第7話 『凶星』ジャーニー

 アタシが極東第六支部に転属してから一週間が経った。支部長さんの指示で休養に専念したから体調も万全だ。つまり全力で訓練に打ち込める。

 そう意気込んで、早速支部長さんに稽古をつけてもらおうと朝一番に彼女を探し……。

「って、どこにもいねぇじゃねぇかっ!!!」

「おーいなに一人で騒いでんだ新人。朝一番は掃除と洗濯だ。今日から通常営業なんだろ?」

 背後から掃除機を持ったロンズに声をかけられる。紫色の長髪とそばかすが特徴的な目つきの悪い女だ。酒癖が悪く、怠惰で口も悪いが手先は器用、というのが第一印象だった。薄手のロングパンツにワイシャツスタイルの細身な協会制服を着ている。

「そうだったな、わかった……ちなみに、支部長さんはどこに?」

「ん? 鬼ババアなら普段からあんまり支部にはいねーぞ?」

「は? アタシはあの人に稽古つけてもらう為にここに来たんだが?」

「知らねーよ。あの人基本どっかに行ってて、いつもふとした時にでかでかと帰ってくるんだから。基本的におれらは言い付けられた家事とか訓練をしつつ、モランジェとおれは村の光力維持、ラファロエイグは巡回してーってのがここの日常だぞ」

「は、話が違う! アタシはあの人が力をくれるって言うからっ」

「それをおれに言われてもなー」

「ぐぬぬ……」

 支部長さんには中央決戦が終わった後に声をかけられたわけだが、面識自体はもっと昔からあるんだ。というのもアタシが故郷の鉱山村を出て、南方中域の水群都市ヴァレンツの研闘師協会に入れるように計らってくれたのもあの人なんだ。ある時ふらっとうちの村に来て、剣振ってたアタシに「本気ならば機会をくれてやる」と連れ出してくれた。実際、その時にやり合った時点でも手も足も出ねえくらい強くてよ。

 そんなこともあって、中央決戦が終わった後、改めて声をかけられた時について行こうと思ったんだ。てっきり勝ち上がったアタシを認めてくれて、直々に稽古を付けてくれるんだって思ってたんだが……。

 悩みつつも雑巾がけをしていると、洗濯当番のモランジェが庭先から声をかけてきた。

「あ、ジャーニーちゃんおはようございます! 今日の予定は聞いていますか?」

「ん? いや、通常業務をしろって言われてるだけで特に何も聞いてねぇが……」

 縁側から返すと、モランジェは大きな丸眼鏡をずり上げてはきはき喋り始めた。こいつの第一印象は元気のいいオタクって感じだな。がりがりで偶に……つーか変態的にアタシのことを色々聞いてきたりもするが、基本的には人当たりが良くて、明るくて、話しやすい。もさもさな緑髪のボブカットや、フリルが付いたブレザーとミニスカートの協会制服も相まって小動物的なんだ。

「もう、ラファロエイグちゃんってばやっぱり何も言ってないんですねっ。今日からは、ジャーニーちゃんはラファロエイグちゃんに付いて回るようにとエアリィ支部長は仰っていたので、そのようにお願いしますっ」

「わかった。あのでか女はどこにいるんだ?」

「あいつならもう巡回出てんぞー。いつもおれ達が起きるより早く出てくからな。多分そろそろ戻ってくるぜ」

「ラファロエイグちゃんったら、今日からジャーニーちゃんが同伴することも知っているはずなのに、置いていくなんてっ」

 ……まあ、ペアとは言ってもあくまでも形式的なもんだ。アタシは誰かに頼って戦うつもりもねえし、あのでか女だってこの一週間アタシを避け続けてる。

「ただいま~」

「話してたら早速帰って来たな。んなら切り上げて飯にしよーぜ。この間の二の舞はごめんだ」

 庭先の門をくぐって来たでか女を見て、ロンズが言った。この極東第六支部は隕鉄山脈の中腹に位置してて、背面を崖に囲まれちゃあいるが、手入れされた木々や芝生に囲まれた自然豊かな場所なんだ。禿げた鉱山育ちのアタシにゃ新鮮だった。

「もう、ラファロエイグちゃん! 駄目じゃないですか、ジャーニーちゃんを追いてったらっ!」

「え? あー、あはは、同伴って今日からだっけ?」

「もう、とぼけないっ!」

 ぷりぷりしながら小言を言うモランジェと、ちゃらちゃらしながら答えるラファロエイグ。

 庭越しにそんなでか女と目が合い、すぐに逸らされる。

「おれは飯の用意しとくから、掃除用具の片づけは任せたぜ、新人」

「……ああ」

 ロンズに答えながら、アタシも視線を外す。

 まあ嫌われてようがなんだろうが、どうでもいい。どうせ飾りのペアだ。

 大体モランジェから聞いた話によると、あのでか女は研闘師だってのに〝宝剣を使えない〟らしい。だから研闘師の本懐でもある地域の光力維持業務もからっきしで、外回りの巡回ばっかりさせられてるとか。

