17話 『弦月』ディサロンノ
こんなはずじゃなかった。ありえない。嫌だ、嫌だ嫌だ……勝ちたい。
なのに、目の前のあの黒色の鉄壁にはいつまで経っても罅一つ入らない。
「このッ!!」
銀光で出来た弦を引き絞って光矢を放つ。でも『凶星』さんはお姉ちゃんと斬り合いながら、目の端で私の矢を捉えると、剣戟の合間に素早く片足を引きながら剣先を閃かせて光矢を叩き斬る。そして引いた足から無駄なく連動するステップワークで後退し、お姉ちゃんの蛇剣を危なげなく避けると、後の先を取って牽制を組み立てていく。
もうずっとこの調子だった。完全に『凶星』さんにペースを握られていて、どれだけ手を尽くそうとあの人の剣技が崩せない。
戦ってみてわかるんだ。
化け物だ。そもそも私の光矢みたいな飛び道具っていうのは、避けるか遮蔽物を使うかして凌ぐもののはずなの。
だって宝剣っていうのは、〝必ず割れやすい力の加え方〟があるものだから。
普通の刀剣とは違うんだ。タイタンライトを特殊加工して鍛えているから使い手に合わせて千差万別だけど、宝剣はあくまでも宝石。
加工の仕方によって衝撃に強い部位を作ることはできるけど、どう頑張ったって、物理的に苦手な角度からの攻撃というものは存在するはずなんだ。
だから素人が宝剣を使ったら、耐久力を著しく消耗させてしまって、すぐに壊してしまう。
だからこそプロの研闘師同士の斬り合いには卓越した技術が込められているし、互いの剣技を知り尽くしたペアという存在は、効率的に、十全に研闘をするうえで必要不可欠になる。
それだけ脆く、繊細な剣と技を扱うのが研闘師のはず。
だからありえないんだよ。
宝剣の性質上、〝防御っていうのは攻撃とは比べ物にならない技術が必要になる〟。
だって剣の一太刀でも不用意に受けてしまえばブレードに深いダメージが入るんだから。
だから、〝飛び道具を斬り落とす〟なんて芸当自体が非効率で超難易度の曲芸なの。自分に向けて飛んでくる光の矢を、剣を立てにして受けるんじゃなく、文字通り刃で斬り払わなきゃいけないんだから。
それをあの人は、お姉ちゃんと戦いながら平然とやってのけている。
「なんでっ」
唇を噛む。自分の力の弱さを、呪う。
だってさ、私の矢に威力は殆どないんだ。それでも号持ちになれたのは、お姉ちゃんが居てくれたからって言うのと、寸分たがわず相手の剣を苦手な角度から撃ち抜き続けたから。
そのために血が滲む程矢を放った。お姉ちゃんの足を引っ張りたくなかったから。お姉ちゃんの助けになりたかったから。
この極東地区の大地主の家に生まれて、沢山いる兄弟の中で私が一番身体が弱い落ちこぼれで、光力適正も低くて。
そんな私が押し殺していた、研闘師になりたいだなんて夢を、お姉ちゃんだけが真剣に聞いてくれて、助けてくれて、双子だから、私達は二人で一人だからって、ずっと支えて、引っ張ってくれて。
三年前に号持ちになれてから、その後二年連続で本戦で負けたのも、私がミスをしてしまったからなのに。去年なんか、私が撃った矢が相手の宝剣に罅を入れたけど威力不足で、もうほんの少しでも威力があったら撃ち抜けてたはずで、その獲り逃した一点のせいでぎりぎり中央決戦まで勝ち残れなくて。
でもお姉ちゃんは一言も私を責めないで、私達を責める奴らに気丈に反抗して、二人で頑張ろうって励ましてくれて。
今年こそはって二人でずっと、ずっとずっとずっと、頑張って来たのに。
こんなところで、予選で負けるだなんて……そんなの、そんなのっ!!!
