地方本戦

20話 『蠍座』デワルス

 地方本戦サードレグ当日。

 ファーストレグ、セカンドレグで順調に点数を重ねてオレ達『蠍座』ペアは、現在この東部地方本戦で総合一位につけている。二位、三位と見知った顔ぶれが続く中、九位には件の『凶星』ペアが居た。

 奴らと当たるのはこのサードレグが初めてだが、九位に居るってことはやっぱり実力は確かなモンってことだ。実際この本戦の二試合のログを見た所、あの完全試合みたいなぶっ飛んだ立ち回りとは打って変わって堅実に戦ってやがったからな。〝撃破点〟に囚われることなく、時には撤退を繰り返して〝生存点〟を稼ぎ、隙を見て一気に〝占領点〟を奪って点数を量産。

 あのラファロエイグとかいう長剣使いの〝塗り〟の強さは脅威だし、そいつを守る『凶星』の守りも硬い。ファーストレグとセカンドレグであいつらをマークしてた奴らが囲もうとしても、でか女が素早く判断して強打で道をこじ開け、『凶星』が堅固しつつ立ち回っていた。

 互いの役割が明確で、よく信頼し合っているペアだってのが感想だな。まあちと予想より大人しいが、『凶星』はともかくあのでか女には拙い所が目立つのも事実だ。

 飛び道具の威力も、機動力も申し分ないが、肝心の剣の腕や命中率がすこぶる悪い。数年もすれば伸びてきて改善できる部分だろうが、逆に言えば一朝一夕じゃどうにもならない技術的な欠陥を抱えていると言える。判断の速さについては、地頭が良さそうな感じはするものの、安全性を重視した〝逃げ〟の選択を咄嗟にしちまってるようにも見える。

 それでもぎりぎり勝ち上がり圏内を狙える位置に居るのは、純粋に賞賛に値するがな。

 まあ、それだけで中央決戦まで勝ち残れるほど、この地方本戦は甘くはない。

「……ねぇ」

 初期配置の温泉宿の屋上で、隣に立っていた『銀河』のストルムが声をかけて来る。鼠色のフードを深く被り、口元には変声機能付きのシールドマスクをつけた得体のしれない風貌……まあ、普通に恥ずかしがりやなだけなんだけどな。

 ストルムはオーバーサイズのパーカー風な制服の袖から覗く指先で、オレの指を摘まんだ。

「……おなかすいた」

「あのなぁストルム。これから本番だぞ。大体、控室で食っとかなくて大丈夫かって聞いたろ?」

「……しらないひとが、いるところで、おなかすかない」

 ストルムがそう言った直後、くぅと可愛らしい腹の音が聞こえてきた。ただストルム自身は「ほらね」とオレを見上げるばかり。図々しいっつうか、内弁慶というか……。

 まあ、こいつがこうなのはわかりきってたことだ。

「ほらよ」

「……わあ、くりまんじゅう」

 平坦な声ながらもマスクを外し、オレがポケットから取り出したくりまんじゅうを貪り始める。雪像みたいな美しい両頬をリスみたいに膨らませて、硝子玉みたいな透き通る白瞳をがきみたいにきらきらさせて……これでオレと同じ二十四だってんだから、色々と不安になる。

「……おかわり」

「ほらよ」

 いや、それを甘やかしてるオレも悪いか。つっても、こいつ拗ねるとめんどくさいからな……これから本番だし。

 そうして控室のケータリングから拝借してきたくりまんじゅうやらあんぱんやらもなかやらを食べさせている間に、このサードレグの戦場となっている温泉都市ミントゥを見下ろす。

 東部地方でも比較的内陸に位置したこの盆地の都市には、百を超える温泉が湧き出ている。特徴的な硫黄の匂いを振り撒く湯気が街のそこかしこから白く立ち昇る景色は、よく言えば幻想的で、悪く言えば視界が悪い。街自体は高くても三階建て程度の背の低い建築物がのっぺりと広がるのどかなもんだが、水路や温泉が点在していて思った以上に足元も悪い。また、観光地だからこそ雑多で道に迷いやすいってのもある。

