19話 ラファロエイグ
「まずは極東地区予選優勝を祝して~、乾杯!!! ……ていきたいところだけど、ごめん。多分だけど浮かれちゃらんないし、早速地方本戦の対策を練ろう」
極東第六支部の居住区のリビングで、いつものように四人で話をする。ロンズは台所で村のみんなに貰った地区予選優勝祝い(山盛りのお野菜やお肉やお魚)を調理し、モランジェはテレビの前に陣取って資料を山脈のように侍らせている。ジャーニーは窓際で黒剣を磨きつつ、ロンズが作ってくれたロールパイを摘まんで、私は椅子に座ってモランジェが整理してくれた資料に目を通していた。
みんなばらばらに見えるけど、これが夏ごろから続いている私達のチームワークだ。秋の地区予選も終わり、年明け後の地方本戦に向けてやることは山積みなんだから。
「予選については正直、地区ごとの実力のばらつきが大きい。実際、私達が勝ち上がった極東地区予選も『幻月』ペア以外は決してレベルが高いとは言えない。でも地方本戦からは号持ちや元号持ち、もっと言えば〝殿堂入り〟が必ず複数組試合に参加してくる。中央を除いて、他の四地方で実力差は殆どない。一方で私達は、二人とも得意不得意が偏り過ぎてる。得意分野じゃあ互いに実力者と張り合えるだろうけど、不得意分野じゃあ本戦の中でも最低クラス、苦手な試合展開に持ち込まれたら、最悪何も出来ずに負ける」
「逆に、得意な展開に持ち込めれば勝てるって話だな」
黒剣を磨いていたジャーニーが、片目を上げて私に微笑んだ。窓から差し込む月光が黒い肌に当たって、美しく鋭利にその輪郭を切り取る。絶対的で強靭な意思の力が漲る黒い瞳には余裕が感じられた。
なんだか最近、輪をかけてジャーニーが頼もしい。かっこいいなぁ……って、いう風には思ってないケド。
「うん。でも問題は、少なからず私達はマークされるってことだ。正直予選じゃあ上手く行き過ぎたんだよ。特に初戦の完全試合は、なんか偉業認定されて結構報道されちゃったし……」
「実際、東部地方本戦の有力株を特集した雑誌にも、ダークホース枠として堂々とりあげられていましたっ!」
「そういや、こないだ東部本部の大会広報委員とかいうヤツらが取材にも来てたな」
「別にいいじゃねぇか。勝ちは勝ちだろ?」
超然とした余裕を口の端に纏いながら言ったジャーニーは、黒剣に視線を戻してグリップのラバーを巻き替え始める。相変わらず豪胆というか、呑気というか……いやまあ、ジャーニーは去年この本戦すらも突破して中央まで行ってるから、おかしなことじゃないんだろうけど。
……問題は私なんだよなぁ。
「ジャーニーは良くても、私は駄目なんだよ。『幻月』ペアの時はジャーニーが抑えてくれたから自由に動けたけど、次からはあの二人レベルのペアが最低でも三組は試合に出てくるだろうし、それ以上のペアだってそこに加わる。あんまり暴れ過ぎて集中攻撃を受けても今回は逃げきれない……かといって消極的な試合運びをしてたらペースが握れなくて上位を狙えない……うーん、どうしたもんか……」
「なにぶつくさ言ってんだよ。大丈夫だよ、お前は」
「もう、何を根拠に、」
「だってアタシに勝ったろ?」
きっぱりと言われて言葉を呑む。
「そりゃあ、そうだけど……でもあんなのまぐれで、十回やったら九回はジャーニーが勝つよ」
「でもお前にはその一回を本番で引ける強さがある。単純な腕力や斬撃光の派手さだけじゃなくてな」
「で、でも一回勝てた所で、地方本戦はシックスレグまでの六回も試合があって……勝ち上がれるのも、三百組中四組だけだし……号持ちクラスだけでも数十組はいるのに……ジャーニーはまだしも、私は……」
「だから大丈夫だって」
そう言ったジャーニーの視線はラバーグリップに向いたままだった。その横顔は、信頼と希望に満ちていた。
まるで自分の愛剣に向けるような。
「何よりも、お前にゃアタシがついてる。だから勝つことだけを考えろ。アタシの剣はお前に預けるから、お前の全部をアタシに任せろ。安心しろ、アタシが絶対守るから」
「…………………かっこつけちゃって」
「なんか言ったか?」
「別に何も、」
「かっこつけちゃってって嬉しそうにデレ笑いしながら言ってましたっ!」
「おアツいねー」
「ここぞとばかりに入ってこないでよっっ!!!!!」
すかさず口を挟んできたモランジェとロンズに抗議する私を見て、ジャーニーは笑っていた。『幻月』ペアと戦ってから、ジャーニーはペアというものについての造詣が深まったみたいなんだ。完全試合の後、何かと一緒に居る時間を増やしてくれたり、ちょっとのことでも手伝ってくれるようになったり、なんというか理想のこいび、ってそんなんじゃないし!!
……ただ、『幻月』ペアとは仲良くなったのか、なんか連絡をとり合ったりもしてるみたいで? 対戦はしてないけど予選のサードレグの会場で鉢合わせた時とか絡んで行って邪険にされて、それでもなんか互いに認め合ってもいる、いわば好敵手みたいな空気出してて、ちょっと私だけ居心地悪かったことなんてまっっったく気にしてもないけど? だって私ペアだし? あの二人よりも、っていうか誰よりもジャーニーと一緒に居るし?
「とにかくっ! 地方本戦だって目指すは優勝! 私をからかってる暇なんかないんだから!」
「わかってるよ。お前のことだから、うじうじ言っててもどうせ何か考えはあるんだろ?」
そこまで見透かされて、それが恥ずかしくて、でも嬉しくて。
私を信じてくれている。それが、視線だけでわかる。
「とーぜん、私だって本気なんだから。第一、〝予選のファーストレグが上手く行き過ぎた分、温存できたものもたくさんあるし〟」
事実、初戦で完全試合を成し遂げた時点で私とジャーニーの予選突破は殆ど確定的なものになっていたんだ。だからセカンドレグとサードレグでは極力抑えて試合をして、手の内はまったく見せなかった。上手く行き過ぎたからこその軌道修正もきちんとしてある。
「相手は強敵ばっかりだけど……私だって、負けるつもりは微塵もない」
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