういえば、学校の方はどうですか。貴女のことなので要領よくやっているとは思いますが、中央決戦までとなるとキャパオーバーでしょう。無理、していませんか?」
寝巻用の、これまた数着同じものを持っているパジャマワンピースを一息に脱ぎます。トレーナーなどを着る前に、クローゼットの内扉に付いている姿見で身体の確認。
何の飾りもない白色のブラとショーツのみを身に纏った私の身体は、他の研闘師の方と比べても薄く華奢です。筋肉がないわけではないですが、どれだけ食べても太らない体質ですし、そもそも食事というものにもあまり楽しみを見いだせない味覚音痴の為、肉体鍛錬に苦戦しているんです。
色気のない身体の上に付いた顔も同様。二か月に一度、寮から一番近い美容院で適当に短く整えてもらっている深蒼のショートカットは何の特徴もありません。垂れた目つきは覇気がなく、青色の瞳は凪いだ水面みたいで、目につく泣き黒子もくたびれて見える。味気ない外見。
そんな私の唯一目を引く身体的特徴と言えば、〝右腕に残る古傷〟。
「そこはご心配なく。要領よく、中央決戦をダシに授業を免除してもらっていますので。今日だって午前中は休みなんです。これからはもっと一緒に居られますよ……って、な、なな、先輩っ!? 何で急に服を脱いで!?!?」
「? 朝起きたら着替えるのは当然でしょう?」
「だ、だだだだ、だからといって、なんでここでっ!?!!」
「私の部屋だからです」
「わ、わわ、私も居るんですよ!?」
「ええ、いつの間にか、どうにかして、勝手に、ですね」
「ひゃあ……」
顔を真っ赤にして飛び起きたシェリイは私の下着姿をまじまじと眺めて来ました。ごくりと生唾まで飲んで、血走った眼を限界まで開きます。
「わ、わかりました。ではどうぞ、続けて」
「そこまで開き直られると、三周くらいしてなんか恥ずかしいんですが……」
苦笑しつつ、興味を一切隠さない様子で視線を張り付けて来るシェリイに正対しました。
「そんなに気になるなら……少し、触ってみますか? 面白味のない身体ですが」
「は、へ、は、ふぇええええっ!?」
まるで断末魔のように叫ぶと、シェリイは額を撃ち抜かれたみたいに仰け反り、デスクライトに後頭部を叩きつけて悶絶した後、ベッドの上で動かなくなってしまいました。なんというか……元気な人です。
「全く……そっちから勝手に入って来たのに」
ため息を吐いて手早く着替えを済ませると、恍惚とした表情で気絶しているシェリイに布団をかけます。
しかし、彼女をどうしたものでしょう。午前中は休みにしてもらったと言っていましたが、私は趣味もない為、部屋で暇を潰すようなものもありません。かろうじてあるのは別室にトレーニング用具が一式と、また別室に宝剣をメンテナンスする為の簡易用具が一式。全五部屋もあるこの寮のうち、残りの他の部屋は持て余しています。
中学生ぶりに中央に来たはいいものの、この広すぎる都会はやはり、北田舎育ちの私には合いません。
まあそんな日々の暮らしも……シェリイがいるから、何かと退屈はしないんですが。
「ぐいぐい来る割には、歩み寄ったらすぐこれなのは、なんとかしてほしいですね」
あまりにも攻撃特化なコミュニケーションをとってくるシェリイの頭を撫でます。
親友にフラれて傷心だった中学時代の私にずっと付き添ってくれて、ジャーニーにもフラれてから落ち込んでいた私を強引に引っ張り出してくれて。
彼女とペアを組みたくなかったのは、正直な所、きっと大切な人になるだろうという予感があったからなんです。
ただ、私がそういう深いつながりを持つのを怖がっていただけ。
またフラれたら。続かなかったら。傷付けてしまったら。傷付いてしまったら。
そう思うと自然に、ペアが居ない人の助っ人や、ビジネスライクな臨時ペアといったものばかりに逃げてしまっていただけ。
なのにこの子は諦めず、私と組むためだけに中等部の学内フェスタで優勝までして……。
「どうせ暇ですし、朝ごはんくらい買ってきてあげますか」
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