 そんな半人前以下の奴と慣れ合う暇はアタシにはねえんだ。

 ただ、掃除機やバケツや雑巾の片づけをしながら思う。

 朧げな記憶。大隕石から落ちた時見た気がする、〝あの夜空を埋め尽くすような純白光〟。

 まるで、〝伝説に在る昼のような光が満ちた光景〟は、なんだったんだろう。

 ここの支部にあんな光を発せられる奴はいねぇし、大体中央決戦でさえあれだけの莫大な光力は目にしなかった。

「……支部長さんかな」

 呟いて、白髪の彼女の帰りを心待ちにする。

 


「えーっと……じゃあ、これから一緒に巡回するわけだけど……」

 朝食も終わり、昼前の時間になってラファロエイグと庭で向かい合う。擦り切れた赤いジャージに、腰には長剣を携えている。あれがでか女の宝剣なんだろう。二メートル近いラファロエイグの図体にあった長さで、多分アタシが携行しようとしたら背負わなきゃならねえサイズだ。新品同様な所を見るに、宝剣を使えないってのは本当なんだろう。

 ……そもそも、そんなんでよく研闘師になれたもんだ。

「ど、どうする? 二人いるならルートも半分こしてさ、別々に回るとか……」

「モランジェから聞いた支部長さんからの伝言は、お前に付いていく事だ。一緒に回る」

「あはは……デスヨネ」

 そうして気まずそうにしているラファロエイグに見かねて、ため息を吐く。

「別にアタシのことは気にしなくていい。アタシもお前のことは気にしねえ。ここに来たのだって支部長さんに鍛えてもらう為に来ただけで、お前らの邪魔がしてえわけじゃねえんだ。決められた仕事だって、研闘師としてちゃんと全うする」

「え、でも、」

「いいからとっとと行くぞ。時間がもったいない」

 言うと、ラファロエイグは少し考えこんで、何を思いついたのか急に表情を明るくさせた。

「なるほど、じゃあその通りにするね。君のことは気にしない。それでいいんだね?」

「ああ、アタシは勝手についてくだけだ」

「おっけ、じゃあそうしよっか」

 そうして話がまとまった時だった。

「あ、ジャーニーちゃーん! 地図を忘れてますよっ! ていうか、ラファロエイグちゃんもきちんと渡さないとっ!」

 おんぼろ木造建築の支部からぱたぱたとモランジェが出て来る。

「地図?」

「はい、巡回ルートが書き込まれた隕鉄山脈の地図ですっ。道に迷っちゃうといけませんから」

 確かにアタシはまだここらに来たばっかりで地理に疎い。遭難したら面倒をかける。

「なるほどな、助かる。ありがとう」

「ほぇ……ふへへ」

「なんだよ、ぼけっとして」

「いやぁ、ジャーニーちゃんって一見クールな所がありますけど、素直な良い子だなぁって」

「……親切にされたら、礼を言うのは当たり前だろ」

 そっぽを向きながらモランジェに掌を差し出す。一体アタシをなんだと思ってやがんだ。

 でも、そうして油断した時だった。

 ずっしりとした重さが掌に伝わった。

「……え?」

 視線を戻すと、アタシの掌の上には紙が数十枚束になった冊子が乗せられていた。辞書くらいの分厚さだ……ん? さっきこのがりがり眼鏡、地図って言ったよな?

「おい、これは」

「え? 地図ですよ? 〝だって外回りの巡回って隕鉄山脈を全部回るんですから。その山路全部書いた地図がこれですっ〟」

「………………え?」

 唖然としつつ山々を見渡す。星空の下に切り立つ山々は険しく、霞む峰もあるが、見える範囲全部が隕鉄山脈だってのは外様のアタシだって知ってる。転属するってなった時にある程度の知識は頭に入れてきたんだ。

 この隕鉄山脈が、天雲大陸屈指の峻嶮な山脈だということも含めて。

 ……これからこの山全部回るって、いつ帰ってこれるんだ……?

 戸惑っていると、伸びをしていたラファロエイグが遠慮なく言った。

「じゃあ私行くから、ジャーニーも無理のないペースで来てね」

 そんな言葉にアタシが頷くよりも早く、でか女は何気なく踏み込む。

 ただその一歩で、ずんっと大地が震えた。

 次の瞬間、駆け出したラファロエイグはたったの一歩で十メートル近くも前進し、弾むようなリズミカルな走調でぐんぐんと山道を登って行って……って、いや、速すぎんだろっ!? 

「お、おい、はぁ!? なんだよそれっ!」

 慌ててモランジェに渡された地図を鞄に押し込み、アタシも駆け出す。つっても体が重ぇ。病み上がりってのもあるが、ラファロエイグが宝剣を持ってたからアタシも帯剣してるんだ。

 〝帯剣走〟。研闘師の基礎的な訓練だが、こんな険しい山道を帯剣して、この速度で走るだなんて聞いたことねえ。数キロも進むと肺と脚が悲鳴を上げ始めて、ペースが落ちて来る。当然、ラファロエイグの影すらとっくに見えない。

 そして思い至る。あいつが念を押すみたいに「いつも通りでいい」と確認してきた時のこと。

 あのヤロウ、〝いつも通りに走ればアタシが追いつけねえと踏んで〟、妙にすっきりした顔してやがったんだっ!

 負けん気を振り絞って叫ぶ。

「こんの、舐めんなぁああああああ!!」

 息も絶え絶えな絶叫が、隕鉄山脈の雄々しい峰の狭間に響き渡る。

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