第42話 休戦条約第三項 その2
ピタッと二人の動きが止まって、計ったように俺を見る。
俺は思考を巡らせた。どうすればこの状況を収め、二人を傷つけずに済むか。
いや、違う――。どう『騙す』か、だ。
春葉を救わなくてはならない。選択を誤れば、彼女は命を絶つ道を選ぶかもしれない。その上で、俺への想いを湛えている夏月をどうするのか。
俺自身の気持ち、どちらを選びたいかという希望はもはや些細なことだった。それは二人の未来、幸せの前には取るに足らない。
二人が俺の言葉を待っている。
俺は考えをまとめ、決意を込めて話し始めた。
「俺は今すぐにでも恋人にする相手を『選びたい』と思っている」
そう言って、俺は『嘘』をついた。
二人は息を呑み、ピリついた空気が一瞬で凍りつく。
「争いをやめて、このあと自殺とかしないと約束してくれるなら、俺は今すぐ選ぶ。条件を飲んでくれるなら、単刀直入に名前を告げる」
「…………」
春葉と夏月は顔を見合わせたあと、沈黙する。二人の緊張が手に取るように伝わってくる中、俺はその沈黙を破るように続けた。
「俺が選ぶ相手は――」
「「待って!」」
二人が同時に声を上げた。
実は、選ぶ相手というのは決めてなかった。春葉と夏月が止めるだろうという確信があっての発声だったのだ。
さらに本当のことを言うなら、俺はどちらを選んでも後悔しない。それほど春葉も夏月も俺にとって大切な存在なのだが、今この場で結論を出すつもりはない。
「俺が好きなのは――」
再び名前を告げようと口を開いた瞬間、再度二人が声を揃えた。
「待って、冬也。心の準備ができてない。それに、この混乱した状況で決めるのは問題があるという認識」
「私が暴走してた悪者みたいな形で、夏月が正義の味方に見えるから、どうしても夏月が有利になりそうで……」
互いを見つめる二人の表情は苦しげで、悩ましさを隠しきれていない。しばしの沈黙のあと、俺はゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「俺にも、本当に好きな人と結ばれたいってエゴはある。夏月か春葉のどちらかで、この先何があっても、必ずそのどちらかを選ぶと約束する。それほど二人が大切だ」
後半は本心だが、前半の言葉には嘘が混じっている。俺のエゴは変化していた。もはや、二人のうち一人を選ぶというエゴではなく、二人を幸せにしたいというエゴにすり替わっている。
「だけど、俺は一人しかいない。だから、二人のうちどちらか一人を選ばざるを得ない。そうなれば、一人は傷つけることになる」
「「…………」」
二人が、同時に黙り込む。
「だから、休戦条約の第三項を結びたいと思う。俺たちを取り巻く状況は厳しいし、俺も人間だから好きな相手を選びたい。今すぐ選べと言われれば選ぶが、この追い詰められた状況ではリスクが高すぎる」
俺の言葉に、春葉と夏月が口を開く。
「それってつまり……」
「冬也が今すぐ選ぶのではなく、私たちに時間をくれるってことね」
「そうだ」
俺が頭を深く下げると、二人は大きく息を吐いた。
「まあ、優柔不断な冬也が片方を不幸にしても選ぶ覚悟をしたなら、それはそれで納得できるわ」
「うん。それなら私も同意する。無茶をして……ごめんなさい」
夏月が穏やかに笑みを浮かべ、春葉が神妙な顔つきで謝罪する。三人で顔を見合わせ、大きく深呼吸をして緊張をほぐした。
互いにぼろぼろの格好で、顔には喧嘩の痕跡が残る。それでも、命を賭けるような事態にはならなかったことに、俺は心底ホッとした。
これから先、何が待ち受けているのかはわからない。それでも、時間が俺たちの味方になると信じている。
いずれ、選んでも問題のない状況が訪れれば、そのときはどちらかを選ぶ。だが今のように、一方を奈落の底に突き落とすような状況では、どちらも選ばない。その選択を、たとえ棺桶の中であろうとも持ち込むつもりだ。
春葉と夏月が見せた「好き」という執念――それが、優柔不断だった俺に二人を『騙す』というこの覚悟を決めさせたのだった。
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