「嫌だっ!!!!」
叫んで住宅街の屋根から飛び降り、お姉ちゃんの真後ろに近付く。
「ディサロンノ!?」
「お姉ちゃん、〝あれ〟やろうっ!」
驚くお姉ちゃんに提案する。お姉ちゃんと斬り合っている『凶星』さんが眉を顰めた。
構わず、光矢での跳弾を駆使して牽制する。これだけ近付けば私の矢でも多少は圧力が増す。
「このまま負けたくないっ! 勝ちたい! 今年こそ、絶対に、絶対に!」
鋭く吸い込んだ息が、胸の内で情熱の炎に熱され、噴き上がる。
「絶対に今年こそ、お姉ちゃんを一番にするんだからっ!!!」
それが私の目標だから。研闘師を目指すよりも前。生まれる前からずっと一緒に居て、ヴァランタインお姉ちゃんは弱い私をずっと支えてくれた。
逆に言えば、私が足を引っ張って来た。
でも、もうそれは嫌なの。足を引っ張りたくない。踏み台でも良い。お姉ちゃんを一番高い所まで連れていく。お姉ちゃんが一番なんだって証明する。
「〝あれ〟も、この人に通用すればきっと本戦でも通用する。そうしたら私達は、中央決戦までっ!」
「……そうね」
『凶星』さんと剣を弾き合ったお姉ちゃんが、一歩下がって頷く。頬からは汗が滴り落ちていて、服もぼろぼろ。蛇剣だって罅割れが深い……やるなら、今が最後。
「確かに、〝合技〟ならこいつを倒せるかもしれない」
合技。その言葉を出した途端、『凶星』さんが目を見開いて警戒心を露わにした。
当然だ。号持ちなら知っているはずだから。
「んな大層なもん持ってたのかよ。チッ、こりゃアタシらが読み違えたな」
悪態を吐くみたいに言った『凶星』さんの頬を汗が流れ落ちる。
合技っていうのは、中央決戦で上位に残るようなペアが持っている〝必殺技〟なんだ。
勿論誇張や冗談じゃない。号持ちになれるほどの技術を持った研闘師がペアとして互いの剣技を知り尽くし、二人の光を掛け合わせて放つ複合技。ハマれば必ず相手を倒せる、理不尽なまでに一方的なそのペアの十八番。理不尽コンボとか嵌め技とかいろいろ言われているけど、実際に私とお姉ちゃんは三年前の中央決戦で、その年二位だった『星雲』ペアに合技を使われて何も出来ず惨敗した。
そして私とお姉ちゃんは、今年ようやくそれを完成させた。だから、合技さえ使えば。
「でも、だめよ」
「なんでっ」
「時間切れだわ」
深いため息を吐いたお姉ちゃんは、『凶星』さんからも私からも目を逸らして、住宅の一つの屋根を見た。
視線を向けると、二メートル近い巨体の研闘師が、純白に光り輝く長剣を携えて立っていた。
「ごめん、ジャーニー。遅れた」
『凶星』さんに話しかける態度でわかる。きっとあの人がペアのラファロエイグさんだ。
この極東地区予選ファーストレグを破壊した張本人。
お姉ちゃんは、そんなラファロエイグさん越しに夜空を見上げた。するとそこに浮いていた光文字のスコアボードは非現実的なスコアを表示していた。
それは、〝撃破点と占領点を一位ペアが総獲りしている〟という結果だった。
『凶星』さんが私達を抑えている間に、ラファロエイグさんが一人で街を塗りつぶして、一人で他の研闘師を一掃したんだ。あれだけの点数があれば、セカンドレグとサードレグを待たずして地方本戦への勝ち上がりは決定的になったはず……なんなの、この二人は。
「ここでこの二人相手に合技を使っても取れる点数は二人分の撃破点だけ。塗り返そうにももうタイムアップまで時間もないし、わざわざ開発した合技の無駄打ちにしかならないわ」
お姉ちゃんは、あろうことか蛇剣を腰の鞘に納めた。ここまでだとでもいう様に。
「焦らずともセカンドレグ、サードレグで巻き返せば本戦の出場枠は十分狙える。この二人とはもう予選じゃあたらないもの」
そもそもファーストレグからサードレグまでは同じ面子で試合をするわけじゃないんだ。極東地区だけでも参加者は百人を超えてるから、試合ごとに人員を入れ替えつつやるの。今だって、他の二つの主要都市で別の参加者同士が試合をしている。
「でもっ」
「元々合技は本戦から使うっていう約束でしょう。この試合の映像もデータとして残る以上、もし予選で使って対策されでもしたら意味がなくなる。私達の目標は、中央決戦に行くこと」
そして、お姉ちゃんは少しだけ顔を伏せて言った。
「だから……ここは負けを認めましょう。ここから、勝ち上がる為に」
その言葉を聞いた途端、膝から力が抜けてへたり込んでしまう。宝剣も手から滑り落ちた。目が熱くなって、なんだか胸に穴が開いたみたいになって。
負けた。予選から。今年こそ負けないって誓ったのに。
一年間、勝つためだけに頑張って来たのに。
よりにもよって、〝生存点以外の得点の全てを奪われる完全試合(コールドゲーム)〟で。
「う、うぅっ」
まるで、身体がばらばらに引き裂かれたみたいだった。
何よりもお姉ちゃんの言葉が震えていたことが、悔しくて。
その頬から涙が落ちたことを、信じたくなくて。
「うわぁああああああああんっ!!!!!」
泣いてしまった私を抱きしめつつ、お姉ちゃんが護光チャームをオフにして降参を示す。
すると撃破点が更に『凶星』さんに追加されて、街中に試合終了を告げる鐘の音が響く。
一瞬の静寂。それはまるで、完全試合(コールドゲーム)なんて都市伝説みたいなものを目撃した住人たちの絶句の様でいて。
次の瞬間、地鳴りのような、割れんばかりの大歓声が街中を震わせた。
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