第35話 失踪 その4
気付くと、俺は自宅の自室にいた。力なくベッドに横たわり、いつの間にか降り出した雨音が耳に染み込んでくる。
壁時計の針は午後三時を指していた。
校舎裏で部長に衝撃の事実を突き付けられた後、足元も覚束ないまま学園を出て、無意識に住宅街を歩き、自分の家にたどり着いていたらしい。
――あの暴露は、あまりにも衝撃だった。
夏月が、俺を想う気持ちを言葉にしてくれたこと。それが嘘ではないと信じたかった。彼女の表情、言葉、仕草……どれもが真実を語っているように思えた。だからこそ、俺は彼女と春葉の間で迷い、自分の揺れ動く気持ちに翻弄されていた。
しかし。その夏月が、部長と……。
その言葉を聞いた瞬間から、頭の中はぐちゃぐちゃになった。
夏月が部長と愛を囁き合い、触れ合い、そして――身体を重ねる情景が脳裏に浮かび上がってくる。
自分の中で信じていたものが崩れていく音がした。
苦しい。
辛い。
胸が焼け付くような痛みに、思わず頭を掻きむしる。
「誰か……助けてくれ」
搾り出すような声が漏れた。
その時だった。階下からピンポン、と玄関のベルが鳴った。
こんな雨の中、誰が来たのだろう。無視しようとも思ったが、気になって玄関に向かう。
扉を開けると、そこにいたのは――。
雨でずぶ濡れになった制服姿の春葉だった。
髪から滴る雨水が彼女の顔を濡らしている。目を赤く腫らしながら、ぽつりと口を開いた。
「私、飛び出してきちゃった」
「飛び出し……?」
思わず問い返すと、春葉は小さくうなずいて続けた。
「家出。私、もう戻る場所なんてないの。家を飛び出してきたから……」
春葉が笑った。その笑みは、今にも壊れてしまいそうな儚いものだった。
「冬也君が夏月さんに裏切られて、独りで苦しんでるの、知ってる。私も独り。だから……」
一拍置いてから、春葉は真っ直ぐな目で俺を見つめて言った。
「私と……慰め合おうよ。お互いを温め合って、苦しい気持ちを忘れようよ」
彼女の言葉が胸に刺さる。冷たい雨が彼女を濡らし続け、髪も服も肌も冷たくなっているのが見て取れる。
じっと俺を見つめる春葉。その姿は、捨てられて行き場をなくした哀れな子猫のように思えた。
――この子となら、冷え切った心を少しでも温め合えるのかもしれない。そんな思いが胸の中に広がる。
「春葉……」
名前を呼ぶと、春葉は微かに微笑んだ。その微笑みが、かえって切なさを深める。
とりあえず彼女を放っておくことはできない。どうすればいいのかは分からないが、この雨の中、ずぶ濡れの彼女を追い返すなんて選択肢はあり得なかった。
俺は春葉を家の中に招き入れ、シャワーを使うよう勧めた。そして、タオルと着替えを用意しながら、彼女が浴室で雨と冷えを洗い流すのを待った。
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