16話 ラファロエイグ
ジャーニーと別れてから、正直彼女の心配をしてる余裕なんて私にはなかった。
あったのは緊張と、思考。
だって四年ぶりの実戦だ。いやまあ、大隕石の上でジャーニーと研闘はしたけどさ、人前に出て知らない人と戦うっていうのとは違うじゃん? ちなみにあの時大隕石に付けちゃった傷は、エアリィ支部長に報告してもちょっと驚かれたくらいでなんともなかった。なんか「だろうな」って感じでさ。ほんと、あの鬼ババ様何考えてんのかわかんないんだよね。
ってそんなことはどうでもよくて。集中しないと。
思考を切り替えて、純白に染まった山間都市グランツの街の下部を見回す。私が今いるのは崖に沿って建築された特殊な屋外ショッピングモールの一角だった。階段みたいに色んなお店が上下に連なっていて、坂道が蜘蛛の巣みたいに入り乱れている迷路みたいなモールだ。
そのメイン通りの坂道を下っていると、両脇に連なるテナント群の屋上から一組のペアが飛び出してきた。
「いたぞっ! こいつだ!」「これ以上好きにさせない!」
宙に躍り出る二人の研闘師はそれぞれ宝剣を握りしめて、私に向けて闘志を放ってくる。
どうするか。本番に至って緊張していても、意外にも思考は冷静だったのは自分でも驚いている。なんというか、視界が凄くクリアなんだ。透明感があるっていうかさ。
自分がやるべきことが、今はきちんとわかるんだ。
だから、握り締めた純白の長剣を、〝上に振り抜くフェイントをしてから、道の先の露店へと斬撃の軌道を変える〟。
すると宝剣に血が吸われるみたいな感覚が一瞬だけして、苛烈な破壊力を纏った純白の斬撃光が流星のように迸った。すると着弾の直前に露店の影から別のペアが舌打ちをしながら転がり出て来る。私を待ち伏せしてたんだ。
同時に、最初に上に切っ先を向けたフェイントをしたおかげで、頭上から襲って来てた組も警戒して跳び退ってくれた。
また、首を捻ると道の背後からも一組ペアが追って来ている。
……三組からのマンマーク。いや、多分もっと潜んでたりしてるなぁ、これ。流石に目立ちすぎちゃったみたい。にしたって、みんな他の組もいるのに私だけ狙って……って、愚痴は後。
「ふぅ」
息を吐いて、道の前後と頭上に構えた三組に向けて半身に構える。
どう切り抜けるか。考えろ。この状況を打開するイメージを描け。
勝つ為に、私は何を持っていて、何を持っていない?
自分を構成する要素を分解して、現実的に、効率的に、手段を構築しろ。
「ようやく追い詰めた、詰めるぞ」「でも気をつけて、近距離でぶっ放されたらアウトだから」
「うちは距離とったままやろか」「せやな。あちらさん威力はエグイけど精度は低いみたいやし」
「他二組に合わせるぞ。油断はするな」「当然。共闘っぽいけど、他の組だって敵だしね」
頭上の組、後ろの組、前の組がそれぞれ小声で話している。私は耳とか目も良いからさ、結構聞こえちゃうんだな。そして、いくら最弱の極東地区とはいえみんな侮れないと感じる。
……今日の実戦で改めてわかったけど、後ろの組の人が言う通り、私の斬撃光は命中精度が思った以上に悪い。威力には満足してるけど、四年も剣をサボってたせいでブレードコントロールが安定しないんだ。
力が強ければ剣速を使って威力も射程も上乗せできるけど、一ミリでも斬撃の軌道が変わったら、十メートル先ではその〝差〟が何倍にも膨れ上がるのが斬撃光だ。正直、私が思いっきりぶっ放したら実射程自体は数百メートル超えるけど、力を抑えてコントロールして、確実に思った場所にあてようとしたら十五メートル前後が有効射程として限界。それ以外は当たらないか避けられるのは、この子たちを相手にしてわかった。
そして三組とも、その十五メートルをぎりぎり超える距離感で私を包囲してる。
またその十五メートルという距離は、それなりに技術があるプロの研闘師なら十分〝間合い〟と呼べるものなの。
……どっか一方にぶっぱなしたら、その隙に他二組に寄せられる。ぶっぱするには思いっきり剣振らないとだから隙ができるし……今の私の剣技じゃ、二組四人に寄せられて凌ぎきることは出来ない。
半ば詰んだ状況だと思い至る。実際三組もそれがわかっているのか、攻め急ぎはしない。むしろ私がどう動くのか、他の二組がどう動くのかを注意深く様子見してる。
そりゃそうだ。だっていくら私を堕とすために共闘してると言っても敵同士。みんなそれもわかってる。
長剣の柄を握り直す。
確かにこの四年で剣はサボってた。だから剣術が不得手なのは認めるよ。
でも私だってこの四年、遊んでたわけじゃないんだ。
天雲大陸でも屈指の大山脈で、鬼ババ様に鍛えられてきたんだから。
改めて思考する。
