第12話 キューピッド夏月、告白される その1
それから、また別の日のことだった。
「今日は冬也一人で聞き取りに行って頂戴」
恋愛研究会の部室に入るなり、夏月からのいきなりの言葉に俺は驚かされた。焦りながらも、なんとか言葉を返して、押し問答をする。
「夏月は一緒じゃないのか? キューピッドの夏月がいないと話にならないだろ?」
「私のワトソン君として独り立ちして見せて」
「早すぎる。さすがに俺一人だと厳しいだろ?」
「というのは半分冗談で、ダブルブッキングしたのよ、本当のところ。一人は冬也に受け持ってもらわないといけないの」
「…………。予定、なんとかならなかったのか?」
「向こうさんからの日時と場所の指定があってね、こればっかりはどうにもならないの。上手くやって」
夏月はそう言うと、俺を励ますように手を振りながら部室を出て行ってしまった。仕方なく、俺は夏月に指示された場所、美術室へ向かうことにした。
この段階で俺にキューピッド活動を一人でやらせるなんて、さすがに無茶ぶりだろうとうめきながら、足を進めたのだった。
◇◇◇◇◇◇
美術室には、男子生徒が一人待っていた。
「初めまして。桜井と申します」
落ち着いた雰囲気の中、桜井君が丁寧に挨拶をしてきた。
「すみません、お手を煩わせて。何分こういったことには不慣れなもので、お力添えをいただければと思い、相談することにしました」
その礼儀正しい言葉遣いに加え、端正で整った容姿の桜井君。派手さはないものの清潔感があり、その立ち居振る舞いから誠実な人柄が自然と伝わってくる。
俺は、この青年の力になれればと思いながら、情報を集めるというより相談に乗るつもりで返答した。
「研究会の一員としてお力になれればと思います。キューピッドには俺が責任を持って伝えます」
少し堅苦しい口調になってしまったが、桜井君は「実は……」と切り出してきた。
「そのキューピッドなんですが、単刀直入に言うと、僕が好きな相手はそのキューピッドの久遠さんなんです」
「!」
予想外の言葉に俺は絶句してしまった。
「それは……なんと言えばよいのか……」
「ええ、高持さんが困るのもわかります。ですが、僕自身もこういった人を好きになるという経験は初めてで、この気持ちを理性でコントロールしきれずに困っていて、同じ恋愛研究会の方ということで相談させていただいたのです」
桜井君の気持ちは揺るぎないようだった。その真剣な様子に俺は、自分の立場を忘れそうになりながらも、言葉を慎重に選んで返した。
「夏月――いや、久遠さんは、告白を断りまくってますが、親しくしている男子生徒が全くいないわけではなくてですね……」
「わかっています。恋愛研究会の部長と一緒にいる所を何度か見た事があります。当然、久遠さんが判断することですから、僕の気持ちを押し付けるつもりはありません。ただ、この気持ちだけは伝えたい。それがどうしても叶えたい望みです」
桜井君の瞳は真剣で、純粋な決意に満ちていた。この想いを無下にはできないと感じている俺に、桜井君が続けてくる。
「久遠さんの魅力は、その見た目だけではありません。彼女の内に秘めた情熱、心の熱量――そういったものに、絵描きの卵として惹かれたんです。こんな人を描いてみたい、そう思っているうちに、この気持ちは恋なんだと自覚しました。そして実は……」
桜井君はいったん言葉を切ってから、俺を真正面から見て言い放ってきた。
「久遠さん本人が聞き取りに来たら、この場所で直接気持ちを伝えるつもりでした」
そのセリフ、覚悟に、身が震える。
「そういうつもりで久遠さんに相談を持ち掛けたんですが、幸か不幸か来られたのは高持さんだったので……」
桜井君は照れくさそうに頭を掻いた。
「そういった具合ですが、いかがでしょうか? 自分では覚悟を決めたつもりですが、第三者の忌憚ない意見をいただけると助かります」
丁寧に頭を下げる桜井君を見て、俺は衝撃を受けていた。確かに夏月には部長という彼氏がいる。夏月が自分で認めている。でもだからと言って、桜井君が夏月を好きになってはいけないということじゃない。
その夏月も浮気を誘ってきたりと自由奔放に振舞っていて、俺も春葉とは隠れてのお付き合い中だ。
実は恋愛ってもっと自由で我が儘でエゴイスティックでいいんじゃないかと、桜井君を見てて思わされる。
この桜井君の恋がどうなるのかは正直、俺にはわからない。でもその想いを夏月に伝える自由はあっていいんじゃないかと、そのくらいのエゴはあっていいんじゃないのかと思い、桜井君に提案した。
「なら、これから夏月に伝えに行こう。この後、部室で打ち合わせがあるから。そこまで心が決まっているなら、迷う必要はないと思う。どうなるかは別として、その真剣な気持ちは伝えるべきだ」
桜井君はしばらく黙っていたが、やがて力強くうなずいた。
「わかりました。善は急げと言いますし、これから伝えようと思います。恋愛研究会への案内、お手数ですがお願いします」
桜井君が再び頭を下げる姿を見て、俺は改めて彼の覚悟の深さを感じた。この恋がどうなるかはわからないが、桜井君の想いを夏月に伝えるべきだと思う。それがどんな結果を生むのか、不安もあるが、俺の知る限り夏月は他人の気持ちを踏みにじるような子ではない。
その信頼を胸に、俺は桜井君とともに美術室を後にしたのだった。
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