25話 『超新星』アララン

 そうして玄関でサンダルをつっかけ、二十階建ての寮をエレベーターで降りていきます。基本的にこの中央本部寮は研闘師としてのランクに応じて住み込む階が決まる為、号持ちである私は高層階なんです。正直、一階とかのほうが部屋も小さくて、出入りも簡単で、私としては住みやすい気がするんですが。

 そうして宮殿じみた豪勢なロビーを抜けると、煌びやかな大都市、中央都市ドゥヘイブンの大通りに出ます。薄青のタイタンライト製な巨大ビル群は山を丸々一つ加工した街らしく、鍾乳洞じみた神秘さと独創性に溢れています。

 また、大通りの先にある中央本部はお城みたいで、もう中央に転属して半年以上が経ちますが、未だに自分があそこに勤めているとは思えません。寮から中央本部に向かう他の中央勤めの方々と挨拶をしつつ、けれどもその流れに逆らって繁華街へと向かいます。

 徒歩五分。目当ての露店街に付くと、朝八時だというのに数多くの人で賑わっているのが見えました。きっとほとんどは観光客でしょう。来週には中央決戦が開催される為、この時期はドゥヘイブンも一年で一番人が多いんです。

 ……そういえば、シェリイは辛い物が好きだったような……でも朝から辛い物ってどうなんでしょう。

 人ごみの間を縫いつつ、何百メートルも続く露店街を物色します。私は食べ物に対して、言葉通り好きも嫌いもないですが、それが特殊だというのも自覚しています。それに折角ならシェリイにも満足できるものを食べて欲しいんです。なんだかんだ、やっぱり学生生活とサンライズフェスタの両立は負担でしょうし。

 そう思いながら、ふと目に付いたのは南方伝来と銘打たれた大看板が目を引く、イカ焼きの露店でした。甘辛いソースの匂いと数種類のスパイスの香りが鉄板から溢れ出し、辺りで一番長い列を作っています。

 ……これだけ人気そうなら、シェリイも喜ぶくらい美味しいでしょう。

 思いつつ、更に南方水群都市ヴァレンツに勤めていた時のことも思い出します。確かに南方では水産物が名物で、秘伝のソースやスパイスを利用したイカ焼きは露店名物でもあったはず。

 ジャーニーだって、よく好んで食べていました。

 そう思って三棟分のテナントスペースをぶち抜いて繁盛している巨大露店の列に並びます。

 ……そういえば、ジャーニーも東部地方本戦を勝ち上がって、中央決戦に参加すると聞いたような……。

 基本的に研闘師のペアを呼称する際は、そのペアのリーダーを代表して呼ぶのが通例です。例えるなら私とシェリイでは、私がリーダーですので『超新星』ペアですね。

 そして、数週間前に全地方本戦が終了して中央決戦参加者が決定した時、『凶星』ペアという名前も見たんです。

 勿論、彼女が極東地区に行ったことも知っています。それに予選では、近年では『一番星』さんと『星雲』ペアしか達成していない完全試合(コールドゲーム)を成し遂げ、地方本戦でも殿堂入りペアたる『蠍座』ペアを相手に番狂わせを演じたりと、中々の暴れっぷり。

 不吉な黒色の剣使い。初めはそう囁かれ、忌避されていた彼女も、その泥臭くも全力な戦い方を近頃は認められ始めています。

 ペアはどんな人なんでしょう。気にはなりますが、ジャーニーに対する負い目から彼女の情報を遮断してしまい、詳細は知らないのです。確か『巨星』とかいったような……。

 ただ来週の中央決戦で戦う以上、やはりいつまでもそんなことじゃいられません。

「帰ったらシェリイに聞いてみましょうか……今日の午前中はそのまま対戦相手の情報収集に宛てて、午後はトレーニング……シェリイの学校が終わったら二人で対策訓練……」

 今日の予定を固めていると列も進み、私の注文の番が回ってきます。

「イカ焼きとイカ飯を一つずつお願いします。スパイスは辛めで……はい、持ち帰りで」

 手早く注文を済ませ、電子決済の後に整理番号を受け取ると、商品受け取り口に向かいます。三つもテントが繋がっているほどの巨大露店の受け取り口には、やっぱり人がごった返しています。ただ列になっているわけではなく、それぞれが邪魔にならないよう、受取口で番号を呼ばれるのを待っていて……。

