9話 ラファロエイグ

 四年前、私は天才だった。

 自惚れてるわけじゃない。事実としてそうだったって話だよ。幼馴染と一緒に一般試験を受けて中央協会直属アイラ剣術学院中等部に入学すると、早速二人でペアを組んだ。私と親友は極北地区の出身でさ。雪原と氷しかない森の中で、ずっと二人で木の枝を使って訓練してたんだ。だから二人とも入学試験を突破できた。

 絶対に、二人でジ・ヘリオスになろうって子供の頃から約束してたから。

 だから入学後も私たちは努力を怠らなかった。初めて手にする自分の宝剣に感動して毎晩毎晩鍛え続けた。勉強面で都会の子たちに後れを取っていても二人で知恵を合せてくらいつき、実技では私達ほど互いの剣を知り尽くしたペアは居なくて、結果を出し続けた。

 そうして一年生の終わりにあった中等部学内フェスタへの出場権も勝ち取って、色々運も絡んだけど、優勝することが出来た。

 でも、私が天才だったのはそこまでだった。

 二年生になる直前からさ、急激に背が伸び始めたんだ。元から体は大きくて力も強かった方だけど、更に伸びたんだ。他の同級生とは比べ物にならない体格の発達は、医者にだって普通じゃないと言われた。

 実際どのくらいかっていうと、一か月で二十センチも背が伸びたんだ。

 そんな体の成長に私自身が追いつけなくて、急に大きく、強くなった肉体の制御の仕方がわからなくなった。歩けば転んだし、剣を振ろうとすれば手からすっぽ抜けたり、目測を誤ったりした。身体の感覚が完全に狂っちゃったんだ。

 親友が支えてくれはしたけど、成績は落ちる一方だった。

 それでもまだ他の子たちに馬鹿にされるのは我慢できた。先生に落胆されても、先輩に笑われても、言いたいだけ言ってろ、絶対に見返してやるって思ってた。

 でも唯一、親友の足を引っ張っていることだけには耐えられなかった。

 だから私のことをよく思ってなかった子たちに、あろうことか親友のことまで「介護が好きな変人」だの、「所詮でかい方頼りの金魚の糞だった」だの言われて、我慢できなかった。私自身、上手くいかずに落ちぶれていく自分に焦燥を覚えていたんだ。

 だから、そんな陰口を叩いた子たちと私闘を繰り広げて謹慎処分を受けた。

 ただそれでも親友は私に、「ラーファは馬鹿ですね。そんなことで怒って、もう、しょうがありません」って笑って寄り添ってくれた。

 そこで良い機会だ、落ちるところまで落ちた、ここからだって心を入れ替えた。謹慎処分を受けている間に自分の身体のことに集中して、復調してやろうって思ったんだ。そして朝から晩まで自分の身体と感覚の調整に費やした。

 ただ、もう何もかも狂ってしまっていた。

 授業が終わってから毎日遅くまで私に付き合ってくれていた親友の剣が、私の剣に耐えられなくなっていったんだ。それくらい私の肉体は発達していた。毎日毎日、毎晩のように、私は彼女の宝剣を砕き続けた。

 研闘師っていうのはさ、ペアが居ないと成り立たないんだよ。宝剣は使い手に合わせて、特殊加工が施されて鍛え上げられたタイタンライトだ。他の宝剣と斬り合うことでより輝き、最も輝かせるためには、互いの剣を熟知した好敵手が必要となる。

 そして、どれだけ強い光を放てるかが現代の研闘師の価値の全てだ。

 あくまでもサンライズフェスタでやってるような〝相手の剣を砕く〟ような戦い方は古いやり方なのさ。まあそれでも伝統だし、今となっては失われた貴重な対人実戦の場だから毎年開催されてるわけだけど、私たちの本懐は宝剣を扱って光を発し、人類を闇から守ること。

 だから、打ち合うだけで片方の剣が壊れてしまう時点で、ペアとしては破綻していた。

 発達した肉体をコントロールできるようになるにつれて、私と親友の間には明確な〝力の差〟が表れ始めたんだ。

 だから私は、愚かなことをした。

 手を抜いたんだ。

 親友と一緒に居たかったし、そうするべきだと思ったから。

 私の全力に、彼女は耐えられなかったから。

 彼女は、一度落ちぶれた私にずっと歩幅を合せてくれたから。

 でもそんなことをしでかしたから……亀裂を生んだ。

 彼女は言った。

「ふざけないでください。ラーファ、私たちの夢は何ですか。こんな学校で馬鹿にする人達を見返すこと? 仲良しこよしで生きていくこと? 違うでしょう。一緒にジ・ヘリオスになることでしょう。なのに手を抜くだなんて……そんなの、そこまで私はっ!」

 そうして激昂した親友に応えるために、本気で斬り合った。一合ずつ刃を合せるごとに肉体の感覚だけが鮮明になっていった。彼女との剣戟で生まれた白と青の火花が、私の身体という導火線に火をつけて肉体の輪郭をなぞっているみたいだった。

 そして、爆発した。

 私の本気の斬撃を、彼女は目で追う事さえもできなくて。

 結果半端に構えられた宝剣だけじゃなく、研闘時に付ける身体保護用のチャームの加護すらも叩き壊して、彼女の利き腕を潰した。彼女の肉を裂き、骨を砕いて、血を浴びたあの記憶。手の平の中で大事に握りしめたものを、思わず砕いてしまったような感触。

 指の間から、すり抜けていく。

 身体が発達した後、初めて繰り出した私の全力を受けて、親友は怯えたみたいな、化け物を見る目をした。

 あの時、私の血は凍ったんだ。

 勿論彼女も咄嗟のことだったからさ、わざとじゃなかったんだ。すぐに謝ってくれて、気にするなと言ってくれた。でも怪我は残って、謹慎処分中にさらに刃傷沙汰を起こしたとされて、私は退学処分を受けた。親友は必死になって学院に掛け合ったり、私を引き留めようとしてくれたけど、もう私の心は砕けていた。

 これ以上、何よりも大切だった彼女のことを傷付けたくなかった。

 そうして学院を去って、親友と同じ故郷にも帰る気にならず、一人で途方に暮れている時にエアリィ支部長にスカウトされて、極東第六支部に所属することになって。

 あれからずっと、私は、宝剣を使えない。

 怖いんだ。何かを壊してしまうことが。


 身も心も、すっかり変わってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る