15話 『凶星』ジャーニー

 〝開幕直後のラファロエイグによる爆撃を見届けて〟、アタシは山間都市グランツの中腹にある商店街で黒剣を握り直した。

 一か月前、ようやく故郷から届いた新品の直剣。握るだけでわかる。体の一部みたいに手に馴染む。

 一緒に届いたメッセージカードには、ガキどものきったねえ字で「かっこよかった」だの、お節介な大人共の癖のある字での「無理はしなくていい」だの、色んな言葉が書かれていた。

 改めて思う。負けられねぇ。この数か月で、この日の為に整えてきた決意を固め直した。身体も技術も鍛え直した。後は、勝つだけだ。

「調子はどうだ、ラファロエイグ」

 空から落ちてきた相棒に声をかける。

 毛量豊かなブラウンの長髪を雑に後ろで縛った二メートル近い巨体は、この数か月で更に仕上げられている。起伏の豊かな身体を包む協会制服は動きやすそうなスポーツカジュアル風のショートパーカーに、ハイウエストの余裕のあるワイドパンツというスタイル。

「うん、良い感じ。しっかり体も動くし、剣も光もよく走る。それと意外な収穫もあったよ」

「号持ちペアでも見つけたのか?」

「まさにそのとーり。この街の形状から、射程持ちに上に陣取られたらめんどいかと思って試し打ち代わりに爆撃してみたけど、大当たりだったね。まぐれ当たりだから堕とせてはないけど、避け切れてもないはず」

「そんなら、早速〝作戦通り〟だな」

 頷き合って、拳をぶつけ合う。

「危なそうなら、無理せずアタシんところに来いよ」

「わかってるって。ていうか、ジャーニーこそ一人で大丈夫?」

 好戦的に笑って見せる相棒に、同じ様に笑って返した。

「誰に言ってんだ。アタシは負けねえよ、もう二度と」

「そっか、へへ、頼もしい」

 そうして互いに背を向け、二手に分かれる。

「じゃあ、いっちょ暴れますか」



 ラファロエイグと別れてから、アタシはグランツの街を駆けのぼった。初っ端の爆撃を見た他の連中がこぞってラファロエイグを追ってくのが見えたが、そいつらの相手はアタシの仕事じゃねぇ。

 アタシの相手は、〝もっと強ぇ奴ら〟だ。

 そうして街の頂上付近に在る発電所の手前。曲がりくねった車道と背の高い住宅が連なる区画に差し掛かって、辺り一帯の建物が純白に染め上げられているのが目に入る。ラファロエイグの爆撃のせいだな。あいつの規格外の遠距離砲撃は、問答無用で占領点をぶん獲れる。まぁ弱点もあるんだが。

 それも、今のアタシにゃ関係ねぇ。

 手狭で圧迫感のある住宅街の交差点に踏み込んだ瞬間、殺気を感じて黒剣を振り払う。

 すると、タイタンライトで建築されたアパートの隙間から飛来した銀色の光矢が、肉厚な黒剣の刃に砕かれて霧散した。軽い手応え。狙いは良いが威力は低いな。

 モランジェが分析した通り、『弦月』とやらの狙撃は巧みだが軽い。わかってれば何百発でも斬り落とせる。

 でも油断できねぇのは、〝相手を攪乱して油断を誘う『幻月』〟が前衛として立ち回ってくるところ。

 この極東地区予選ファーストレグでのアタシの仕事は、この号持ちペアの足止めだ。

「居るんだろ? 出て来いよ。号持ち同士仲良くしようぜ」

 構えながら住宅街に呼びかけると、間をおいて家屋の影から一人の研闘師が歩み出てきた。

 ロリータ系の藍色のドレス風制服に、灰色のセミロングをカチューシャで抑えた目つきの悪い女だ。手に握っているのは緩く蛇行した蛇剣。妖しく独特な間合いの歩幅と佇まいは一癖も二癖もありそう。

 なんつぅか、正対してわかる。身体は薄くて貧相だが、行動の端々に意図を感じるんだ。ラファロエイグと同じ、頭が回るタイプだな。それにきっと性格も悪い。

 ただラファロエイグの初撃のせいか、ドレスも破れて多少動きが鈍いように見える。紫色の蛇行した宝剣にも、僅かにひびが入っていた。

「『凶星』のジャーニーだ。アタシの相棒の光は美味かったみてぇだな」

「反吐が出る程不味かったわよ。なんなのよ、あれ……もうめちゃくちゃ」

 悪態を吐きつつ、女は構えた。半身になって腰を落とし、引いた方の手に持った蛇剣の切っ先を目先に据える奇形の構え。蛇が鎌首をもたげて威嚇しているみたいな、鋭い構えだ。

