第45話 出会い その3

「冬也くん、引っ越しするんだって」


 市立図書館の四人掛けテーブルで、冬也がトイレに立った隙に春葉が夏月に話しかけた。


 三人が出会ってから二か月。互いに突っ込んだ話ができるくらいには、距離が縮まっている。


「親の転勤について行くんだって。家はそのまま残すらしいけど、戻ってくるのは五年後くらいだって……本人も落ち込んでた」

「知ってるわ。冬也から聞いたもの」


 夏月は手元の本から目を離さずに答える。


「春葉は辛いでしょう。冬也くんに告白したばかりだものね」

「それなんだけど……ごめんなさい。約束してたのに、抜け駆けしちゃって」

「それについては正直、腹の底から怒ってるけど……まあ、仕方ないわね。春葉の性格を考えれば、一晩中悩み続けて、どうしようもなくなって突撃したってところでしょう?」

「な、なんで分かるの?」

「簡単な推理よ。私、ポアロだから」


 軽く笑いながらも、夏月の視線は本から離れない。


 春葉は少し居心地が悪そうにしつつ、話を続けた。


「でね……冬也くん、返事を先延ばしにしたいって言ってきたの。迷ってるみたい」

「それも想定内。優しいというより、根っからの優柔不断な冬也らしい判断だわ」


 春葉がふと黙り込む。


 その様子に気づいて、初めて夏月が顔を上げた。


「何?」

「夏月ちゃん、どうするの?」

「どうするって?」

「私が抜け駆けしたこと。夏月ちゃんも冬也くんのこと、好きでしょ?」

「好きよ」


 夏月は即答した。その迷いのない言葉に、春葉は一瞬息を呑む。


「なら、私に譲ってくれる……ってことは、ないよね」

「ないわ」


 夏月はきっぱりと告げる。その瞳は揺るがない。


「それどころか、春葉に抜け駆けされて、激怒して、ついに覚悟が決まったわ。私は狡くて卑怯な女になるってね。春葉には感謝してるのよ」

「……どういうこと?」

「これから、私も告白して冬也に選択を迫るのも手だけど、その場合の勝率は五分五分。なら、私は別の方法――搦め手で冬也を手に入れる。そう決めたの」

「むぅ……」


 春葉が難しい表情を浮かべる。夏月の狙いが読めないのだろう。


 そんな春葉に、夏月が提案した。


「だから、『休戦条約』を結ばない?」

「休戦条約?」

「冬也が戻ってくるまで、一時休戦。お互い、ギスギスするのは嫌でしょう? 特に春葉はね。冬也が戻ってきてから、正式に戦いを再開すればいいじゃない」

「……うん、それいいね。条約かぁ」


 春葉はニコッと笑って夏月を見つめた。


「やっぱり夏月ちゃんって、すごく好きだなぁ。ちゃんと怒るけど、許してくれるし……ずっと仲良くしたいな」

「ありがと。でも私、春葉のこと嫌いじゃないけど、怒ってるのは本当よ」


 夏月らしい返答に、春葉は満足そうにうなずく。


 そのタイミングで、冬也がトイレから戻ってきた。


 二人の秘密の女子会は、これでお開きとなったのだった。

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