 つまり射線自体は通るものの視界が悪く、動きにくくて孤立しやすい、戦い難い戦場ってわけだ。

 湯気に隠されつつも、空には戦績やタイムを示す光文字が浮かぶ。試合開始までもう僅かだ。

「……さくせんは?」

「特にねぇよ」

 もなかを一口で口の中に押し込むストルムにそう返すと、ヤツは意外そうに白瞳を見開いた。

「……めずらしい」

「ここは混戦になりやすい。つまり、〝オレ達の得意な戦場〟だ。他の奴らもそれはわかってるだろうよ。きっとこっちのやりやすいようにはやらせてもらえん。だが、ここがオレ達の得意な戦場であることは事実」

 手の内の、赤いタイタンライトで作られた大鎌をくるりと回して首を鳴らす。

「目の前の敵を相手に、いつも通りすりゃあ負けることはねぇ。ただ、懸念点は十位以内に位置してるペアがオレたち以外にも四組居るって所だな。ここで転けたら、一発で順位をひっくり返されかねない。そいつら一組ごとの特徴は頭に入ってるな?」

「もち……にいと、ごいと、ろくいと、きゅういだね」

 そうしてストルムは、百六十センチある自分よりもでけぇ大盾を背負いなおした。乳白色のタイタンライトで出来た、亀の甲羅みたいな強固な護り。

「もんだいない……ぜんいん、うちらのてきじゃない」

 相変わらず、戦いになると途端に頼もしい。

「背中は任せたぜ、相棒」

「うい……あいぼう」

 試合開始の鐘の音が鳴り、二人で拳を合せ、湯気立つ街の中へと飛び込んでいく。



 試合展開は序盤から、ある意味では読み通りで、ある意味では読み違えたとも言える展開になった。というのも、ある一組が暴れ出したんだな。

 それは現時点で、この東部本戦で総合九位に位置している、ダークホースとして囁かれている『凶星』ペアだ。

 そいつらがあろうことか、後先考えてねぇような大立ち回りを演じ始めた。

 ……十位以内のどっかが派手な動きしてくるとは思ってたが、よりにもよってあいつらか。まあ予想通りだな。

 というのも、その大立ち回りの詳細は単純だ。

 視界が悪いのをいいことに、あのラファロエイグとかいう機動砲台が無差別砲撃を開幕からぶっ放しまくってるんだ。

 地方本戦も折り返しに迫ったこのサードレグは、順位も粗方固まって来て一点の攻防に集中してくる頃合い。でもそんな中で、ばかみたいにぶちまけまくる巨大斬撃光の乱射は破天荒と言わざるを得ない。

 事実、その突飛なスタートダッシュに半ば事故みたいにして食われた数組の撃破点と、大胆な行動による占領点の加点を得て、『凶星』ペアはこのサードレグで爆発的なスタートダッシュを切った。

 だが、順調な滑り出しもそこまでだ。あまりにも目立ちすぎたんだな。

 軽く見渡せばわかる。いくら視界が悪いっつっても、湯煙越しでもわかる特大光の射出点を複数のペアが強襲してる。ヘイトを買い過ぎたんだ。まあ実際、目隠し(ブラインド)越しの無差別砲撃ってのはそれだけで強力な武器だ。シンプルだがえげつねぇ。思い切りも良い。野放しにしてたらこの試合は崩壊してるだろう。

 だが、それを許すような雑魚はこの本戦まで勝ち残れてない。

 事実、開戦からものの五分で徹底マークにあった『凶星』ペアは防戦一方になって、無差別砲撃の一発も撃てていない。

 その様子を遠巻きに眺める準包囲網があって、更にそいつらを尾行するような大外の様子見ペアが複数人。オレ達はここに位置している。

 ド派手なパワープレイに動いた『凶星』ペアを中心としたこの戦況。

 〝悟る〟。

「これはまずいな」

「……なにが?」

 首を捻ったストルムは、乳白色の大盾越しに湯煙の中の混戦を見つめた。

「……きゅういのあいつら、てんすうかせぎ……むりしすぎ……あいつらがおちたら、せんきょう、かわる」

 そうして、素早く鋭い眼光をフードの深い所から周囲に走らせる。オレ達と同じ、勘が鋭そうな遠巻きの数組を睨むみたいに。

「つめてるやつら、と……そのあとづめの、ちゅうとはんぱなやつら。こんせん。おおそとから、いっきにたたく」

 確かに、普通に考えればこのサードレグの試合運びはストルムの言う通りだろう。スタートダッシュで目立ちすぎたペアが集中砲火を食らって脱落し、こぞって対処しようと近付いた者同士で混戦が勃発。その乱闘を大外から一方的に刈り取るペアが得点を伸ばす。

