第4章 「夏月VS春葉」編
第22話 春葉、部活はいるって
「お、おはよう……」
朝、教室に入って、座っている春葉に声をかけた。二週間ぶりになる。
春葉とのすれ違いが落ち着いた感があったのと、俺の中のもやもやというかストレスがなくなったという自覚があったからだ。
「おはよう」
春葉が、以前の通りに、明るく朗らかな声とタンポポの様な笑みを送ってきてくれた。俺は安堵と喜びに打ち震えながら、教室ではここまでと自分を自制する。
これも夏月のサポートのおかげで、後ろめたくはあるんだが、そういう大人の処理も必要な年齢になったのだと自分で自分を言いくるめる。
ちらと、春葉ではなくその夏月に目線を走らせると、夏月は気づいたようで俺に意味ありげな流し目だけを送ってきた。
そして予鈴がなって久しぶりに心が軽いホームルームが始まった。
昼休みは、しばらくぶりに秘密の場所で春葉と一緒に昼食をとった。
ずっと離れていたので、お互いに手探りというかぎこちなさはあったのだが、相手を思いやったアットホームな時間を過ごせたと思う。
そして……春葉と仲直りした今となっては問題になってしまった放課後がやってきた。部室に行くと、先に夏月がいて、どうということもなく俺に近づいてくる。
『この二週間』と同じように、挨拶代わりに夏月と唇を絡めた。
そうなのだ。夏月の提案に乗って、この間、部室内では夏月と恋人の様に過ごしてきた。抱き合ってキスをして相手に触れて……。それから心地の良い言葉を互いに囁いて。でも最後の一線は越えてない。
夏月から口を離して、考えてきたことを言葉にする。
「ありがとう。夏月のおかげでモヤモヤは晴れたって思う。感謝してるし、おかげで春葉とも仲直りできた。だから……」
「だから私との浮気もこれでおしまい、ってわけ?」
そう俺の後に続けた夏月に、特別な感情の乱れは見られない。
「夏月には感謝してる。夏月の提案がなかったら、俺と春葉はダメになってたって思う。だけど春葉がいる以上、俺は夏月とこのままの関係を続けるわけには……」
「私とのリハビリ。満足できなかった?」
「そういうことじゃない。俺も男だから、夏月といちゃいちゃしたいって欲望はもちろんある。でも春葉は遊びの浮気じゃなくて本気で俺のことが好きで、その本気の好きを無下にするのは……」
「私も本気で冬也が好き、だと言ったら?」
「……え?」
俺は、ちょっと面食らった。
この二週間、怒ってマシンガンの様な口調になったり、拗ねて無口になったり、恥じらって顔を染めて下を向いたりした夏月の、普段は見せない色々な顔を見てきた。
そのおかげで、身体の触れ合いが気持ちよいってだけじゃなくて、夏月そのものにも心惹かれるようになったし、夏月を前よりずっと魅力的だと感じるようになった。
だが、夏月にとって俺はただのお遊びの浮気で、春葉にとって俺は本気の好きで。そう言い聞かせて、この部室という密室で、夏月とのセックスにまでなだれ込もうとする俺の性欲を押しとどめてきたのだ。
それが……。え? 夏月が本気?
夏月を二度見してしまった。
夏月の顔はあくまでクール。情熱に浮かされているとか感情に流されている様子は見られない。
「冗談……。揶揄ってるんだろ?」
俺は聞いてみたんだが、予想してなかった返事が戻ってきた。
「私が本気じゃかなったらみんな丸く収まったのにね。でも残念だとは思ってない。私たち三人が上手くいかないのは最初からわかってたことで、私は私の気持ちを誤魔化すつもりは毛頭ない」
俺は、その夏月の圧に圧されて黙り込み、二人の間に沈黙が落ちる。と、その場面でコンコンと部室の戸をノックする音が聞こえた。
「おじゃまします」
入ってきたのは、今話題にしていた山名春葉その人だった。立って対峙している俺と夏月を見て、春葉が顔にハテナを浮かべる。
「どうしたの? ケンカ?」
冬也君と夏月が喧嘩なんて珍しいね、と言いながら、春葉は取り乱すこともなく落ち着いた様子。対して、夏月は予期してなかったという声を出した。
「なんで……ここに貴女が来るの!?」
「私、この部活、入るから」
中に入って扉を閉めた春葉がそう続けてきて、夏月と俺が同時に驚く。
「なんですって?」
「え? 春葉、研究会に入るの?」
「うん。正直、恋愛研究に興味はなくて、冬也君目当てだから」
ニコッと笑う春葉に、俺は頭を抱えた。
この場所は、二週間にわたって俺と夏月が淫らな事をしていた場所だ。そこに春葉を迎え入れるのに罪悪感があったし、現状その夏月との関係も解決していない。
「いや……かな? 冬也君?」
少し顔を曇らせた春葉に、俺は慌てて否定する。
「いやいやいや。そんなことないし。大歓迎だ、この部活、今三人しかいないから」
両腕を広げて歓迎の意志を示した俺だったが、夏月が冷えた声で冷水を浴びせてきた。
「私の同意は?」
夏月が、据えた目線で春葉を見やる。春葉がそれをさらりとかわす。
「もう部長に入部届け出してきちゃったんだけど。夏月の同意っているのかな?」
「春葉、私が始めた活動だって『知ってる』わよね。その上で乗り込んできたって認識でいいのかしら?」
「まあ、それでいいかな。間違ってはないよ、その認識で」
春葉が夏月の目線を真正面から受けて、互いの視線が交錯する。
え? なんで? なんでこうなってんの? と、俺は事態の進展に理解が及ばない。
二人の視線がバチバチと火花を散らし、自然と場の緊張が高まる。
俺は、無言でにらみ合っている春葉と夏月にどう対応してよいかわからない。
そんな緊張した場面で、部長先輩が入ってきて、俺は安堵する。
「おう。山名春葉さんだな、新入部員の。歓迎するぞ、俺も夏月も」
わっはっはと部室の空気をほぐすように先輩が豪快に笑う。
「お? なんだなんだ、どうした? 同じ部員同士、ケンカはよくないぞ」
にらみ合っている春葉と夏月を尻目に、部長はあくまで鷹揚だ。
「これは喧嘩とは違うわね」
「別にケンカしてるってわけじゃないんです」
夏月と春葉が部長に返した。
「喧嘩というより、売られた決闘かしら?」
「ただのすれ違いの勘違い。なんで夏月がイラついてるのかわからないけど、夏月は部長と、私は冬也君と仲良く活動したいってだけ」
夏月の視線が春葉に刺さり、春葉はそれを気にしてないという様子でさらりとかわす。
俺は……春葉が突然研究会に入りたいと言ってきたことに驚いている。
同時に、春葉が入ってくる前に夏月が言った「本気だ」という言葉の意味がわからない。
部室にいる俺たちの間に、不穏な空気が漂っていた。
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