第4話 モランジェ
「遅いですねぇ、ラファロエイグちゃん。いつもならとっくに帰ってきてる時間なのに……」
時刻は八時二十分。普段ならもう朝食を食べ終わって、お皿も洗って、洗濯もして、みんなで訓練の準備をしている時間帯です。でもラファロエイグちゃんが帰ってきていないので、この極東第六支部の古臭い居住区に並べられた朝ごはんは手が付けられていないまま。
「もーいいだろ、どうせ年寄共と駄弁ってるだけだって。さっさと食おうぜ」
昨晩の残りの肉団子を温め直し、他にも手早く卵スープやガーリックトーストを作ってくれたロンズちゃんが唇を曲げます。ロンズちゃんはお口も酒癖も悪いですけど、お料理が上手くて綺麗好きな面もあるんです。
「駄目ですっ! ご飯はきちんとみんなで食べるべきです! それに何かあったとしたらわたしたちも加勢しないと! ラファロエイグちゃんは宝剣を使えないんですからっ!」
「んなの、あの木偶の坊の問題だろ。おれ達にゃあ関係ねー。大体さっさと飯食って片付けねぇと、あの鬼ババアが帰ってきた時なんて言い訳するつもりだよ。ラファロエイグが帰ってこなかったから掃除も洗濯も訓練の準備もせず、ぼけっと待ってましたって言うのか?」
「うっ……それは、あ、じゃあ先にお掃除とお洗濯を終わらせちゃいましょう!」
「うぉい! なんでそうなる! こちとら二日酔いで腹が疼いてしょうがねぇんだぞ!」
「それは昨晩呑み過ぎたロンズちゃんの問題ですよね?」
「ぐぬぬっ!」
そうして卓上のお料理に埃が被らないようにガラス製のクローシュを被せて、共同寝室に直結している扉の前に纏めてあった洗い物の籠を抱えます。その間にロンズちゃんはしぶしぶ掃除機のプラグをコンセントに繋ぎました。
後は慣れたものです。わたしは籠の中身を纏めて洗面所の洗濯機に入れて、洗剤を流し込み、操作ボタンを押していく。勿論手洗い場のタオルの交換も忘れません。他にも洗濯機が回っている間に共同寝室に戻って布団とシーツを担ぎ、庭先の物干しざおに干して、自分の宝剣を抜き放ちました。
翡翠色のタイタンライトの刀身は薄く短い、短剣の形状です。タイタンライトを特殊加工して作る宝剣は、〝他のモノと接触することで発光する〟タイタンライトとしての性質に加えて、〝扱い手が持つ光力適正〟に応じた光力を発するんです。
つまり、宝剣を輝かせるには二つの力が必要というわけです。
一つ目は剣を扱う技力。それぞれの研闘師の戦い方に合わせて研磨された宝剣は、受け太刀が得意な剣もあれば、攻め太刀が得意な剣もあります。わたし達研闘師は名の如く宝剣を研ぎ戦う者。相手の宝剣と結び合い、斬り合い、自分の宝剣をより輝かせる為には純粋な剣の力量が必要不可欠です。
そしてもう一つが、生まれ持った光力適正。タイタンライトは〝他のモノと接触すること〟で光を放ちますが、その接触とは何も物理的なものに限りません。
それは感情で在ったり、あるいは魂で在ったり。人の心の動き、機微、高ぶりに触れた時にも輝きを放ちます。ただこの心の働きがタイタンライトに伝わりにくい人間と、伝わりやすい人間がいるんです。それが光力適正。
訓練によってある程度鍛えることができますし、ほとんどの場合それほど個人差がないものではありますが……わたしのように絶望的に光力適正が低い人間も存在するのです。
だから、そんなわたしが扱える宝剣はせいぜい短剣程度が関の山。
ロンズちゃんみたいな何重にも鍛えられた刀も、ましてや〝ラファロエイグちゃんみたいに規格外の長剣〟も、わたしでは数秒とて輝きを持続させることが出来ません。
そんなだからお家の人に捨てられちゃって、今はこのおんぼろ支部に居るんですが……。
まあ、それはそれ、です!
悩んでもしょうがないことを悩んだところで、やっぱりそれはしょうがないんです。
そのうえでわたしは千差万別の美しい宝剣達が好きですし、それを十全に扱う華やかな研闘師の皆さんを愛しているんです。
「さあ、張り切ってお洗濯ですっ!」
意気込んで、物干し竿に干した布団に短宝剣を翳しました。刀身に左手を添えて呼吸を整えます。すると、体中の血が掌から短宝剣に流れ込んでいく感覚がします。
同時に、わたしの短宝剣が翡翠色に温かく輝き始めました。青葉の匂いがする自然的な光。
研闘師としては未熟で未来がなくとも、ロンズちゃんもラファロエイグちゃんも、エアリィ支部長だってわたしの光を認めてくれています。優しくて暖かいねって。それにわたしだって、自分の光で干した布団で寝るのは気持ちが良くて大好きなんです。
「……ふぅ」
しばらくみんなの布団に光を当て続けて一息つくと、顎から汗が滴っているのに気がつきました。なんだか貧血気味でくらくらします。
でも、干したお布団を取り込まなければ。そう思って短宝剣をベルトの鞘に戻して、布団を抱えようとした時でした。
「わわっ!」
ふらついてしまって、危うく倒れそうに!