 少しして、私の整理番号が他の方の分に続けて呼ばれました。

 以外にも早い手際に感心しつつ、人込みを抜けて、店員さんからビニール袋に包まれたパックを受け取って。

 そんな時。

 横に並んだ他のお客さんが、異様に〝背が高い〟ことに気が付いて。

 何ともなしに、顔を上げて。

 すると、あちらもこちらを一瞥していて。

「「え」」

 声が重なる。

 目を見開いて、思わず、動けなくなる。

 だってそこに居たのは。

「……ラーファ?」

 二メートル近い巨体に、雑に縛ったブラウンの髪と瞳。顔立ちは私が知っているものよりも大人びていますが、可愛らしさと綺麗さの中間をいくようなナチュラルな美人顔は健在です。

「……アン?」

 ラーファと、アン。ラファロエイグと、アララン。互いに愛称で呼び合う幼馴染で、無二の親友だった私達。

 二人して、受け取り口で硬直してしまいます。なんでこんなところに、だとか。久しぶり、だとか。そんなことも言えない。

 なんて声をかければいいか。話しかけていいのか。謝るべきなのか、でもどう謝ればいいのか。全く分からない。

 そうして二人で固まっていると、露店員さんが少し迷惑そうにして、それに気づいたラーファの連れが彼女の巨体の影から顔を出しました。

「おい、なにぼけっとしてんだよラファロエイグ。急がねぇと冷めちまうだろ。つーか、さっさとどかねぇと邪魔に……って、ん?」

 その連れがまた、ラーファとは打って変わった小柄な黒色少女で、更に言葉を失います。

 ジャーニー。なんでこの二人が、一緒に、こんなところで……?

「アララン? お前、なんでこんなとこに……」

 驚いたジャーニーがそう切り出しつつ、私は固まった口を動かそうとして、でもやっぱりどうすればいいかわからなくて。頭が、真っ白なままで。

「ごめんなさい」

 絞り出すようにそれだけを二人に言うと、逃げるようにその場から走り去りました。


 自室に辿り着くと、後ろ手に扉を閉め、ずるずると玄関に座り込んでしまいます。

 体から力が抜ける。血の気が引く。

 フラッシュバックする、トラウマ。

 右腕の古傷が疼いて掻き毟ります。ラーファに潰された腕。あの時の、鬼神の如き彼女の存在感。私は怯えてしまった。

 そしてそんな私を見た瞬間、ラーファは一瞬にしてその気迫を霧散させて、辛そうに顔を歪めました。それは目に、鼻に、唇に亀裂が走ったみたいで、痛々しくて。

 ラーファは繊細な人なんです。身体は頑強でも、心根は柔らかく、寂しがり屋で、自信がない。特にそのころは肉体の急発達に悩んでいて、心身のバランスも明らかに崩れていて、不安定だったのに。

 私しか、彼女を支えてあげられなかったのに。

 あろうことか、私は彼女を咄嗟に、拒絶してしまった。

 彼女が信頼して、剥き出しにしてくれた柔らかい心を、粉々に打ち砕いてしまった。

「先輩? だ、大丈夫ですか?」

 声がして、はっと我に返ります。目の前にはシェリイが居ました。

「こんな所で何して……」

 私が取り乱している所を見るのが初めてで、困惑しているんでしょう。ただ聡明な彼女はビニール袋の中でぐちゃぐちゃになったイカ焼きとイカ飯を見て、その後に私の古傷とそれを掻き毟る私を見て、直感した様でした。

「……まさか、〝あの女ども〟と会ったんですか?」

 一変して凍てついた声と、感情を失くした瞳。シェリイは人が変わったみたいに敵意と殺意を双眸に漲らせて、私を抱きしめました。

「安心してください。先輩を捨てて、傷付けたあんな奴ら、私が斬り潰します。私は一生、先輩に付いていきますから。先輩を一人になんてしませんから。だから、あんな女どものことなんて忘れてください」

 そうしてシェリイはビニール袋の中に手を突っ込むと、ぐちゃぐちゃになったイカ焼きを手掴みして、貪ります。

 ソースがべっとりと張り付いた唇で……笑いかけてくれる。

「私の為に朝ごはん買ってきてくれたんですね? ありがとうございます。大好きです、先輩」

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