13話 ラファロエイグ
ジャーニーと二人で、リビングの端に在るパソコンの前に座る。画面に映し出されているのは秋から始まる、来期のサンライズフェスタのエントリーページ。
打ち込んだ内容に抜けや間違いがないのを確認してからエンターキーを押し込むと、登録完了のメッセージが互いの配布デバイスに送られてくる。ジャーニーはまだ右腕が包帯ぐるぐる巻きだから、私が代わりに打ち込んであげたの。
「エントリー完了……っと。あーあ、これでもう後戻りできなくなっちゃった」
「なんだ、ビビってんのか?」
「び、ビビッてないし! 気合入れ直しただけだし」
笑うジャーニーにむっとして言い返す。この間の大隕石での研闘から、ジャーニーはよく笑うようになった。多分この悪戯っぽい方が素なんだろうと思う。自然体で楽しそうなんだ。
「というか、そう言うジャーニーはちゃんと考えてるの?」
「考えるって何を」
「いや、戦い方とか立ち回りとかさ。私たちの初戦は最弱の極東地区予選だけど、その分勝ち上がれるのも数人だけの狭き門だし、簡単じゃないよ?」
「んなの全員ぶった切ってぶっ倒しゃあいいだけだろ」
「はぁ……つまり何も考えてないってことね。よくそんなんで中央決戦まで行けたね……」
あまりにも脳筋な相方に頭を抱える。戦術面では私がしっかりしないといけないらしい。
そうして話していると、ロンズとモランジェが参加登録を完了した画面を覗き込んできた。
「おー、マジで出るんだなラファロエイグ。確かに、こりゃ退屈しなさそうだぜ」
「頑張ってくださいねっ! わたしも出来る限りのサポートはしますのでっ!」
ロンズがジャーニーの肩を小突き、モランジェが山のような資料を抱えつつジャーニーに笑いかける。いつの間にか二人もジャーニーと仲良くなってるらしい。
なんかちょっと……いやまあ、別にいいけど。だって私はペアだし。
「助かる。だけど、お前達は出ねぇのか?」
「だるい」
「推しは眺めていたい派ですっ」
「おいラファロエイグ、こいつら向上心の欠片もねぇぞ」
「あーうん、自由人たちだから、気にしないで」
二人がマイペースなのはいつものことなんだ。適当に流して、モランジェが抱えている資料の山に目をやった。
「もしかしてそれ、頼んでたやつ?」
「はいっ! 極東地区予選に出場する研闘師の皆さんのプロフィールや宝剣の色、ペアとしての特色を纏めたものですっ。これまでの予選映像もばっちり保管してますので、確認したかったらいつでも言って下さいっ」
「あんがと、助かるよモランジェ」
礼を言いながら資料の山を受け取った。事前に研闘師オタクであるモランジェにライバルたちの情報を収集してもらえないか相談してたんだ。といっても、相談してからまだ三日も経ってないけど……相変わらずこういう頭脳労働だと頼りになる。
一方で、ロンズが思い出したみたいに言った。
「つーかラファロエイグ、なんか今朝から年寄共が次から次に野菜だの米だの肉だの持ってくるんだが、お前なんか知ってるか?」
「ああ、巡回ついでに今度のサンライズフェスタに出るって言ったら、みんな何か手伝いたいって言ってくれてさ。これから鍛え直さないとだし、体作りの為にも栄養満点な食べ物は必要だから、余ってる食べ物があったらくれたらちょーだいって言ってみたの。ちなみに……ロンズには調理をお願いしたいんだけど……だめ?」
「はーったく、いつも通りつまみ作るついでにだったら、テキトーにやってやるよ」
「へへ、やった」
なんだかんだでロンズは面倒見がいいんだ。料理も上手いし、掃除も丁寧だし、やる気はないけど普通に腕も立つし。意外と頼りになるんだよ、こののんだくれ。
そうして早速ロンズが台所に向かい、モランジェは更に資料を纏めてみると倉庫に引っ込んだ。
私も早速モランジェに貰った資料に目を通していく。この極東地区はさっきも言った通り天雲大陸で最弱の地区って呼ばれてるけど、油断はできない。私は四年も公式戦に出てないんだ。
それに、たった一組だけどこの極東地区にも号持ちはいる。
「さて、どうしよっかな……」
そうしていると、隣から袖を引っ張られた。ジャーニーが拗ねたみたいに口を尖らせて見上げて来る。上目遣い……。
「アタシもなんかやる」
「え?」
「お前ばっか色々先にやってて、なんかずりぃ。てか誰か頼るなら、まずアタシに声掛けろよ」
「嫌だよ、ジャーニーすぐ無茶するじゃん。まだ右腕の包帯も取れないんだから、しっかり休みなよ」
「むぅ……」
不服そうなジャーニーに対して苦笑する。まあ気持ちはわかるからさ。
私だって、ジャーニーが困ってたら一番に頼って欲しい。
「大丈夫、ジャーニーには試合中にたっぷり頼らせてもらうから。右腕が治ったら剣の稽古だってお願いするつもりだったし」
私の胸くらいの位置にある頭を撫でる。身長差のせいか、ジャーニーの頭はいつも撫でやすい位置にあるんだ。いや、撫でやすいというよりも手を置きやすい位置……?