 それだけでわかる。こいつは強ぇ。つり上がった灰色の眼光は鈍く妖しい闘志を灯していた。

「でも、勝つのは私とディサロンノよ。あんな素人の見掛け倒し、次は効かない。あんたをぶっ壊して、生意気なでか女をたぁっぷりおもちゃにしてあげる♡」

 邪悪に歪んだ笑みを浮かべた口元。性格の悪さを隠そうともしねぇらしい。はっ、上等だ。

 性格が悪くとも、こうやって真正面からぶちまけてきやがるクソヤロウは嫌いじゃねぇ。

「やってみろ、性悪女」

「好きにほざくといいわ、ザコチビ」

 一呼吸。跳ね上がった互いの宝剣の切っ先が触れ合い、戦端が切って落とされた。

 波打つような紫色の蛇剣はアタシの直剣を受けるや否や、脱力して斬撃を躱してくる。その手には乗ってやるかと素早くブレードを引き戻して、足を踏ん張り、小手先や肩口に数発叩き込んでやるが結果は同じだ。剣戟の度に、黒と紫の火花が激しさを増して爆ぜる。

 防ぐっつうよりも受け流す剣。まるであの紫の刀身に油でも塗ってやがるみたいにするする斬撃が逸らされる。特徴的な波打つブレードと、『幻月』の剣術による卓越した受け太刀。

 面白ぇ。が、運が悪かったな。

 こいつらの初期配置がこの山間都市グランツの頂上だったのは、当然アタシらだって知らなかった。だが、元々あっこは初っ端にラファロエイグが爆撃して牽制する予定だったんだ。そのダメージが残ってるのか、『幻月』の足運びが重てぇ。蛇剣だって、アタシの剣圧の全ては受け流せずに軋んでやがる。

 それに、斬り合ってりゃあわかる。傷を庇ってやがるのか、アタシの剣を逸らした後に切り返してくる時、僅かに〝右肘が上がって脇が空く〟。

 僅かだが確かなその綻びを見逃す程、アタシもお人好しじゃねえ。

 そうしてまた一撃逸らされた後、切り替えしてきた蛇剣をしゃがみ込んで躱し、がら空きの脇に引き戻した黒剣を叩き込もうとした、その時。

 つり上がった『幻月』の目つきが鋭く獰猛に煌めいた。

 刹那、〝空いた『幻月』の脇の下から間髪入れずに飛来した銀光矢が、寸分違わずアタシの右拳を射抜いた〟。

「チッ!?」

 舌打ちをしつつ、右腕から零れ落ちた黒剣を咄嗟に左手で受け止めて転がり、後退する。『弦月』の援護だろう。

 そして、アタシのそんな隙を見逃す『幻月』じゃねぇ。

「がら空きよっ!」

 速度重視の、蛇剣による刺突が眼前に飛び込んでくる。この畳みかけの速度、あの脇が空く動きはブラフだったな。手負いっつぅのを逆手に取られたわけだ。

 だが、アタシだって半端に鍛えちゃねえ。

「甘ぇよ!」

 咄嗟に左腕で振り上げた黒剣が闇のように光り輝く。すると光を吸い寄せる性質を持つ黒光が引力を産み、蛇剣の刺突の軌道が数センチ逸らされた。

 同時に首を捻ることで、頬を浅く切り裂かれつつもなんとか刺突を躱しきる。同時、撥ね上げた刃で蛇剣を弾いて更に跳び退り、剣を右手に持ち直した。

「……ふぅ、こりゃ油断してたな、アタシ」

 息を整えながら自分を戒めて、顔を上げる。

 鼻を鳴らして唇を曲げる『幻月』を視界の内に収めつつ、さっき矢が飛んできた方へと目をやった。すると発電所から降りて来たのか、アパートの屋上に新手のガキが居ることに気付く。

 ゴスロリ系の藍色のフリルドレスに、夜風に靡く灰色のツインテール。『弦月』だ。握ってるのは短槍の形状の宝剣だが、中心部分に持ち手替わりの皮ベルトが巻かれていて、両端にかけて銀色の薄くしなるような刀身が伸びている。その上下の切っ先からは銀糸じみた細い弦の銀光が半弧を描いて伸び、弓の形状を成している。

 ただ、やっぱり『弦月』も多少のダメージを食らってるみてぇだ。ドレスのフリルはいくらか破けてやがるし、頬や指先には痣や傷が見える。

 顔つきは……『幻月』と同じ、闘志に満ちた面持ち。双子って話だから似ちゃいるけど、『弦月』の方が素直そうな印象だった。

「ごめんお姉ちゃん。最初のダメージのせいで、この距離じゃないと入れない。その人強いし……上、捨てて来ちゃった」

「いいえ、助かったわディサロンノ。このザコチビさえ倒せば十分盛り返せる。二人でじっくり、焦らずやれば勝てるわ」

 二人ともアタシを睨んだまま言葉を交わす。息はぴったりだ。

 にしたって、バチバチに近距離で斬り合ってる所に射撃で介入するなんざ、『弦月』の技量は予想以上だな。普通、斬り合ってる味方の脇の下に射線通そうとしねぇだろ。つか、その上でアタシの小手をぴったり撃ち抜いてきやがったし……針の孔いくつ通す気だ。

