地区予選
14話 『幻月』ヴァランタイン
正直、地区予選が一番楽しいのよね。
だってぇ、ザコしかいないし♡
弱い奴を合法的にぼこぼこにしていいとか、楽しくないわけないじゃない♡
堪え切れない笑みと渇きを、唇を舐めて潤す。まだ我慢。どうせもうすぐ始まるんだから。
極東地区予選の初戦当日。サンライズフェスタっていうのは、基本的にその地区や地方での主要都市が会場に選ばれるの。そして主要都市の数がそのまま各地区の突破可能人数や大会規模なんかに直結している。
というのも、サンライズフェスタっていうのはただのお祭りじゃないのよ。
主な開催目的は三つ。
一つ目は研闘師同士の交流や研鑽。常時は自分たちの担当エリアに籠もりがちな研闘師だけど、刺激や目標が無いとダレてしまうものでしょ?
二つ目は市民たちへの実力のアピールや、各地方の興行面での活性化。サンライズフェスタは普段は見ないような他所の町の研闘師達が集結して乱戦を繰り広げる分、観戦や応援で人が集まるのよね。
そして三つ目は主要都市への光力の供給。実際これが一番大きい目的ね。というのも、主要都市っていうのは基本タイタンライトで建造されている分、強固で強烈な光に守られていて闇に侵食されることがないけれど、その分維持にコストがかかるのよ。
だから年に一度は沢山の研闘師を集めて戦わせ、その戦闘で発生した光力を蓄積させる必要がある。
まあそうすれば主要都市所属の研闘師の光力を継ぎ足しながらで一年は光が保てるし、枯渇してきた頃にまたサンライズフェスタがあるって寸法よ。
後はもう一個古びた開催目的があるんだけど、そんなの興味ないしどうでもいいわ。
私達は、ただ気持ちよーく暴れたいだけだもの♡
「ねぇディサロンノ、今日はファーザーは見に来るの?」
この極東地区が最弱と呼ばれる理由は、主要都市の数が一番少ないから。合計で三つしかないの。だから必然的に試合数も少なくて、ファーストレグからサードレグまでの三試合の結果で予選の成績が確定する。
勝ち抜けるのは片手の指よりも少ないペアだけ。と言っても、私達が一位なのは揺らがないけど。どうせザコばっかだし♡
でも、今年はちょっとばかり面白くなりそうなのよね。
「うん! 今日もお仕事ほっぽって応援に来てくれるって! ねえねえ、今日勝ったらファーザーに何買ってもらう? 家? 車? 新しい宝剣とかもいいと思わない??」
ファーストレグの会場である山間都市グランツの研闘師協会。その一室で、最愛の妹が振り返る。相変わらず世界で一番可愛い。ファーザーが溺愛するのも解る。まああんな馬鹿親父よりも、私の方がディサロンノのこと愛してるし、愛されてるけど♡ ざまぁザコ親父♡
「何を言ってるの。私達は号持ちで高給取り。欲しいモノなんて全部私が買ってあげるわ」
「ほんとっ!? わぁい、お姉ちゃん大好きぃ!」
ゴスロリ系統の藍色の協会制服を着たディサロンノが飛びついてくる。フリルの多いドレス調の衣服に覆われた肉付きの良い身体はマシュマロみたいに柔らかくて、キャンディみたいに甘い匂い。灰色のツインテールだって毎晩私が手入れをしてあげて、毎朝私が整えてあげているからふわふわでさらさら。笑顔なんてダイヤモンド級! そして何よりも力いっぱい抱きしめて来るこの健気で幼気で温かく愛しい姿ッ! ああ、ふぅ、ふぅ、がわいいっ!!!!
