第11話 さて、ワトソン君 その3
「いつもこんなことをしてるのか?」
部室への帰り道、廊下を歩きながら隣の夏月に尋ねた。
「いきなり渡瀬さんに告白させるなんて無茶すぎるだろ? うまくいったからいいものの、失敗したらどう責任取るつもりだったんだ?」
少しきつい言い方になってしまったのは、自分も緊張して見守っていたからだ。だから、思わず率直に問いただす形になった。
「失敗の可能性はなかったから」
夏月はあっさりとそう言い切ってきた。
「実はね、山下君が渡瀬さんを好きなこと、本人から相談されて知ってたの。事前に」
「え?」
即座に意味がつかめなかった俺に、夏月は続けてくる。
「渡瀬さんからも山下君への取り持ちをお願いされてたし、山下君からも渡瀬さんとの仲を頼まれてたの。どっちも前からね」
「それじゃあ……」
俺は少しずつ事の全貌を理解し始めた。
「なんてことはないのよ。私の噂のせいで、多くの生徒が私に情報を持ってくるの。自薦他薦問わずね。その中で両想いの生徒を見つけて取り持ってるだけ。実績を作れば噂がさらに広がる。それを繰り返してるの」
「……マッチングアプリみたいなことをしてるってことか?」
夏月は肩をすくめて微笑んだ。
「まあ、そんな感じね」
なんとも言いようがなかった。学園の恋のキューピッド。その実態は、異能力でもファンタジーでもなく、情報収集と計算に基づいた策略だったのだ。
だが、一つだけわからないことがあった。
「なんでそんなことをしてるんだ? 恋愛研究会だから恋に興味があって研究の一環とか?」
俺の問いに、夏月はふと遠い目をして言葉を続けた。
「自分の気持ちは誤魔化すべきじゃないって思ってるの」
その言葉にこもる真剣さに、俺は一瞬息を飲んだ。
「冬也だってそうでしょ? 春葉に告白して、フラれたけど諦めずに私に仲介を頼んで、今では隠れて付き合ってる」
「確かに……それはそうだな」
俺はその言葉に頷くしかなかった。
「自分の気持ちを誤魔化さないで、真っ直ぐに行動したからこそ得られた結果。それを見てると、私もそうありたいと思うのよ」
「じゃあ、恋愛研究会を作ったのも……?」
「そうよ。自分の気持ちを誤魔化さないためにね。私の恋を成就させるための、ただのエゴ。でもどうせやるなら、その過程で周りの人にも喜んでもらえたらいいなって」
ふふっと笑いながら、どうかしら、わかる? と悪戯っぽい目で俺を見つめてくる。
「わかるような、わからないような……」
俺は曖昧な返事しかできなかったが、その率直さに彼女が気を悪くする様子はなかった。
「どう、ワトソン君。今日の私はいい助手になれそう?」
「それは簡単にはなんとも……」
夏月の活動は彼女自身の信念と目的が絡んだものだった。確かに彼女の言うとおり、自己満足と言われても仕方ない。だが、それが彼女らしいと感じる自分もいた。
「今日はありがとう。他人と一緒にやるのは初めてだったけど、一緒にいてくれて心強かったわ。だから、これはご褒美」
その言葉の直後、不意打ちのように、夏月が俺の頬に軽くキスをしてきた。
「お、おいっ! 浮気はなしだって……」
「これは浮気じゃなくてご褒美だから。嫌?」
「嫌じゃないけど……なんか後ろめたいというか……」
もごもごと最後は誤魔化したが、嫌じゃないというのは正直な気持ちだった。
頬に残るくすぐったい感触は、戸惑いと同時にどこか心地よさもあって、頭の中は混乱していた。それでも、不思議と悪い気はしなかった。
これが夏月との初めてのキューピッド活動の後に起こった、忘れられないひとときだった。
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