でも、すっと背中に手が添えられて支えられます。
「ったく、光力適正が雑魚で燃費も糞なのに、飯も食わねーでやるからそーなんだ。大丈夫か?」
振り返るとロンズちゃんが居ました。呆れたみたいに紫色の釣り目を細くさせています。他にも頬のそばかすだったり、痩せていてシャープな顎のラインだったりが目について、すべすべの紫長髪の毛先が頬に触れてきたりもします。
「ふふっ、ありがとうございます、ロンズちゃん」
「へらへらしてんじぇねーよ馬鹿。布団は運んどくから、モランジェは料理温め直してろ。流石にもう飯食うからな」
「はい、そうですね。わたしもお腹が空いちゃいました。それでもラファロエイグちゃんが戻らなかったら二人で探しに行きましょう」
「はぁ……しょうがねぇな。どこほっつき歩いてんだあの木偶の坊は」
そうしてロンズちゃんが布団を仕舞い、私が料理をチンして、隣に並んで朝食を摂っていると、ようやく支部の裏口にある居住区の玄関が開く音がしました。
「ただいまぁ~……」
ラファロエイグちゃんの声がして、二人で玄関までお迎えに行きます。
「お帰りなさい! 今日は随分と遅かったですね。何かあったんですか?」
「飯は先に食ってるからな。トーストとスープは作ってやったから、自分のは自分で温めろよ」
玄関に着くなり、二人でそう声をかけます。
しかしすぐに異変に気が付きました。
「あぁ、うん、ごめんごめん。ちょっと色々あって……」
苦笑したラファロエイグちゃんはなぜかずぶ濡れでした。それに白鞘の長宝剣と一緒に、腰には黒鞘の武骨な宝剣を下げていて、背中には同じくずぶ濡れの黒色少女を背負っています。
へらで整えたチョコレートケーキみたいにきめ細かい黒色の肌と、烏の翼みたいな短髪。着ている服も研闘師協会のロゴが入ったジャケットです。
その少女は眠っているのか、ラファロエイグちゃんの背中ですやすやとしていました。
ただ、詳しいことは置いておいて、わたしは純粋に言葉を失いました。
だってその特徴的な黒色一色の少女は、この間のサンライズフェスタを荒らしに荒らした、〝あの〟。
「んだよそいつ……って、ん? どっかで見たような……」
「あれ、ロンズこの子と知り合い?」
「いや、知り合いではねーんだが、なんかで見た気がすんだよな」
言葉を交わす二人が信じられなくて、思わず叫びました。
「何言ってるんですかロンズちゃん! 見たことがあるも何も、この間一緒にサンライズフェスタの中央決戦を見たじゃないですか!!」
「あ? それがなんだよ」
「まだわからないんですか!」
そしてわたしは、ラファロエイグちゃんが背負う黒色少女を指さしました。
「去年、突如として現れた得体のしれない黒色の宝剣使い! 『凶星』のジャーニーさんですよ! 中央決戦ではプルトニー様に及びませんでしたが、地区予選と地方本戦では無類の剣技を披露して、数多の号持ち研闘師を下した、あの!」
「あ~言われてみりゃあこんな奴だったような……だが、こんなチビだったか?」
「それは私も思いました!」
「君たち、この子が寝てるからって言いたい放題だね……」
ため息を吐いて、「とりあえず」とラファロエイグちゃんが言いました。
「どこの誰かはどうでもいいよ。まず、この子ぼろぼろだから手当てしてあげないと。私は身体拭いて着替えさせるから、悪いけど救急箱とか布団の準備してくれない?」
「わかりました! 丁度干したてのお布団がありますので、すぐに準備しますねっ!」
「つーと、おれは救急箱か。どこ仕舞ったかなー」
そうして三人で支部内を慌ただしくします。わたし達たった三人の支部で、中でもラファロエイグちゃんは宝剣を使えず、私もろくな戦力にはならず、頼みの綱のロンズちゃんも飲んだくれてばかりな弱小底辺支部ですが……チームワークには自信があるんですっ!
でもどうして『凶星』さんが、そんな地方支部がある極東の秘境に……?
干したばかりの自分の布団を客間に敷きつつ、ふと、そう思った私でしたっ。
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