第3章 仮初の浮気編

第18話 浮気の日々 その1

 それから、春葉と接触しない日々がさらに続いた。


 朝の挨拶もなく、昼のお弁当タイムもなし。本の貸し借りもしない毎日が続いて、春葉を後に残して、俺は放課後の部室におもむく。


「いらっしゃい」


 俺を迎えてくれる夏月の落ち着いた抑揚に、ほっと一息ついて癒される。部室に据え置いてある早川ミステリーをソファで読んでいた夏月の隣に座って、あいさつ代わりの軽いキス。


 それからコンロでコーヒーを淹れ、マグカップを夏月に渡して自分用に入れたコーヒーをすする。


「苦いわね。それから熱い」


 渋い声を出した夏月はゆっくりと全部飲んでから、カップをテーブルに置いて、こてんと俺の膝上に倒れ込んできた。


「どう? 私を利用して少しはリラックスできた?」

「それは……まあ、できたかもとは、思う」

「春葉に悪いという罪悪感はあるだろうけど、今は私に気持ちをゆだねて」

「ああ。疲れてたんだなって自覚はしている」

「私に寄りかかって、私で気持ちよくなって。どう? 私は?」

「心地いいのを否定するのは難しい」


 俺が素直に返答すると、夏月はニンマリとした笑い顔を浮かべる。


「それはそれは僥倖ぎょうこうなことで」

「お前、そんな顔で俺を揶揄ってるが、部長とは上手くいってるのか? 部長、あまり部室では見かけないし、お前といちゃついてるところも見たことがない」


 俺が上から声を注ぐと、夏月が不満だという様子で顔をしかめた。


「私を前に他の男の話をする神経がわからないわね。冬也的にはネトラレ的なシチュがお気に召すのかしら?」

「そうじゃなくて、お互いに利用し合っている中で、本気の相手のことをちゃんと考えてるかって話だ」

「彼氏であるところの拓真の手綱はちゃんと握ってるから心配ご無用。冬也は休憩に専念して私と一緒に楽しむことに集中してればいいの」


 ふふっと蠱惑気に笑う夏月とのじゃれ合いに、溜まっていたストレスが本当に溶けていく気がする。


「ねえ。肩こってるから、マッサージ、お願い」


 言ってから夏月は身体を回転させ、ソファにうつ伏せになった。


「俺、ただの素人だぞ」

「なんでもいいから、カラダ揉んで」


 その夏月の命令に、俺はカップを置いて夏月の肩を揉み始める。


「うんうん。いい気持ち。もっと強くして……」


 夏月の声がとろんとしてきたので、これでいいのだろうと手に力を込める。


「ん……」


 ぎゅっと筋肉を締めると、夏月が甘い声を漏らした。


「ねぇ……。もっと下の方……。いつも座って本読んでるから、お尻の筋肉が痛くて」


 言われるがままに、手を夏月の臀部に持っていき……。


「って、やばいだろ、それはっ!」


 俺は抗いの声を上げたが、夏月が逆らうのは許さないというセリフ。


「ダメ。お尻、ほぐして気持ちよくさせなさい。私がここまでカラダに触れさせることって普通はないのよ」


 普通はないのなら、彼氏の部長にはさせているのかと思ったが、言葉にするとまた怒られるので、言われるがままに揉み解しを始める。


「気持ちいい……」


 夏月が、甘い声を出し始める。


「もっと激しく……」


 夏月の要求に従って、手に力を込める。


「あ……。ん……。ダメそこっ……」

「ヘンな声出すな! 妙な気持ちになるだろうが!」


 俺は指摘するが、その夏月が自分を省みる様子は見られない。


「だって、気持ちいいんだもの。あ、そこもっと強くぅ……」


 ねだり声とともに、身体を細かく震わせる夏月。その痙攣がじかに手に伝わってきて、俺の脳髄を直撃する。


「私、正直に言って……感じてるけど、冬也は……どう?」

「どうって……。割と肉付きはいいんじゃないのか?」


 気を抜くと、そのまま柔らかい肉の感触に溺れてしまいそうになっているのだが、さすがに口にするのははばかられた。


 気にしてないフリをして無愛想に答えると、夏月が艶っぽい声で甘えてきた。


「ねぇ。私を……もっと気持ち良くして。感じさせてぇ、冬也ぁ」


 夏月の口から漏れる息は、完全に発情したメスの喘ぎになっていて、その響きが俺の情欲を震わせる。


「冬也ぁ、お願いぃ……」


 俺は何をやってるんだと思いつつ、気を確かに持てと自分に強く強く言い聞かせながら、夏月のお尻を揉み続け……。


 都合三十分もマッサージを続けて、俺の手の方が筋肉痛になってしまった。ここまで一線を越えなかったと、俺の自制心を誉め讃えたい。


「よく我慢したわね。私、半分は誘ってるつもりだったんだけど」


 終わった後であっけらかんと言い放った夏月に、俺は驚くと同時に思わずふっと噴き出してしまったのだった。

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