第36話 捜索 その1
教室で葵の話を聞いた夏月は、授業を無視して春葉と冬也の探索に乗り出した。校舎裏、部室、さらに二人がいそうな場所を巡ったものの、何の手掛かりも見つからなかった。
焦りを募らせながらも、夏月は手を止めなかった。次に選んだのは、二人の関係者からの聞き込みだ。
拓真を呼び出し、部室で問い詰めることにした。冷たい声で夏月は切り出す。
「拓真、正直に話してほしい。今、私は焦っているし、苛立ちも感じている。だから嘘をつかれたら、あなたをどうするか、正直わからないわ」
拓真は目を伏せ、慎重に言葉を選ぶように口を開いた。
「俺は夏月に協力してきた。それは今も変わらない。だけど、本当に冬也君がどこにいるのかは知らないんだ」
夏月は彼の表情を鋭く見つめる。
「春葉に会ったわね。何を話したの?」
拓真は一瞬、眉を動かした。それを見逃さなかった夏月は確信する。
「嘘ね。春葉に協力してくれと頼まれたのでしょう? 私を裏切る形で」
その一言に、拓真は顔を背けた。
「春葉を甘く見ないほうがいいわ。あの子は覚悟を決めると、一切躊躇しない。あなたや約束を守ることに、彼女が価値を見いだせない状況にいる可能性だってあるのよ。春葉との五年来の幼馴染である私が言ってるんだから、信じなさい」
拓真は言葉を失い、逡巡している様子が明らかだった。
夏月はさらに畳みかける。
「実際、あなたが春葉と話しているのを見たという生徒がいるわ。その後、あなたが冬也を呼び出したところも目撃されている。これを否定するなら、スマホを見せて」
その言葉に、拓真は顔を歪めてうめいた。
もちろん、生徒の証言というのは夏月が作り上げた嘘だ。だが、これ以上隠し事を続けられない状況に追い込むには十分だった。
「今正直に話してくれれば許すわ。でも、あとで嘘だとわかったら……その時は容赦しない」
夏月は拓真の胸倉を掴み、低く冷たい声で脅した。
ついに拓真は観念したように言った。
「春葉ちゃんに……体の関係で……セフレになってくれるって……そう言われたんだ。夏月を裏切って協力したら、って……」
その言葉を聞いた夏月は、思わず息を飲んだ。
春葉は明るくて誰にでも優しい一方で、貞操観念の強い古風な女性だった。誰かに簡単に体を許すようなタイプではない。
冬也に対してだって、幼い頃からの強い想いがあったからこそ、部室でキスをしたりいちゃついたりしていた。
その春葉が――セフレ。
そこまでして勝負に出たのかと愕然とする一方で、それは春葉が追い詰められている証でもあった。
「正直、春葉ちゃんがそんなことを言い出すなんて思わなかった。俺も流されたとはいえ、迂闊だった」
拓真は後悔とともに続けた。
「俺は今でも春葉ちゃんが好きだ。だからこんなことを言う資格はないかもしれないけど……春葉ちゃんを助けてやってほしい」
丁寧に腰を折り、頼み込む拓真を見て、夏月は短く答えた。
「わかったわ」
拓真に言われるまでもなく、手をこまねいている時間はもう残されていなかった。
一度覚悟を決めた春葉がどのように動くかは予測がつかない。夏月は部室を飛び出し、廊下を駆け抜けた。
その時、ポケットのスマホが振動する。
取り出して耳に当てると、葵の声が飛び込んできた。
「今、両親に連絡して、警察に届けを出しました。商店街や町内会の人たちにも協力をお願いしました。久遠さんは春葉の敵かもしれないけど、ほかに頼れる人がいないんです……。春葉を、助けてあげてください」
「承知したわ」
そう短く答え、スマホをポケットにしまう。
夏月はそのまま昇降口から校舎を飛び出し、雨の降りしきる学園の外へ走り出した。
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