 セオリー通りの試合運び。だからこそ、オレは違和感を覚えていた。

「『凶星』はまだしも、そのペアのラファロエイグとかいうヤツは馬鹿じゃねぇ。こういう立ち回りをすれば、こういう試合展開になるってのはわかってるはずだ。その上で、この試合展開を選択してる。慎重そうなヤツなのにだ。つまり……相応の算段があるんだろう」

「……え?」

 目を見開くストルムに言う。

「詰めるぞ」

「は? ……ちまよった?」

「いいや、オレは冷静だぜ」

 大鎌を握り直して、この戦況の中心を見据える。平坦な温泉街の中心で、色とりどりの猛攻に晒されながらも生き延びている『凶星』ペア。

 もっと言えば、この試合状況を〝作り出した〟ペア。そこに思惑を感じるんだよ。

「外から眺めてたらこの試合は負ける。それも大差で。あの『凶星』ペアにだ」

 断言すると、ストルムは目元だけを覗かせながら頷いた。

「うい、しんじる」

 もう長年ペアを務めてきた阿吽の呼吸。

「行くぞ」

 そうして、二人で大嵐と化した戦況の中心へと迫った。

 勿論、湯煙に隠れながらの隠密的な接近だ。ストルムは恥ずかしがり屋なタチもあって、身を隠して行動するのが得意なんだ。人の視線に敏感でな。だからストルムを先頭に、二人でじりじりと、でも決して遅くない速度で戦渦の中へ潜り込んでいく。

 すると、しばらくして激戦を目の当たりにした。

 台風じみた戦況のど真ん中。その場所は、『凶星』ペアを中心として混沌を極めていた。

 包囲網だけで八組は下らなくて、更にその外回りに五組程度が控えている。そいつらが互いに牽制しつつ、それでも間髪入れずに『凶星』ペアへと攻撃を叩き込んでいる。

 でも、その悉くを『凶星』が一人で叩き落していた。

 生で目にしてわかる。あのチビの剣技は明らかに常軌を逸している。光を吸い寄せることに特化した黒色の宝石剣を自在に操り、踊るように戦場を駆けながら、雨のような集中砲火を片っ端から叩き落としてやがる。

 勿論、それでも手数の問題があって全部を防ぐには至らねえ。

 でも、そこで補助をしてやがるのがペアのでか女だ。

 『凶星』に守られつつも、絶え間なく首を回して周囲の状況を確認しつつ、互いに牽制し合っている包囲網の絶妙な地点に斬撃光を放って隙を作り、互いに撃ち合わせることで『凶星』への圧が強くなり過ぎないようにしてやがる。それに加えて後退経路も目敏く、いちいち湯気に隠れるような道を通ったり、入り組んだ迷路みたいな道を隅々まで把握しているみたいに横断したり、とにかくその一挙手一投足に明確な意思を感じるんだ。

