第21話 浮気の日々 その4
翌日の土曜日、俺は夏月と朝十時に港南中央駅前の噴水広場で待ち合わせをした。学園で、身近にいる女の子と昨日の今日。というわけで俺は、ジャケットにジーンズというありふれた格好で出かけた。
対して夏月は、真っ白なフレアワンピースという、これぞ正に深窓の令嬢という服装で現れた。頭にちょこんと乗せたベレー帽と足のハイヒールが、お嬢様感に輪をかけている。
「どうかしら?」
「いや……。なんでそんな格好をしてるんだって……。え?」
驚いて、まともなセリフにならない俺に、夏月が足を見せつけるようにワンピースのすそをつかむ。
「こういう格好、どうかしらとは思ったんだけど、せっかくのデートだから積極的になった私を見てもらえたらって思って」
口にした後、クルリと一回転してスカートを揺らした夏月に、俺の心臓がドキリと跳ねる。
「に、似合ってるな……」
「そうね。似合ってるわね」
思わず口にしてしまった俺に、夏月はにっこりと微笑むと、いきなり俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
「いきましょう」
驚いてなすがままの俺は夏月に連れられ、ブランロードに足を踏み入れて、ショッピングモールへと進み始めたのだった。
二人腕を組んで、プラタナスの街路樹が鮮やかな、レンガタイルの歩道を進む。右脇には、お洒落なカフェやアパレルショップが並ぶ、瀟洒な通り。この時間帯になると、若い男女のペアも多い。
「私たちも、恋人同士に見えるかしら?」
夏月が、俺の顔をのぞきこみながら聞いてきた。俺に向かってじっと視線を送ってくる。
「いやそれは……。見えるかもしれないが……」
「今日は、私とデートなんだから、他のことは忘れなさい」
夏月は、ぴしゃりと言い切ってから、ぎゅっと密着してきた。柔らかい胸の感触が伝わってくるのに加えて、香水のフローラルな香り。自然と心臓が高鳴ってしまい、収まれ、収まれ、と言い聞かす。
あたふたと慌てている俺と、対照的に軽やかな足取りの夏月。
俺は夏月に抱き着かれながら足を進め、港南ショッピングモールにまでたどり着いたのだった。
モールは、飲食店や服飾店などのテナントが入った複合商業施設だ。出来たばかりで、出向いてきた人々でごった返していた。
「スターバックスで飲み物買ってから、回らない?」
夏月が、「どうかしら?」という面持ちで提案してきた。反対する理由もないし、喉も乾いていたので、俺は夏月に同意した。
スタバで抹茶ラテを買ってから、モールを二人で回り始める。カフェにブティックに宝石店。色とりどりの華やかな店が、ずらりと並ぶ中を進む。
と、夏月がブティックの前で足を止め、ショーウィンドーをのぞき込む。
「ねえ、これどうかしら? 手前味噌だけど、こういうカジュアルなのも私には悪くはないんじゃない?」
夏月が、デニムの上下に目をやりながら、俺に意見を聞いてくる。その瞳に俺の、答えを期待する光が宿っていて、俺も雰囲気に押されて思った通りに答えた。
「似合うって思う。夏月って、いつもは感情が見えないクール系だけど、こういう制服とは違ったのもピッタリだって。というか、見てみたい」
「なら、ちょっと着てようかしら?」
「いま……ここで?」
「ええ。試着できるんじゃないかしら?」
そのまま夏月はブティックに入っていき、僕も引かれるように後に続く。夏月は店員さんと二言三言会話して、試着室に入った。そして待つ事十分。
「はい。お待たせ」
声とともにカーテンが開いて、デニムジャケットにパンツ姿の、アクティブ美少女夏月ちゃんが現れたのだった。
その夏月が、ポケットに手を入れ、足を大の字に広げてにこやかにポーズをとる。
いつもは長い黒髪をアップにしていて、見るからに元気が伝わってくる格好に俺も気分もアガり、普段の制服姿とは違った新鮮さに思わずドキンと心臓も跳ねる。
夏月とは精神安定のための治療だという自覚はあるんだが、思わず見惚れてしまうほどの似合い具合だ。
「どうかしら? 悪くないって思うんだけど?」
「あ、ああ。すごく似合ってる。というか……あまり近づくと……吸い込まれそうで……」
かすれた声を出した俺に、夏月が納得顔でうんうんうなずく。
それから夏月は店員さんを呼んで、これをくださいと袋に服を折りたたんで入れてもらい、スマホでデータ決済をする。
上機嫌の夏月と一緒に店を出て、またにぎやかな通路を歩き始める。その後、ファミレスで昼食を取ってから、モールを出て一息ついた。
二人で腕を組み、駅に向かって歩きながら、おしゃべりをする。こうしていると、はたからは恋人同士にしか見えないだろう。
「今日は楽しかったわ。ありがとう、冬也」
「いや、俺の方こそ、ありがとう。おかげで、もやもやが晴れたというか、嫌な気分がすっかりなくなって、前に進めそうに思える」
「そう。よかったわ。私としても、順調に計画通りだから」
「?」
夏月の最後の言葉はわからなかった。しかし、気分転換のストレス発散にはなったわけで、その夏月のセリフに突っ込もうという意志は微塵もない、俺なのであった。
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