第46話 そして三人は歩いていく
「昔のこと、思い出してた」
キングサイズのベッドの上。俺の右に寝転ぶ春葉が、懐かしそうな声を漏らす。
春葉の横顔はどこか穏やかだが、今の俺たちの状況を考えると落ち着いている場合ではない。乱闘のあと、一時の休息を取っているだけで、この後には関係各所への連絡や処理すべき事案が山積みだ。
ちなみに左側には夏月がいる。雨に濡れて冷え切っていた身体をシャワーで温め、俺たちは揃ってバスタオルを巻いただけの姿でベッドに横になっていた。
春葉が俺の腕にしがみつくように身体を密着させてきた。
「ああ……冬也君とこのまま結ばれたいなぁ」
その甘い声に反応した夏月が、抑揚を抑えた穏やかな調子で応じる。
「露骨すぎるセリフだけど、この状況なら気持ちはわかるわ。ムラムラするっていうの? イラつくほどそうしたい気分になるわよね」
「でしょでしょ」
さっきまで取っ組み合いの喧嘩をしていたとは到底思えない二人が、今は仲良く俺に寄り添ってくる。
春葉が俺の肩に顔を寄せたまま、ふと思いついたように口を開いた。
「条約の第三項だけど、今思ったんだけどね」
「何か問題でもあったのか?」
浅はかな部分があったのかと身構えると、春葉は緊張を放り投げたような無邪気な調子で言い放った。
「キスとか、その先のこととか、どうするのって」
「……キス?」
「うん。私も夏月も、もう味をしめちゃってるから、休戦条約でおあずけってのは無理かなって」
その言葉に、夏月も納得したように頷きながら言葉を継ぐ。
「盲点だったわね。今までは部室でのキスで我慢できてたけど、正直、私は性欲強いから、冬也とできないと厳しいわ」
「ならさ、条約でキスもありにしない?」
「それは……でも、どちらかから不満が出るわよね」
二人の間で、俺を巡る議論が始まった。かつての優柔不断な俺なら右往左往しただろうが、今は揺らぐことはない。俺はどちらも選ばず、ただ三人で歩むというエゴに固まっているからだ。
もちろん、目の前の二人に欲望を向けられるのは男として嬉しい。しかし、それ以上のことは別だ。
「まあ、そのあたりの話は後で詰めましょう。冬也の意見は除外してね」
「そうだね。大学卒業まで冬也君には拒否権なし。私たちの言う通りに動いてもらうから」
二人は顔を見合わせてニッコリと笑った。
「大学卒業したら修羅場かもしれないけど、それまでは楽しみましょう」
「うんうん。今までストレスもあったけど、振り返ると意外と楽しい部分も多かったよね」
そんな中、夏月が急に真剣な表情になり、俺に視線を向けて問いかけてきた。
「でも私たちだけで決めた休戦条約。葵や春葉の家族、そして周囲全員を騙すことになる。それでも本当にいいの? これから、そして将来、周囲を全部敵に回す覚悟があるの?」
「構わない。覚悟はもう決めた。俺たち三人は自分の気持ちに正直なエゴイストで、共犯者だ」
春葉も夏月も、俺への想いに従うエゴイスト。そして俺は、どちらも選ばず、二人を幸せにしたいという自己中心的な欲望に従うエゴイストだ。
俺は春葉の頬をそっと撫で、次に夏月の顔を見て問いかけた。
「そういう夏月はいいのか? 俺がこんな優柔不断な男で。こんなハーレムみたいな状況にして」
夏月は艶っぽい微笑みを浮かべながら、悪戯っぽい声で囁いた。
「いいのよ。だって、あなたはただの浮気相手だから」
了
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お付き合い、ありがとうございました。
読んでいただいて感謝いたします。
月白由紀人。
幼馴染に恋の仲介を頼んだら、その幼馴染が浮気を要求してきた件 月白由紀人 @yukito_tukishiro
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