23話 ラファロエイグ
東部地方本戦が最終戦のシックスレグまで終了して、総合順位が確定した。四位までが春に行われる中央決戦への切符を手にする。
一位、『蠍座』ペア。二位、『星辰』ペア。
三位、『凶星』ペア。
その夜空に浮かぶスコアボードを、私は最終戦が終わった街の通りから、ずっと、見上げていた。
「にしても、まさかおまえらが四位とはな、クソザコシスターズ」
「誰がクソザコよこのザコチビがっ!!」
東部地方本戦が終了して一週間後。隕鉄山脈の山奥にある極東第六支部には、珍しく客人が来ていた。私達に続いて四位に入り、中央決戦出場を決めた『幻月』ペアだ。なんとジャーニーが呼んだらしく、今もリビングでのお祝い会をする傍ら、並んでこたつに入ってじゃれあっている。ジャーニーがからかって、ヴァランタインちゃんがムキになって、突きあったりつねりあったり……は?
え、いつの間にそんなに仲良くなったの? は? 聞いてないんだけど?
二人を睨みつつ、私が大好物でもあるロンズお手製肉団子を貪っていた時だった。
「お姉ちゃん、なんで『凶星』さんとばっかり……距離近い……お姉ちゃんは私のなのに……」
隣でぶつぶつと呟いている『弦月』ディサロンノちゃんに気付いて、目が合う。
一瞬の意思疎通。
次の瞬間、私達は硬い握手を交わした。
「その気持ち、凄くわかるよディサロンノちゃん」
「私もだよ、ラファロエイグさん」
そんな私達を傍から見つめていたモランジェが、満面の笑みで言った。
「わぁっ! 推しの研闘師さんたちの修羅場が生で見られるなんて、感激ですっ!」
「にっこにこで修羅場を眺めんな。閻魔かお前は」
辟易としながらロンズが突っ込みつつ、塩もみキャベツを摘まみに、ウイスキーが注がれたロックグラスを傾けた。
「にしても、まさかホントに中央決戦まで行っちまうとはなー」
「あーうん、それは正直私も思う。なんかまだ実感湧かないよ」
「わたしは、ラファロエイグちゃんなら大丈夫だって確信してましたよっ!」
『幻月』ペアが来ていることでテンションが上がり切っているモランジェが、にやけすぎてとろとろになった口で続ける……お酒飲んでないのにロンズより酔ってるみたい。
「ラファロエイグちゃんの号は何になるんでしょうねっ! もうわたし楽しみで楽しみで!」
「へ? 号? 何のこと?」
思わず聞き返すと、ディサロンノちゃんが肉団子を箸で切り分けながら言ってきた。
「何のことって、ラファロエイグさんも中央決戦に出場するんだから、号持ちでしょ?」
「………………あ、そっか!!?」
「ほんとに実感湧いてなかったんだなお前……」
「だ、だってしょうがないじゃん、なんかこの一年激動だったし……ていうか、号ってどうやって与えられるの?」
先輩号持ちたるディサロンノちゃんに聞くと、彼女は切り分けた肉団子を口に入れた所だったらしく、急いで小さい口でぐもぐしてくれた。いやほんとに、咀嚼っていうよりもぐもぐって感じでさ。育ちも良さそうで、姉たるヴァランタインちゃんの溺愛っぷりが解る気がする。
「正式な号の任命式は中央決戦前のセレモニーで行われるけど、事前に通告があるよ。私とお姉ちゃんの時は、地方本戦が終わった一週間後にはもう中央本部から手紙が届いたし」
「となりゃあ、そろそろ来る頃合いだな」
と、ロンズが言った時だった。
私達が話している間にもジャーニーとヴァランタインちゃんのじゃれあいはエスカレートしていって、とうとうこたつを飛び出して擽り合う始末。先手を取られたジャーニーの馬鹿笑いが響いた後、やり返されたヴァランタインちゃんが組み敷かれ、服を捲られてヘソ周りを撫でられた時に「ひゃん!」なんて可愛らしい悲鳴を上げた時。