「な、撫でんなっ、ばかッ!」
真っ赤になったジャーニーは私の手を振り払い、立ち上がった。
「ふんっ、そういうことならちゃっちゃと怪我治してやるよ。んで、そっからは覚悟しろよ。びしばししごいてやるからな!」
ぴんと背筋を伸ばすジャーニーを見て思う。本当に素直で、わかりやすくて、一生懸命で。
もっと、知りたいと思う。
「ところでさ、なんでジャーニーはそんなにジ・ヘリオスになりたいの?」
まだ聞いてなかったことだ。どうして彼女がここまで本気なのか。私と同い年なのに、なんで生き急ぐ様にしてサンライズフェスタに挑んでいるのか。
ジャーニーは口をつぐんで、少し考えるようにした後、答えてくれた。
「アタシの故郷は金がねえんだ。禿げた鉱山で、採れるもんなんてもう黒色のタイタンライトくらいしかねぇ。でも迷信があるせいでタイタンライトは売れねえし、金がねえから薬も買えず、満足に飯も食えず、出て行こうにも途方に暮れるし……黒色の町の住人だって指を差されて、差別だってされる」
奥歯に力を込めて喋っているみたいな喋り方だ。一音一音が重たく、切実だった。
「でもアタシが黒色の宝剣を使ってジ・ヘリオスになれば、きっと状況は良くなる。黒色のタイタンライトでも一番輝けるって証明して、迷信なんてぶち壊してやるんだ。そりゃあすぐには人の考えは変わらねえかもしれねえ。でもそれは何もしねえ理由にはならねえし……時間がかかるだろうからこそ、ジ・ヘリオスになるっていう第一歩目に躓いてらんねぇ。それに優勝したら賞金だって出るし、その纏まった金がありゃあ全員で引っ越すでも、新しい仕事を始めるでも、きっと何かができる」
そうしてジャーニーは包帯に覆われた右腕を、目を細めて見つめた。それは懐かしむようでいて、また悼むようでもあった。
「……剣を教えてくれたお袋が闇侵病になった時、アタシはガキ過ぎて何も出来なかったからよ。もう二度と、何もできねぇまま大切な人達に死んでほしくねぇんだ。お袋の代わりに……アタシが、みんなを助けるんだ」
負けられない。強くならないといけない。何が何でも、なりふり構っていられない。そんなジャーニーの言葉と態度の意味が分かった気がした。勿論、あくまでも気がしただけだ。これまでジャーニーがどんな苦労をしてきたかなんて、言葉の節々から察することしかできない。
「そっか。ありがとう、教えてくれて」
でも少しでも察することが出来たなら、きっと、もっと知っていけるはずだ。
「凄いよジャーニーは、私なんかより。私はただ一番になりたいだけだからさ。子供の頃からの憧れなんだ。ずっと、ずっと……誰よりも強く眩しい星になりたかった。そのために、物心ついた時から木の枝振ってたくらいでさ」
「なりたい理由なんざなんでもいいだろ。重要なのは本気かどうかだ。どんな理由があったとしても、結局勝った奴が一番なんだから」
はっきりと言ったジャーニーの黒瞳を、正面からちゃんと受け止める。
「勝つぞ、絶対。これは決定事項だ」
「言われなくたってそのつもりだよ」
モランジェが用意してくれた資料の一番上。この極東地区で、転属してきたジャーニーを除いて唯一の号持ちペアに目を落とす。
『幻月(げんげつ)』と『弦月(ゆみはりづき)』。あまりにも息の合った連携を繰り広げる戦い方が特徴というモランジェの解説が記されている。
三年前に十四歳という若さで中央決戦まで勝ち上がった双子の研闘師。
極東地区予選は、毎年この姉妹の一強なんだ。
でも躓いてなんかいられない。私たちは優勝するんだから。
「私も、もう、怯まない」
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