第44話 出会い その2
ある日のこと。
いつものように、俺は夏月に会いに図書館の一室を訪れた。そこに集まっているのは、小学一年生くらいから高校生までの雑多な生徒たち。俺はその部屋の隅に腰を下ろし、いつものように夏月を待っていた。
やがて、担当の職員が現れて、本の紹介を始める。
生徒たちがわいわいと騒がしい雰囲気の中、俺だけが少し取り残されたような気分でその場に座っていた。そんな中、ふと部屋の端にポツンと座っている、見慣れない子が目に入った。
その子は少しやせこけていて、髪はボサボサ。身につけているシャツもズボンも少し古びた感じで、お世辞にも「可愛い」とは言えない恰好だった。
けれども、その子には不思議と目を引くものがあった。ただの見た目以上に、何か見えない気品というか、気高いオーラのようなものをまとっているように感じた。
俺はその子から目を離せなくなり、つい、大胆にも声をかけてしまったのだ。
「すみません。この教室、初めてですか?」
俺の声に、その子が少し驚いたように顔を上げる。そして、俺の顔を見ると、さらに驚いたような表情を浮かべた。
「図書会は初めてですか? 僕もまだ本には慣れてないんですけど、友達が詳しくて……」
「ナンパ……ですか?」
「い、いや、そういうんじゃなくて! 変な下心とか、全然ないです。ただ……僕も最初この教室に来たとき、一人で心細かったから、どうかなって思って……」
俺が慌てて弁解すると、その子はクスッと小さく笑った。その笑顔は、可愛らしくてどこか安心感を与えるものだった。
「そんなに慌てないでください。別に変な人だとは思ってませんから」
その言葉に少しホッとして、俺はおずおずと尋ねた。
「隣、いいですか?」
「あ、はい」
その子が小さく頷くのを確認し、俺は気を使いながら隣に座った。
しばらくして、持ってきていたラノベを鞄から取り出し、その子に見せた。
「これ、『キミスキ』っていう角山ライトノベル新人賞の銀賞作品なんだ。読んだこと、ある?」
「……見たことも聞いたこともないです」
その子が首を振ると、俺は目を輝かせながら提案した。
「じゃあ、一緒に読もうよ。これ、すごく面白いから!」
その言葉に、その子は少しだけ驚いたようだったけど、やがて小さく頷いてくれたのだった。
「これ、正ヒロインが負けますね」
自信ありげに口にした女の子――春葉に、俺は驚いて顔を向けた。
「なんでわかるんですか!? まだ半分しか読んでないのに!」
「伏線があるもの。正ヒロインがプレゼントを渡せて、サブの子が渡せなかった。それが、その理由です」
ふふっと春葉が笑う。その笑顔につられて、俺も自然と顔がほころんだ。
少し気が緩んで、俺はフランクな口調で尋ねてみた。
「学校は、どこ?」
「港南北小学校、六年二組」
「そうなんだ。なら、来年は光葉中学で同級生だね!」
思わず声が弾み、顔がぱあっと明るくなる。
「名前を聞いていい?」
「春葉。成瀬春葉」
「僕は高持冬也。来年はもう同級生だから、冬也でいいよ」
「冬也……くん?」
「うん、春葉さん」
同年代の女の子から名前を呼ばれるのは珍しくて、俺は思わず嬉しさが顔に出てしまった。
すると春葉が、少し不思議そうに首をかしげながら尋ねてきた。
「なんで私を気にかけてくれたの? 私、見た目も可愛くないし……」
「え?」
突然の言葉に、俺は一瞬固まったが、正直に伝えた方がいいと思い、はっきり答えることにした。
「春葉さんは……可愛いと思うよ。特に、目が綺麗で」
「…………」
春葉が恥ずかしそうに頬を染めて、俯いた。
「確かに、髪は少し乱れてるかもだけど……でも、目が本当に綺麗だし、顔だって可愛いし……。いや、ごめん! 変な意味じゃなくて、ただ……最初ここに来るのがすごく勇気がいったから、同じ気持ちだったら大変だなって思って」
言葉を並べているうちに、俺もだんだん恥ずかしくなって、つい春葉と同じように俯いてしまった。
沈黙がしばらく続き、春葉の小さな声が耳に届いた。
「……こんな人がいるなんて」
彼女の言葉にドキリとするが、どう返事をしたらいいのか分からず、俺は黙ったままだった。
そんな時――。
「冬也」
背後から名前を呼ぶ声がした。
振り返ると、そこには綺麗な服を着た夏月が立っていた。彼女が俺たちに近づいてきて、短く尋ねる。
「どなた?」
「あ、えっと。この子は今友達になったばかりの成瀬春葉さん。で、こっちは僕の親友の久遠夏月さん」
俺は少しぎこちなく二人を紹介した。夏月が柔らかな表情を浮かべながら言う。
「初めまして、成瀬さん」
「あ……初めまして、久遠さん」
春葉が戸惑いながらも答えた。
夏月が手を差し出す。小学生としては少し大人びた仕草に感じたが、春葉はその手を握り返した。
「これで私と春葉は友達ね。これからよろしく」
「ええ、夏月さん」
港南市の小さな図書館の一室。これが、俺と夏月と春葉の運命的な出会いだった。
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