「「いい加減にしなさい!!!!」」
耐えられず、私とディサロンノちゃんがそう叫んだ直後だった。
突然、リビングの扉が盛大に開かれて怒声が響き渡る。
「やかましいぞ小娘どもっ!!!!」
「「「「「「すいませんっ!!!!」」」」」」
現れた鬼ババ様の圧に本能的に屈したのか、『幻月』ペアの二人も即座に叫んでいた。
「全く、時には浮かれるのも構わんが分別を弁えろ」
六人で縮こまりつつ、それぞれ視線で責任をなすりつけあいながらお説教を頂く……も、鬼ババ様は早々に小言を切り上げて私を見た。
「それとラファロエイグ、立て」
「へ? わ、私ですか?」
あれ、これ私が怒られるの? いやでも今のは不可抗力というか……私とディサロンノちゃんは止めようとしただけだし……いちゃい……暴れてたジャーニーとヴァランタインちゃんが悪いのに。
不満に思いながら立ち上がると、鬼ババ様は黒スーツの内ポケットから一枚の封筒を取り出した。それもただの茶封筒じゃなくて、白地に金粉があしらわれた豪勢なやつだ。
……どういうことだろう。別の話?
「受け取れ」
「はあ……」
とりあえず怒られるわけじゃなさそうと分かってほっとしつつ、差し出された封筒を片手で受け取ろうとする。
ただその手を目に見えない速度で叩き落とされた。
「馬鹿者! 両手で受け取らんかっ!!!」
「はいぃ! すいませんっ!!」
背筋を伸ばして、ヒリヒリする手のひらを部屋着のジャージで拭いつつ、両手でしっかり封筒を受け取る。一体何なの……?
そう思って封筒を裏返すと、そこには中央本部から私宛の旨が綴られた一文があった。
ようやくはっとする。
これって、もしかして……丁度ディサロンノちゃんと話してた……。
「ラファロエイグ」
「は、はい!」
呼ばれて、再び姿勢を正す。
ただ、正対した彼女はいつもの厳しい顔つきからは打って変わった、優しい目をしていた。
「よく頑張ったな」
それだけを言い残して踵を返し、自室へと戻っていくエアリィ支部長。呆然と眺めるその背中は私より小さいはずなのに、大きく見えた。
その途端、思わず色々なものがこみ上げてきて。
そもそも私が今こうしていられるのは、全部。
「あ、あの! エアリィ支部長!」
彼女を追って廊下まで出る。薄暗く、凍てつくような冬の廊下。床板は氷みたいで、足の指先がかじかむ。でも、構わない。
振り返った彼女に、思い切り頭を下げた。
「あ、ありがとうございました! 学校辞めて、腐ってた私を拾ってくれて、全く宝剣が使えないのに四年も面倒見てくれて……鍛えてくれて。帯剣走巡回があったから、私は身体も十分動かせるようになって、剣を四年もサボってたのに、急に思い立っても、なんとか戦えるレベルではあって。貴女がいてくれなかったら、私は今頃どこで何をしてるのかも、わからなくて」
言っているうちに込み上げてきた想いが涙に変わって、溢れて来る。頭を下げているから、それがぽたぽたと床板に墜ちた。その涙は、凍るような床板を溶かすみたいに、じんわりと広がった。
「本当に、ご指導、ありがとうございました!!!」
木造の居住区の中が揺れる程の大声が出た。後ろのリビングに続く扉からも話声はせず、廊下の様子を窺う気配がする。
「……馬鹿者。泣くには早いだろう」
そうしてエアリィ支部長は私の顔をあげさせると、ポケットから高級そうな紅色のハンカチを取り出して、頬を拭ってくれた。
「まだ中央決戦出場を決めただけだ。お前とジャーニーの目標は、ここからだろう?」