自分を構成する要素を分解して、現実的に、効率的に、手段を構築しろ。
そうして私は構えを変えた。それもおよそ剣の構えとは言えない、上体を屈めて足を踏ん張った〝クラウチングスタート〟の姿勢。
剣ではなく、走る為の構え。私に無いものはわかった。
「よーい、」
じゃあ、私にあるもので勝負しろ。
「は?」「なんのつもり、」
後ろの鈍りの強いペアが困惑した一瞬。距離を取って戦う。そう言っていた組への一点集中。
太腿に力を入れた瞬間、筋肉が膨れ上がり、骨や関節が軋む十分な手ごたえがあった。
「ドンっ」
踏み込む。一瞬。アスファルトを蹴り砕くと砂塵が舞い、身体は風を超えて。
「なん、」
たった一歩で、困惑した後方のペアの一人が眼前へと迫る。呆けた顔が、手を伸ばせば届く距離にあった。
「「は?」」
重なった二人の声。それを纏めて叩き斬るように長剣を薙ぎ払った。剣術の欠片もない力任せの暴力。咄嗟に剣を立てて防御姿勢を取った二人を纏めて道脇のテナントの軒下に吹き飛ばす。二本の宝剣が砕ける手応えがブレードを通じて伝わる。
これで道は切り開けた。また逃げるか、はたまた。
「逃がすかよ!」「行かせないわ!」「合わせるぞ!」「わーってるっての!」
すかさず他の二組が追撃を仕掛けてくる。でも頭上の組はともかく、前に居た組は遠い。
当たり前だ。だって私の有効射程を見極めてそれぞれ距離を取ってたんだ。なら、〝逆方向の一方に寄せれば、反対位置の組との間合いは三十メートル近くまで伸びる〟。
そして最初に後ろの組を狙ったのは、明確な射程持ちだったから。前の組は近接戦に自信がありそうだったから奇襲も防がれちゃってたかもだし、成功したとしても後ろの組に飛び道具使われたら三十メートルの間合いとか関係ないもん。
つまり、これで三対一から、一対一の三連続になった。
それも包囲されているわけじゃなく、屋外モールの大通りという縦に長い戦場で、前方上空と、前方から四人が襲い掛かってくる状況。
「おっけ、良い感じ」
呟いて、肉体を反転させると同時に長剣を振り上げて構える。すると上空の組は再び咄嗟に身を翻した。多分どっちかが空中に足場を出せる宝剣使いなんだ。フットワークが軽い。でも伸びた間合いを少しでも早く縮めるために突っ込んできていた前の組は別。
「まずい!」「しまった!」
二人が前進の勢いを殺せたのは、丁度私の眼前十五メートル先。
ただそこは、近接戦が得意そうな身体能力の賜物だね。二人ともすぐに飛び退って私の有効射程から抜け出した……でも、たった数メートルだ。
「残念、読み間違えたね」
振り上げた長剣を、〝大きく踏み込んで〟振り抜く。すると切っ先から溢れ出した三日月形の斬月光は大通りを埋め尽くし、空の彼方までの飛翔の傍らで二人の宝剣を粉砕した。
「私が斬撃光を当てられる間合いは確かに十五メートルだけど、それは突っ立って振った時の話ね。踏み込んだら二十メートルはいけるんだ。私、一歩が大きくて」
そうして見上げると、頭上の組が悔しそうに唇を噛みながら後退している所だった。宙に光の足場を作り、屋根を伝って逃げようとしている。でも。
「かけっこなら負けないよ」
膝を曲げて力を蓄え、跳躍すると一足飛びにテナント群の屋上まで登る。ぎょっとして振り返る二人を、グランツの街の屋根を水切り石の如く低く跳ねるようにして追い詰める。
身体能力。昔、親友と別れる原因になったこの身体の動かし方も、今では四年間隕鉄山脈を走り回ってきちんと理解してるし、鍛え上げてる。
第一ここは〝山間都市〟グランツ。宝剣を持って山を走るのなんて慣れてるんだ。
そうしてあっという間に二人に追いつくと、再び長剣を振り上げた。
閃光。
「ありがとう、君たちのお陰で、きちんと今の課題がわかったよ」
星が落ちてきて炸裂したみたいな純白光が街を覆い、宝剣が砕かれ、屋根の上に崩れ落ちた二人から目を離す。
見下ろすと、唖然と私を見上げる他のペアと目が合った。
長剣を構えなおす。
近接戦闘や正確な遠距離攻撃は苦手。一方で中距離攻撃手段に一点だけ強力なものを持っていて、身体能力も群を抜いている。それが今の私だと自己分析する。
今の私の戦闘スタイルは、とにかく戦場を走り回って捕まらないようにしながら、威力重視の無差別砲撃をばらまいたり、苦手な近・遠距離戦を駆け引きで中距離戦まで持っていって得意な大火力を叩き込むこと。ピーキーで、癖の強いスタイルだ。
「地方本戦に向けて、帰ったらまた鍛えないとだね」
そうして私は屋根を蹴り飛ばして、眼下のペアへと襲い掛かった。
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