「お姉ちゃんも大好きよ」
興奮を必死に押しとどめつつ、努めて格好いい大人の姉を保つ。口調だってお姉さんっぽく。あんまり口が悪いとディサロンノの教育に悪いもの。
だってここは地区予選の控室。他の研闘師達の目もある。醜態を晒すわけにはいかない。
見せつけるなら、ディサロンノの可愛さと、もう一つ。
「だからザコ共ぶっ倒して、今年こそ中央まで勝ち残りましょう、ディサロンノ♡」
周りに聞こえる声で言うと、待機している研闘師達の視線が一斉に集まる。睨まれている。でも近付いてきはしない。だって私達は号持ちだし、敵わないってここ三年でたぁっぷりわからせてあげたザコ達だもの。
私の胸の内で、天使のようなディサロンノが屈託なく、悪魔みたいに笑う。
「うん! 私もお手伝いするね! そしてお姉ちゃんの欲しいものは、私が買ってあげる!」
「ふふっ、楽しみにしてるわね」
そうして私達姉妹の絆を見せつけてやりつつ、控室内を見渡す。
でも、〝目当てのペア〟は見当たらない。
……今年は面白くなりそうだったのに、あの噂はデマだったのかしら。
というのも、少し前から『凶星』が極東地区に転属してきたって噂が聞こえてきてたのよね。
そう、前年度のサンライズフェスタを荒らしに荒らしたあの研闘師。悪趣味にも黒色の宝剣なんか使って、野蛮に戦って、中央決戦では『一番星』に突撃して墜ちたザコ星。
でも、結局去年の話題を掻っ攫ったのはあいつだった。
私とディサロンノは三年前に十四歳という年齢で中央決戦まで勝ち上がって号持ちになった。結果は惨敗だったけれど、将来有望な研闘師として話題になったし、色んな地区にだって引っ張りだこになった。
でも前回、前々回のサンライズフェスタでは地方本戦で敗退して、いろいろ言われて、実際今年中央決戦まで残れなかったら号が剥奪されてしまう。
一回だけまぐれで勝ち上がったザコ。そんな風に言われてきた。
『凶星』と、そんな私達が重なるの。一回勝ち上がっても惨敗して、話題を掻っ攫ったけど疑問視もされていて。実際私達を引き合いに出している記事もあった。
でも同じだなんて、ふざけんじゃないわよ。
私達は終わってなんかない。まだこれからなんだから。
だからここで『凶星』をぶっ倒して、本物って奴を見せつけてやるの♡
どこの馬の骨とペアを組んでるのかは知らないけれど、元々のあいつのペアの『超新星』は中央所属になったって話だし、きっと別の奴ね。それもあんな不吉な剣を持った奴に付いてくる奴なんていないだろうし? 何よりも第六支部とかいう極東地区でも更に秘境の、全然名前を聞かないザコ協会に入ったって話だから、ろくな研闘師とペアを組んでないはず。
まあそもそも、誰と組んだって私とディサロンノの敵じゃないけれど。
今年こそ、私達姉妹を忘れるんじゃないって大陸中のザコ共にわからせてやるんだから。
もう二度とまぐれだの運だの言わせない。
世界で一番可愛いディサロンノを、私の手で誰もが認める一番にしてみせるんだから。
そうして時間一杯ディサロンノの髪を梳いたり、頭を撫でたり、背に手を回して抱きしめたりして楽しんでいると、地区予選の開始時間が迫って来た。
「そろそろ行くわよ」
「はーい!」
腕を組んで、二人で控室を出る。目指すはこの山間都市グランツの初期配置場所。サンライズフェスタでは、基本的に一つの都市で数十組のペアが入り乱れて戦うから、事前に配置場所をくじ引きで決めているのよ。
私達二人の初期配置は、山間に沿って栄えたグランツの頂上にある発電所。この山間都市の戦場としての特徴は、高低差の激しい建物群が密集して崖のように犇めき合っている所よ。広さで言えば主要都市の中でも最小規模だけれど、その分狭く縦に寄せ集められた街並みは切り立つ峰のよう。
そんな薄青いタイタンライトで建造された街並みを最上部から見下ろす。降り注ぐ星明りを飲み込んで仄かに輝く建物達は光に飢えている。これから一晩で、この街は色とりどりに光り輝く。
……染め上げてやる。私と、ディサロンノの光で。
「お姉ちゃん、どうする? ここって……結構クジ運いいよね」
発電所の上に並んだディサロンノが、上目遣いに聞いてくる。腕を絡めたまま。あったかいし柔らかいし良い匂いするしああもうほんとにかわいい……って、そうじゃなくて。