 しかも『幻月』もそれを狙ってやがって、一切躊躇わずに追撃まで仕掛けてきて。

 ……そこまで考えて、いや、と思い至る。

 〝きっと、これがペアというものなんだ〟。

「強ぇな、お前ら」

 アタシは誰かとペアを組んだ経験が少ねぇからな。アラランと一年だけ組んで、ラファロエイグとだってまだ数か月。それに比べてこいつら双子は、きっとずっと、一緒に居たんだ。

 その硬い信頼の迫力は相対してりゃわかる。モランジェによると、こいつらは個々じゃ号持ちの中でも小粒だが、連携すりゃあ〝殿堂入り〟以外の号持ちを十分食い潰せる水準にあるって話らしいからな。

 そりゃ、手負いだからってどっかで舐めてたアタシ程度、冷や水ぶっかけられて当たり前だ。

「技術も、気迫も、やってりゃわかる。そうだよな。他の奴らだって、本気なんだよな」

 『一番星』に惨敗して、ラファロエイグにも負けて。アタシも小せぇって思う事ばっかだ。

 焦って視野が狭くなって、周りなんて何も見えちゃなかった。でも敗北を知って、目を上げて見りゃあ、強い奴らはあちこちにいる。こんな最弱の地区予選にさえも。

「何ぶつぶつ当たり前のこと言ってんのよ」

「ああ、そうだ。当たり前のことだ」

 そして、真正面から二人に言ってやった。

「気ぃ抜いちまった詫びに教えてやるよ。さっき二人でじっくりっつってたけどよ、急いだ方が良いぜ?」

「……どういう、」

 『幻月』が訝しんだ、その時だった。

 ひときわ強烈な閃光がグランツの街の下方から迸る。夜空を染め上げる程の純白光。同時に、歓声ともどよめきとも取れる観客たちの声が街の下方を覆いつくした。

「お、おねえちゃん、あれ!」

 気付いた『弦月』が指さした先の街の下方は、文字通り〝真っ白に染め上げられていた〟。

 占領点。サンライズフェスタの三つある得点手段の中で二番目に配点が高い点数。

 見て分かる通り、〝街を全部染め上げる勢いで広がる純白の特大光のせいで、占領点はアタシらが全部ぶん捕っちまってるみてぇだ〟。こんだけ染め上げちまえば莫大な点数が手に入る。

「な、なんなのよ……あれ。まだ始まって十分も経ってないわよ。なのに、こんな、」

 瞠目した『幻月』に続けて教えてやった。

「悪ぃけど、アタシらも本気で勝ちに来てる。その為には、予選じゃアイツが手当たり次第にぶっ放すのが良いって結論になったんだが、一個だけ懸念点があってな。あのでか女、四年も剣をサボってやがったからお前らみてぇなのにマークされても凌ぎきれねえんだよ。だから、アタシがお前らを足止めしに来たってわけだ」

 話している間にも、夜空に浮かべられた光文字のスコアボードは次々と更新されていく。ランキングの一番上。ぶっちぎりの一位はアタシとラファロエイグのペアだ。

 占領点に加えて撃破点も加算されてってるのは、多分ラファロエイグがぶっ放した純白光の巻き添えになった不幸な奴らがいるからだろう。あんな爆撃じみた斬撃光を無差別にぶちまけまくってたら、とろい奴は捌ききれねえだろうしな。

「つぅわけで、〝時間かかったら得するのはアタシらの方だぜ〟。まあじっくりアタシに勝つってのも良いだろうが……アタシも、こっからは本気で時間を稼ぎに行く」

 黒剣を構えなおして、笑ってやる。

「こう見えても、アタシは守りの方が得意でな。時間一杯まで遊んでやるぜ」

 するとアタシの笑みを挑発と受け取ったのか、『幻月』は唇を噛んで構えなおした。

「言ってくれるじゃない、ザコチビがッ!」

「つべこべいわずかかって来いよ、クソザコシスターズ」

 そうして踏み込んできた『幻月』の蛇剣を、正確に速射してくる『弦月』の光矢を、悉く黒剣で弾き、打ち砕いていく。視野を広く保ち、下がりつつ、ひたすらに。冷静に。

 そうやって勝利の為に本気で強者と戦うのは、楽しかった。

 故郷の為に勝たなきゃならない。

 それしか頭に無かった時には感じなかった心地良さだった。

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