不敵な、妖艶な笑み。暗躍が大好きで普段何をしてるかわからないけど、間違いなく善良な、厳しく賢い支部長。
頷いて、真正面から恩師の薄蒼の瞳を見つめる。
「はい。勝ちます、絶対に」
「ああ、期待している」
そうしてエアリィ支部長は自室に引き下がり、私は止まらない涙を、貰ったハンカチで拭い続ける。紅くて、温かいハンカチだった。
「ほら、いつまでそんなとこで突っ立ってんだよ。風邪ひくぞ」
そんな私をジャーニーが迎えに来てくれる。頷いて、二人でリビングに戻ると、あったかい空気が満ちていた。『幻月』ペアも、ディサロンノちゃんは微笑んでいて、ヴァランタインちゃんに至っては何も知らないはずなのになぜか涙ぐんでいる。案外あの人は悪い人じゃないみたい。口は相当悪いけど。
そしてロンズが茶化すように言って来た。
「おいおい、ぼろ泣きじゃねえかラファロエイグ」
「う、うるさい……!」
「スープでも飲むか?」
「……のむ」
鼻をすすりながら答えると、ロンズは「しょうがねぇな」と立ち上がり、台所に向かった。
また、モランジェはこたつをぽんぽんと叩いて笑ってくれた。
「ほら、早くおこたに入って下さい。また中央決戦に向けてトレーニングと研究の日々が始まるんですからっ。体調を崩してる場合じゃないですよ」
「うん……」
そうしてこたつに入り、改めて言った。
「ロンズも、モランジェも……色々手伝って、応援してくれて、ありがとうね。二人が居なかったら、私なんて、ここまで……う、うぅ……」
言葉にすると更に涙が溢れてきて、台所でロンズが笑う気配と、背中をモランジェが擦ってくれる感触がする。この四年間、ずっと一緒に生活してきた二人。三人で何回もエアリィ支部長に怒られて、愚痴り合いながら、馬鹿やって、バレないように協力して、でもやっぱりバレちゃってまた怒られて。
四年前、急にこの支部に来た私に何も聞かないで、ずっと気楽に接してくれて、受け入れてくれた。
気付くと、中央本部から来た封筒がくしゃくしゃになっていた。両手で持っていられないくらい重くて、価値のあるものに思えてくる。
「早く開けろよ。そのままじゃ読めなくなるぜ?」
「うん」
ジャーニーに言われて封筒の封を切る。
そうして破かないように、ゆっくり中から一通の書類を取り出す。
三つ折りにされたその書類を広げると、紙面の中央にはこう記されていた。
汝、ラファロエイグに『巨星』の号を与える。
「『巨星』……」
噛みしめるように呟くと、ジャーニーが笑った。
「おいおい、まんまじゃねぇか」
「だね。ほんと、まんまだ」
釣られて笑って、胸の奥に疼いた温かさを包むように書類を抱きしめる。
「でも、それでいい。私が……私のままで、ここまで辿り着いたから」
そうしているとようやく落ち着いてきて、ジャーニーに向き直った。
「それに、ジャーニーのと似てるし。〝きょうせい〟と〝きょせい〟ってさ、お揃いじゃない?」
「いや、アタシのやつに似てても嬉しかねぇだろ。『凶星』だぜ?」
「ううん、嬉しいよ。だってジャーニーのだもん。どんな名前でも嬉しい」
「……そうかよ」
照れ隠しにそっぽを向く彼女が、なんだか愛おしくて。
「ジャーニーもありがとね。君が居たから、私はここまでこれた」
「そういうのはまだ早えってさっき言われたばっかだろ?」
「うん。だから、頑張ろう」
横にあったジャーニーの右腕を抱きしめて、笑う。
「勝とうね、ジャーニー」
「……おう」
私はきっと、この日を忘れない。
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