「ええ、初期配置時点で一番上を取れたのは僥倖ね。立ち回りの軸は貴女がここから撃ち下ろしつつ、一段下の建物群に私が幻で罠を仕込んでいくやり方でいきましょう。きっとこぞって貴女を獲りにザコ共が来るから、片っ端からぶちのめすわよ♡」
「うんっ! でも高い所が取れたとしても、この街ってあんまり射線通らないよ? どこまでお姉ちゃんをカバーできるか……」
「確かに、懸念点はそこね。でもどうせここにいるのはザコばっかり。心配いらないわ。むしろ斜線が限定されるなら、貴女の狙撃が通りやすいポイントに私が誘導するだけよ。そしてある程度頭数を減らせたら、後は山を下って行きながらじっくり〝塗りつぶして〟行きましょう」
そもそも、このサンライズフェスタでの〝点〟の取り方は三種類あるの。
一つは撃破点。これは字の如く、対戦相手の宝剣を砕くか、防護チャームを損耗させて点滅させたら、つまり戦闘不可能なダメージを与えれば得られるポイント。一番配点が高い。
二つ目は占領点。タイタンライトでできた街をどれだけ染め上げたかによって振り分けられるポイント。試合会場に選ばれている街の広さに応じて倍率が変わる。
三つ目は生存点。生き残った時間に応じて取得できるポイント。配点は低いけれど、ペアであろうと一人であろうと点数は変わらないペア単位でのカウントだから、状況に応じて潜伏したりタイムアップまでの逃げ切りを狙ったりも選択肢に入る。
この三つの点数を総合して試合ごとに順位をつけ、ファーストレグからサードレグまでの三試合の合計点の上位四組が極東地区予選を突破できるってわけね。
その後も、試合開始の花火が上がるまで、ディサロンノと山間都市グランツの街並みを俯瞰した。狙撃ポイントや罠を仕掛けるポイントを擦り合わせていく。
ザコ共を徹底的にわからせてやるための作戦会議。
どうせ私たちが勝つ。でも完膚なきまでに。めちゃくちゃにしてやる……でも。
「最後に、不確定要素ではあるけど懸念点をもう一つ」
「『凶星』さんのこと?」
「ええ、待合室には居なかったけれど参加者名簿を確認したら確かに名前があった。この街のどこかに居るはずよ。ペアはラファロなんとかっていう、聞いたことない奴だったけど」
号持ちは名簿にもその号が乗る。私であれば『幻月』で、ディサロンノであれば『弦月』みたいに。でも『凶星』のペアには号が無かった。やっぱりそこら辺のザコと組んだんでしょう。
「『凶星』の強みは近接特化の剣術だけれど、弱みは一切飛び道具を持っていないこと。加えて、『一番星』に突撃してしまうような視野の狭い性格。もし現れたら私の〝幻〟で翻弄しつつ、ディサロンノの狙撃で一方的にリンチしていけばいい。相性的にも私たちの敵じゃないわ」
「うんっ、私もファーザーと一緒に中央決戦の映像見返したから、きちんと動きも頭に入ってる! 隙見て蜂の巣にするねっ!」
無垢でも小悪魔的に笑うディサロンノは、狙撃の精度で言えば他の号持ちよりも突出したものを持っているの。威力と射程は光力適正が低めなせいでそれほどでもないけど、その分針の穴を通すような卓越した技術を指先に宿している。
毎晩、一緒に訓練している私が保証する。ディサロンノなら確実に『凶星』を堕とせる。
グランツの街中に試合開始一分前を告げる鐘の音が響いて、私達は互いの宝剣を抜き放った。
私のは緩く蛇行した紫色の蛇剣。ディサロンノのは細くしなるような素材の銀短槍。
天より下る星の光が流れ込む山間都市で、また、無数の宝剣使いによる研闘が始まる。
高揚。
「それじゃあ、ザコ共纏めてぶっ潰してやろう、ディサロンノ♡」
「うんっ! ぼっこぼこにしようね、お姉ちゃん!」
そうして藍色の空の下に、開戦を告げる虹色の特大花火が咲いた瞬間。
私が早速、ディサロンノを守るための罠を敷こうと踏み出した刹那。
およそ数百メートル以上下方の町の中腹から、花火に続くように空に飛び上がる人影が一つ。
まるで滝を駆け上がる鯉のように、純白の閃光を推進力に空へと舞い上がった一人の研闘師。
遠目からでもわかる。相当な巨躯を目一杯捩じり、規格外の長剣を振り上げたそいつは、戦場の最上部という好立地にいる私達を一瞥。
「え?」
一瞬のことだった。
目も眩むような、視界全てを覆うような莫大な純白光が、爆撃じみて私達を襲った。
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