 ありゃあ、間違いなくこの温泉都市ミントゥの地理を頭に叩き込んでやがる。この街で勝負に出ると早々から決めていたのかもしれない。

 そうして潜伏しつつ、このサードレグに参加している三十組の内、十三組を身近で相手取っている奴らの観察を続けた数分の後。

 ラファロエイグとかいうでか女のブラウンの瞳が、一瞬だけ、機を見抜いたように細まった。

 〝これだ〟。

 直後、『凶星』ペアの動きが一変する。

 これまで防戦一方で後退をしていたのに、突如として足を止めて、ラファロエイグが大きく純白の長剣を振りかぶる。また、その数歩前で『凶星』が身を低くして黒剣を構えた。

 阿吽の呼吸のフォーメーション。

 温泉宿の影にて、ストルムに身を低くするように指示を出しつつ、『凶星』ペアをみやった。

 すると集中砲火の間隙を縫って、二人の純白と漆黒の剣が躍動する。

 だが一体何をするつもりだ? でか女の方の有効射程は精々十五メートル前後で、踏み込みも含めて二十メートル。それがわかっているから、包囲網は十分な距離を取っている。

 つまり、この包囲網を打開しようにも射程外なわけだが……。

 ストルムの大盾の後ろに隠れながら、訝しんだ時だった。

 予想通りでか女が純白の斬撃光をぶっ放す。威力を見てわかる。こりゃあ命中率を度外視した斬撃光だ。受ければひとたまりもないだろうが、冷静に軌道を読んで躱せばどうってことない……はず。

「あ?」

 次の瞬間、オレは目を剥いた。

 何せ、〝でか女がぶっ放した特大斬撃光が切っ先より溢れた途端、その目前にいた『凶星』が素早く黒剣を振り抜いた時〟。

 宙に格子状の黒い剣閃が煌めき、でか女が放った斬撃光が〝無数に切り分けられた〟んだ。

 そしてその一つ一つが、散弾じみて寸分たがわず、包囲している十三組に向かって行く。

 命中率が著しく落ちるはずの、有効射程外に居たはずなのに。

 一瞬の明滅の後、意表を突かれた包囲網を組む十三組が、瞬く間に宝剣を撃ち抜かれて半壊状態に陥る。そこかしこで悲鳴と怒号と、血飛沫みたいに鮮烈な宝剣の破片が吹き荒れる。

 まさしく一網打尽。『凶星』ペアに加点される撃破点は見る見るうちに伸びていった。

 同時に、分析する。

 今の『凶星』ペアの散弾銃めいたぶっ放しの理屈は、恐らくシンプルだ。

 まず、ラファロエイグの斬撃光の威力は絶大だが、狙って当てられる有効射程は短い。威力も射程も、全力でぶっ放した時の一割にも満たないだろう。

 そしてそれは、剣の技術の未熟さの為。

 なら、〝剣の技術に卓越した研闘師が補助をすれば?〟

 それこそラファロエイグが発する爆発的な光力を〝銃口〟じみて制御し、狙った様に飛ばすことが出来れば、それはでか女の規格外の射程を保ちつつ攻撃することが可能なわけだ。

 ラファロエイグがぶっ放した斬撃光を切り裂き、狙った箇所に弾いて飛ばせるような馬鹿げた技術と光力を持った研闘師なら、きっと理論的には可能なはず。

 そうすれば、無数に切り分けてなお破壊的な威力を持つでか女の斬撃光は、強力無比な射程と精密性を誇る遠距離攻撃になる。

 馬鹿げた〝合わせ技〟。ピーキーな性能同士が噛み合った、理不尽とも言える一方的な攻撃。

 つまり、今のは。

「ハッ! 〝合技〟なんざ、結成一年未満のがきんちょペアがやるようなもんじゃねぇだろ!」

 ぶるりと肉体が震える。武者震い。高揚が血潮を沸かせる。

 これだよ。こういうぶっとんだ奴らとの戦闘が、一番楽しいんだ!

 ストルムと二人で起き上がる。同時に、『凶星』ペアは二発目の合技を繰り出した。ラファロエイグがぶっ放して、『凶星』がその斬撃光を正確無比に斬り分けて軌道を修正する。

 その二発目を前に、半壊状態と化した包囲網は鎧袖一触に吹き飛ばされそうで。

 〝でも〟。

「そんなぽんぽん点取らせるわけにゃあいかねぇなァ!」

 オレは大鎌を振り回し、〝天雲大陸でも屈指の防御力を誇る大盾使いの相棒を一瞥する〟。

「だろ、ストルム?」

 すると相棒は大盾を地面に突き立てつつ、乳白色の光を迸らせながら頷いた。

「うん……だいたい」

 その白色の瞳が、明確に『凶星』ペアを睨む。ライバルと認めたみたいな、普段の希薄な眼差しからは打って変わった眼光。

「ごうぎ、つかえるの……うちらも、いっしょ」

 次の瞬間、慌てふためく包囲網の中へと、乳白色の閃光が迸った。

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