第33話 失踪 その2

 その日、教室に入った俺は、春葉の姿がないことに気づいた。彼女の鞄は机に置かれているから、学園には来ているはずだ。それでもホームルームが始まり、一時間目が始まっても春葉は戻ってこない。


 そんな中、スマホが震えた。画面を見ると部長からの呼び出しだ。春葉のことで気を揉んでいたが、昼休みに校舎裏へ来いという指示に従うことにした。





「なんですか、部長。改まって」


 校舎裏に現れると、部長が待っていた。普段とは違う険しい顔つきに、緊張が走る。


「冬也君。夏月に手を出しているだろう」

「!」


 思わず息を呑んだ。逃げることもできたが、いつかは直面しなければならない話題だ。俺は深く息を吸い、素直に答えた。


「ええ。夏月とは付き合っています。キスもしました。何度も。でも無理やりじゃなくて、最初は夏月の方から浮気したいって言ってきたんです。それで付き合っているうちに……本気になりました」

「君には春葉ちゃんがいるだろう。春葉ちゃんの気持ちはどうするんだ? 不誠実だ。君は春葉ちゃんを裏切り、弄んでいる」

「…………」


 今度は言葉に詰まった。


 俺は夏月に強く惹かれている。でも、春葉を好きで告白し、付き合い始めたのも嘘ではない。今となっては、自分の本当の気持ちがどこにあるのか、もうわからない。


「夏月は確かに魅力的だ。クールで、情念深くて、時折見せるおちゃらけた表情も……。だから彼女に惹かれるのは男として当然かもしれない。でも、春葉ちゃんがいる以上、君は春葉ちゃんと添い遂げるべきだ。春葉ちゃんが心配にはならないのか?」


「それは確かに部長の言う通りで……。夏月といても春葉のことは気にかかっています。でも俺は夏月のことも……」


「君が揺らいでいるのもわかる。しかし、君が春葉ちゃんへの初心を思い出して彼女と一緒になるなら、すべて丸く収まる。みんなが幸せになれる。君の一時の気の迷いで、全員が不幸になる必要はない。春葉ちゃんを大切にすべきだ」


「それは……。確かにそうかもしれませんが、俺も……もうどうすればいいのか……」


 俺は苦しい心を吐露した。自分でも、どうすれば正しいのか答えが見つからない。


「それにだ」


 部長が咳払いをして、もったいぶるように続ける。


「昨日の夜、一晩中、夏月を抱いた」

「……え?」


 頭が真っ白になる。


「俺と夏月はずっとカラダの関係にある。君と浮気を始めた後でも、夏月は俺を拒んでいない。それが事実だ」


 その言葉は揺るぎない声音で告げられた。俺の中で全てが崩れていく感覚に襲われる。


 そして吐き気がこみ上げてきた。何度も何度も、中身のない胃から液体を吐き出す。


「すまんな。言い方が悪かったかもしれないが、事実を伝えなければと思ってな。夏月はそういう女だ。それを理解した上で、俺は彼女を受け入れている。だが君には、君を一途に想う春葉ちゃんが似合っていると思う。君にも春葉ちゃんにも幸せになってほしい。それが俺の本心だ」


 部長は最後にそれだけ告げると、俺に背を向け、校舎裏を後にした。


「春葉ちゃんを大切にしてあげてくれ」


 その言葉が、彼の残した最後だった。


 俺はふらつく足をなんとか動かし、その場を立ち去った。だが、それ以降の記憶は曖昧で、ほとんど思い出せないままだった。

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